【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル

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21. アレクサンドルとの再会

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「カーシャお姉様はこのまま蔑ろにされていいんですか」

カテリーナの思考を遮ったのはイレーナのそんな言葉だった。
少し前までのカテリーナだったら蔑ろにされても問題ないと答えていただろう。

あぁ、そうだ。カテリーナはそうやって矜持きょうじを守っていたのだ。

アレクサンドルが告白してくれた夜に受け入れられなかったのもその矜持が邪魔したからだ。受け入れてしまったら今まで自分を守っていたその矜持はどこに行くのだろう。
ずっとそれに追い縋っていたのに。
だから簡単にはいそうですかと受け入れることが出来なかったのだ。

「イレーナもセドリックも勘違いしているわ。多分、私がラッシースカヤに戻ってももう蔑ろにされることはないのよ。だから心配しないで。」

「嘘!」

確かに外から見ているとそう簡単に信じられないだろう。二人が離宮で逢瀬を重ねていたことを知る者は少ない。
アレクサンドルがカテリーナに告白したと知るのは二人だけだ。

「噂ではアレクサンドルが私を蔑ろにしていたと、そうなっているかもしれないけれど、歩み寄らなかったのは私も同じだわ。
もしかすると私、ずっと逃げていたのかもしれないわ。でもね、イレーナ。あなたを見ていて私も努力するべきだと思ったの。」

「それでまた蔑ろにされたら。カーシャお姉様はそれでいいのですか?」

イレーナはカテリーナが蔑ろにされると思い込んでいるようだ。

「蔑ろにされるのは望まないけれど、そうならないように努力してみようかと思うのよ。大丈夫。アレクサンドル殿下はイレーナが思っているような方ではないわ。」

そう言いながらアレクサンドルの湖畔での態度を思い出していた。
彼の言葉はいつも優しかった。湖畔を散歩する時にエスコートしてくれたが、カテリーナの目が見えないことを配慮してくれていた。
カテリーナが蔑ろにされていた事に怒ってくれたのも彼だった。
あの時の怒りは彼自身に向けた自責の念だったのかもしれない。

そんなことを考えていると少し頬が緩んでしまうのがわかった。

「カーシャお姉様。もしかして・・・」

イレーナが驚いたような顔をした。

「どうしたの?」

「あんなに蔑ろにされてきたのに、まだお慕いされているのですか?」

イレーナが少しかわいそうなものを見るような目でこちらを見てくる。
カテリーナはにこりと笑って言った。

「私も蔑ろにされていた頃はアレクサンドル殿下のことなんてどうでもいいと思っていたのよ。正直、接点もあまりなかったしね。でも、彼の人となりを知る機会があって少し見直したの。多分殿下は変わられたのよ。次は私が変わる番だわ。」

カテリーナがそう言った時、垣根から人影が現れた。

「カテリーナは何も変わる必要などない。」

現れたのはアレクサンドルだった。カテリーナと対になるような藤色の軍服を着ていた。

カテリーナの記憶にある顔よりは少し頬が痩け、精悍な顔つきになっている。
眼鏡をかけて一番見たかった顔がそこにあった。

「殿下!」

どこから話を聞いていたのだろうか。
カテリーナは驚き、弾けたように立ち上がった。
すると、アレクサンドルはカテリーナの元まで来ると跪きカテリーナの手を取った。

「カテリーナ、今日のパーティで君をエスコートさせてくれないだろうか。」

アレクサンドルの手は相変わらず剣ダコだらけでゴツゴツしていた。湖畔でカテリーナをエスコートしてくれた時と何も変わらない手だった。

「はい、喜んで。」

カテリーナがそう答えた時、アレクサンドルはカテリーナの手を強く握った。

「俺は君に言わなくてはならないことが沢山ある。でもまずはこの言葉を贈らせてほしい。愛している。」

アレクサンドルが立ち上がりカテリーナと鼻と鼻がつきそうなくらい近くに顔を近づけてそんなことを言った。

「俺はたくさん、君に謝らなくてはいけない」

カテリーナを見つめる目がとても真剣だった。
ずっとカテリーナが眼鏡を通して見たいと思っていた顔がそこにあった。

「そんな、謝るなんて・・・」

「いいや、謝ることだらけだ。あの時、自分の思いのまま気持ちをぶつけてしまったことも、君の合意を取らずに強引にキスした事も偽名を使っていた事もそれを黙っていた事も。もっと言えばその前に君と向き合わなかった事も含めて全て」

「でも。あなたは」

カテリーナはアレクサンドルが謝ったことに戸惑っていた。王族は言い訳してはいけない。ましてや謝罪をするのは国の威信がかかっている時だけ。
王妃教育でそう習っていたからだ。

アレクサンドルはカテリーナが何を言いたいのか何を思っているのかわかったらしい。
首を横にふるとこう呟いた。
「今は王族としてではなく一人の男としての言葉だと思ってほしい。愛しい女性に愛の言葉をささやく事も満足にできない哀れな男の言葉だと。」

アレクサンドルの眼は相変わらず真剣で、でも瞳の奥に優しさが溢れていた。
アレクサンドルがアリフレートとしてカテリーナに会いに来ていた時にもこんな眼をしていてくれたのだろうか。

「もちろん、謝罪を受け入れますわ。」

カテリーナの心臓は口から飛び出そうなほどドキドキしていたが、なんとか言葉を紡ぐことができた。アレクサンドルはカテリーナを抱きしめてくれた。

「で、殿下、イレーナが居りますし、このような場ではお控えください」

アレクサンドルはカテリーナを名残惜しそうに離した。
イレーナは急展開についていけず目を白黒させている。

アレクサンドルは初めてイレーナに気付いたという様子でイレーナを見た。

「はじめまして。ラッシースカヤ国の王太子アレクサンドルです。」

「アレクサンドル様はじめまして。リンツ公爵家が娘、イレーナにございます。」

イレーナのカテシーはとても綺麗に決まっていた。
こういう時、嫡子の嫁も娘として名乗るのがこの国の礼儀である。

「ポランスキではカテリーナが世話になったと聞いている」

「いえ、お世話になったのはむしろ私の方です。」

難しい姿勢をキープしながらイレーナが話した。
体は全くブレていない。カテリーナはイレーナが成長していることに少し感動していた。

「カテリーナと積もる話があるのだ。呼び出しがかかるまでカテリーナを私の控室に連れていっても良いだろうか。」

「もちろんです。」

返事を聞くとアレクサンドルはカテリーナの手を引き、先ほど来たのとは違う道で王宮に向かった。

久しぶりに見たアレクサンドルの顔は幼い頃の面影が残っていた。
いつからアレクサンドルの顔を見なくなっただろうか。

目が悪くなり視界がぼやける前からカテリーナはアレクサンドルのことをきちんと見ていなかった。
彼だって髪を下ろしただけでカテリーナを認識できなかったのだ。似たようなものだろう。

顔を見ているとアレクサンドルの額に古傷をみつけた。学園に入学した頃にはなかった傷である。

「どうしたの?」
カテリーナが顔をまじまじと見つめるからだろうか。アレクサンドルがそんなことを聞いてくる。

「ここに、傷が。」
そう言って歩きながら額に手を伸ばす。
いつ出来た傷なのだろうか。アレクサンドルに傷が出来たとなると少なからず話題になるはずである。
しかし、そんな話は聞いたこともなかった。
側妃マリアはアレクサンドルの傷について知っているのだろうか。
カテリーナはアレクサンドルについて何も知らないということを思い知らされた。

「あぁ、これか。」
アレクサンドルはそう言って自身の額に手を伸ばした。

「学園時代の剣術の模擬戦でついたものですか?」
アレクサンドルがこのような傷をつけるなどそのくらいしか考えられなかった。

「いや、これは、そんなに古い傷ではない。君を王宮から追い出した時に母上に付けられた傷なんだ。」

アレクサンドルはバツが悪そうな顔で傷を撫でる。
そうこうしているうちにアレクサンドルの控え室に到着したらしい。

部屋の前に控えていた兵士が扉を開けてくれた。二人は部屋の中に入っていった。


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