【異色コメディ】ニューワールド

邪神 白猫

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 ────ジリジリジリジリ


 今日も元気に目覚ましが鳴り響き、俺はむくりと起き上がるとセミを叩き潰した。


「……八時か」


 ────ジリジリジリジリ


 なかなか鳴り止まないスヌーズ機能に、もう一つおまけにセミを叩き潰す。


「出掛ける準備をしないとな」


 ポツリと一人呟くと、身体中に群がる野良猫を一匹ずつ引き離してゆく。今日の記録は十五匹。どうりで暖かかったわけだ。
 俺は一人納得をすると、野良猫の尿にまみれたホカホカのパジャマを脱ぎ捨てて新しいパジャマに着替える。


「おっと。もう八時十五分か」


 出発の時間まで残り十五分。これは急いで支度をしないと間に合いそうもない。歯磨きをしながら昨夜の残り物の手羽先を口に咥える。これぞ時短だ。
 喉に刺さった骨がちょっと気になり、丸呑みにした手羽先の肉の部分をペッと口から吐き出す。


「ご馳走様でした」


 革靴を履いて自宅を出ると、車の鍵を持って徒歩で会社へと向かう。


「しまった、髭を剃るのを忘れた」


 だが自宅に引き返す時間はない。仕方なく諦めた俺は、鞄と間違えて持ってきた枕をそっと足元に置くと、道路に横になって一旦休憩することにする。今日もいい天気だ。
 土砂降りの雨の中シャワーを済ますと、軽く咳き込みながら再び会社へと向かう。

 どうやら先程の雨は通り雨だったようで、夏真っ盛りの太陽が昨夜間違えて剃ってしまった俺の頭頂部をジリジリと焼き付ける。これでびしょ濡れになったパジャマもすぐに乾くだろう。


「──あっ! そこ危ないので気を付けて下さい!」


 そんな気遣いの言葉に軽く会釈をして通りすぎると、突然現れた暗闇の中で慌てて頭頂部に手を置く。


「大丈夫ですかーー!!?」

「あ、大丈夫です。昨夜間違えて剃ってしまって」


 天からのお告げにそう答えると、落ちたマンホールから引っ張り上げてもらった俺は軽く咳き込んだ。


「ゴホゴホゴホッ、ガハッ──」


 吐血したと同時に今朝食べた手羽先の骨を吐き出す。喉の違和感の正体はこれだったようだ。


「……本当に大丈夫ですか!?」

「あ、パジャマなんで大丈夫です」


 そう答えた後にハッと我に返った俺は、足元を見て愕然がくぜんとした。
 しまった、革靴だった。だが今更どうすることもできない。潔く諦めると、擦り傷だらけの身体で再び会社へと向かう。

 その途中。一週間程前に盗まれた車を偶然にも発見した俺は、久しぶりに見る愛車に向けてそっと手を伸ばしながら小さく身体を震わせた。どうやら風邪をひいたらしい。
 ドキドキと高鳴る胸で車に置いてあったラブレターを手に取ると、ブルブルと震える身体で頬を赤らめる。駐禁・罰金一万の文字。どうやら結婚詐欺だったようだ。

 危うく詐欺に騙されそうになった俺は、そのまま車の鍵を持って徒歩で会社へと出向くと、受付にいた顔馴染みの社員に向けてペコリと会釈をする。


「おはようございます」

「……えっ!? どうしたんですか!?」

「昨日間違えて剃ってしまって」

「いや……、身体凄いことになってますけど大丈夫なんですか!?」

「あ、パジャマなんで大丈夫です」


 どうやら頭頂部のことではなかったらしい。既に乾ききった泥だらけのパジャマを軽く指で摘むと、気遣いの言葉に感謝しながら軽く会釈をする。
 そのままエレベーターに乗って六階まで行くと、階段で三階まで降りて部長に挨拶をする。


「おはようございます」


 チラリと掛け時計を見てみると、時刻は九時二十五分。始業時刻の九時半にはなんとか間に合ったようだ。そう思った瞬間、俺は重大なミスに気が付いた。
 しまった、財布を忘れた。これでは昼食を買うことができない。


「どっ、どうしたあらた!? 大丈夫か!?」

「すみません、財布を忘れたみたいです」

「いや、そんなことじゃなくて!」

「……あ、昨夜間違えて剃ってしまって」


 そう言いながら慌てて頭頂部を隠すと、医務室へ行くようにと部長に促される。寒い。どうやら風邪が悪化したようだ。
 近くにあった木製の椅子を叩き壊すと、それに火を付けて焚き火をする。すぐさまスプリンクラー発動。せっかく乾いたパジャマもびしょ濡れだ。

 鞄と間違えて持ってきた枕を脇に抱えて寝転がると、俺は天井を眺めながらブルリと震えた。寒い。それにしても身体中がヒリヒリと痛い。
 これも全て間違えて頭頂部を剃ってしませいだ。今日は革靴を買って帰ろう。あ。しまった、財布を忘れたんだった。

 今日もいい一日だ。

 そう思いながら瞼を閉じると、俺はいつものように終業時刻までぐっすりと眠った。


 理解しようとしたら負け。それがニューワールド。





─完─
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