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18. セドリック
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リンツ公爵家のタウンハウスの中庭はそれほど広くないもののかなり綺麗に整備されていて心地よかった。
ラッシースカヤであればもうすぐ初雪か、という季節であるが、ポランスキではまだ庭でお茶が楽しめるくらいの陽気である。
風が吹いてカテリーナの黒髪がなびいた。
その髪を抑えながらカテリーナはお茶を飲む。
カテリーナは庭でお茶をしながらこの生活をいつまで続けるのだろうかと考えていた。
カテリーナがリンツ公爵の馬車でポランスキに来た時にはアリフレートに騙された怒りで頭の中が曇っていた。
しかし、時がたち頭がすっきりした状態で思い出すのはアリフレートと笑い合った日々であった。
それどころか、先日見たセドリックとイレーナの(イチャイチャ)をカテリーナとアレクサンドルで行うという妄想をしてしまったこともある。
そういえば高名な作家が「最後に残るのは愛だけ」だと言うような事をいっていた気がする。
あれは死者に対しての言葉だったが、離れて暮らす今、同じような心境の変化がカテリーナの身にも起きているのかもしれない。
馬車を使うならそろそろ動かなければならない。雪が積もるようになってからでは簡単に移動できなくなってしまう。
精巧な模様が美しい茶器を眺めていると後ろから声をかけられた。
「カテリーナ王太子妃」
セドリックだった。しかしセドリックがこのように改まってカテリーナを呼ぶことはなかった。
先日まではカテリーナのことを見下しているような態度だった。かろうじてはとことしての親しさだといわれれば、まぁ、そんなものかな、というくらいの態度である。
「まぁ。」
いきなり態度が変わったものだからきちんと反応できなかった。
「あの、すまなかった。」
それでもセドリックはおかまいなしに話を続けた。
「イレーナから先日の園遊会の件、聞きました。助けてくださったと。ありがとう。そして、これまでの態度のことも謝らせてほしい。」
「カテリーナで結構ですわ。イレーナを助けたのは彼女のことが気に入っているからです。あなたに礼を言われる筋合いはありませんわ。」
あの日、帰りの馬車でイレーナから直接何度もお礼を言われたのでそれで充分だった。
「これまでの態度なことは別に何とも思っていませんの。でも、セドリックが謝罪をして罪悪感から解放されたいというなら謝罪を受け入れますわ。」
そう言ってカテリーナは座ったまま目線を下げ謝意を受け入れた。
カテリーナはこれで話が終わったかと思っていたがセドリックはまだその場から立ち去ろうとしなかった。
「まだなにか?」
カテリーナがそう言うとセドリックはバツが悪そうに俯きながら話し始めた。
「カテリーナは何故ポランスキに来たのですか?何かラッシースカヤで困ったことがあるなら力になりたいと。これはイレーナも同じ思いだ。」
なるほど。イレーナを助けたお礼にカテリーナを助けたいと思っているらしい。
「困ったことは特に何も。」
カテリーナは本心からそう言ったがセドリックは信じていないようだった。
「本当に?ラッシースカヤでは王太子妃が王太子に蔑ろにされているらしいと聞き及んでいます。子爵令嬢の側妃を娶ったことも、それが異例の早さで進行したことも。」
「そう。ではもうすぐ王太子妃が城から追い出されたという噂が流れる頃かしら?」
「まさか。」
「ふふふ。あなたの気持ちもイレーナの気持ちも嬉しく思っています。しかしながら、本当に私は大丈夫なのよ。だって、あなたの目の前にいる私は元気でしょう?」
しかし、セドリックは納得がいかない様子だった。
「チシャモ公爵家は何をしているのです?ニコライ伯父上は?」
事情を知らない人からはどうしたのかと思われるだろう。
「そうね。父は失脚したわ。」
「そんな!」
セドリックは信じられないようだった。
「本当よ。些細な不正を指摘されてね。貴族なら誰もが行っている程度の不正よ。でも、告発されたら黒は黒だわ。父は見せしめにされ権力を失った。王太子妃の実家だから対外的に発表されていないだけで、ラッシースカヤで父の発言力はないに等しいものなのよ。それでも、私は王妃殿下に気に入られていたし、長い間王宮で暮らしていて不正には無関係ということでそのまま王太子に嫁いだけれど。」
今から考えるとあの不正の摘発も側妃マリアの差金だったのだろう。
「だからって君を蔑ろにしていいわけじゃない。」
セドリックは本当にそう思っているようだ。
「あなたが言うと滑稽ね。」
カテリーナの笑顔が少し歪んだ。
「君は彼女とは違う。」
「彼女は蔑ろにして良かったと?」
「僕と彼女はまだ婚約もしていなかった。君は王太子妃だ。」
セドリックがどこまでも真っ直ぐなのだ、ということはよくわかった。
「詭弁だわ。あなたは自分の意志で婚約を結ばないと言う選択肢があったけれど、私達の婚約は私たちの力ではどうすることもできないくらい前からのもので、他に選択肢はなかったのよ。」
「だからって王太子を擁護するのですか?自分は蔑ろにされても仕方がないと?」
「仕方ないとは思わないけれど・・・貴方にだけは言われたくないわ。婚約を結んでいなかったから自分は大丈夫だったなんて思わないことね。現に、サロメア嬢はあなたに蔑ろにされ傷ついていたからイレーナにあたるのよ。イレーナを守るのはあなたの仕事でしょう?もっとイレーナのためにやれることはたくさんあるはずよ。」
カテリーナは話の主題をすり替えた。
蔑ろにされたことについてアレクサンドルに非があるのは明らかであるが、彼は反省しカテリーナともう一度やり直したいと言ってくれている。
結局、それを受け入れられないのはカテリーナなのである。なので、このことについてリンツ公爵家が力になれることなどもはや無いように思うのだ。
もしかすると対話をすることでアレクサンドルを受け入れる手がかりが見つかるかもしれないが、カテリーナにはまだその覚悟はない。
そう言うわけで話をセドリックとイレーナの話にすり替えたのだ。
「僕だって僕なりにやってるさ。」
「本当に?だとしたらあなた、相当なポンコツね。」
カテリーナはため息をつきながら言った。
いつかは伝えなくてはいけないと思っていたのだ。このタイミングで勢いに任せて言ってしまおうと思った。
「ポンコツだって?」
「ええそうよ。彼女は確かに元平民でまだまだマナーが身についていないけれど、あなたがフォロー出来ることはもっとあるわよ。少なくともマナーが不確実なうちは客人がいるときのメニューをもっと食べやすいものにするように執事に伝えるとか、絹のように衣擦れの音がしにくい素材のドレスを送るようにするとか。彼女、公爵夫人としてはまだまだだけど、その辺の伯爵令嬢くらいにならもう負けてないわよ。その事はあなたから褒めてあげなくちゃ。いい?彼女にないのは自信よ。自信がつけばね、多少マナーがなっていなくてもそれなりに見えるものなのよ。」
カテリーナがそう言うとセドリックは押し黙ってしまった。
ラッシースカヤであればもうすぐ初雪か、という季節であるが、ポランスキではまだ庭でお茶が楽しめるくらいの陽気である。
風が吹いてカテリーナの黒髪がなびいた。
その髪を抑えながらカテリーナはお茶を飲む。
カテリーナは庭でお茶をしながらこの生活をいつまで続けるのだろうかと考えていた。
カテリーナがリンツ公爵の馬車でポランスキに来た時にはアリフレートに騙された怒りで頭の中が曇っていた。
しかし、時がたち頭がすっきりした状態で思い出すのはアリフレートと笑い合った日々であった。
それどころか、先日見たセドリックとイレーナの(イチャイチャ)をカテリーナとアレクサンドルで行うという妄想をしてしまったこともある。
そういえば高名な作家が「最後に残るのは愛だけ」だと言うような事をいっていた気がする。
あれは死者に対しての言葉だったが、離れて暮らす今、同じような心境の変化がカテリーナの身にも起きているのかもしれない。
馬車を使うならそろそろ動かなければならない。雪が積もるようになってからでは簡単に移動できなくなってしまう。
精巧な模様が美しい茶器を眺めていると後ろから声をかけられた。
「カテリーナ王太子妃」
セドリックだった。しかしセドリックがこのように改まってカテリーナを呼ぶことはなかった。
先日まではカテリーナのことを見下しているような態度だった。かろうじてはとことしての親しさだといわれれば、まぁ、そんなものかな、というくらいの態度である。
「まぁ。」
いきなり態度が変わったものだからきちんと反応できなかった。
「あの、すまなかった。」
それでもセドリックはおかまいなしに話を続けた。
「イレーナから先日の園遊会の件、聞きました。助けてくださったと。ありがとう。そして、これまでの態度のことも謝らせてほしい。」
「カテリーナで結構ですわ。イレーナを助けたのは彼女のことが気に入っているからです。あなたに礼を言われる筋合いはありませんわ。」
あの日、帰りの馬車でイレーナから直接何度もお礼を言われたのでそれで充分だった。
「これまでの態度なことは別に何とも思っていませんの。でも、セドリックが謝罪をして罪悪感から解放されたいというなら謝罪を受け入れますわ。」
そう言ってカテリーナは座ったまま目線を下げ謝意を受け入れた。
カテリーナはこれで話が終わったかと思っていたがセドリックはまだその場から立ち去ろうとしなかった。
「まだなにか?」
カテリーナがそう言うとセドリックはバツが悪そうに俯きながら話し始めた。
「カテリーナは何故ポランスキに来たのですか?何かラッシースカヤで困ったことがあるなら力になりたいと。これはイレーナも同じ思いだ。」
なるほど。イレーナを助けたお礼にカテリーナを助けたいと思っているらしい。
「困ったことは特に何も。」
カテリーナは本心からそう言ったがセドリックは信じていないようだった。
「本当に?ラッシースカヤでは王太子妃が王太子に蔑ろにされているらしいと聞き及んでいます。子爵令嬢の側妃を娶ったことも、それが異例の早さで進行したことも。」
「そう。ではもうすぐ王太子妃が城から追い出されたという噂が流れる頃かしら?」
「まさか。」
「ふふふ。あなたの気持ちもイレーナの気持ちも嬉しく思っています。しかしながら、本当に私は大丈夫なのよ。だって、あなたの目の前にいる私は元気でしょう?」
しかし、セドリックは納得がいかない様子だった。
「チシャモ公爵家は何をしているのです?ニコライ伯父上は?」
事情を知らない人からはどうしたのかと思われるだろう。
「そうね。父は失脚したわ。」
「そんな!」
セドリックは信じられないようだった。
「本当よ。些細な不正を指摘されてね。貴族なら誰もが行っている程度の不正よ。でも、告発されたら黒は黒だわ。父は見せしめにされ権力を失った。王太子妃の実家だから対外的に発表されていないだけで、ラッシースカヤで父の発言力はないに等しいものなのよ。それでも、私は王妃殿下に気に入られていたし、長い間王宮で暮らしていて不正には無関係ということでそのまま王太子に嫁いだけれど。」
今から考えるとあの不正の摘発も側妃マリアの差金だったのだろう。
「だからって君を蔑ろにしていいわけじゃない。」
セドリックは本当にそう思っているようだ。
「あなたが言うと滑稽ね。」
カテリーナの笑顔が少し歪んだ。
「君は彼女とは違う。」
「彼女は蔑ろにして良かったと?」
「僕と彼女はまだ婚約もしていなかった。君は王太子妃だ。」
セドリックがどこまでも真っ直ぐなのだ、ということはよくわかった。
「詭弁だわ。あなたは自分の意志で婚約を結ばないと言う選択肢があったけれど、私達の婚約は私たちの力ではどうすることもできないくらい前からのもので、他に選択肢はなかったのよ。」
「だからって王太子を擁護するのですか?自分は蔑ろにされても仕方がないと?」
「仕方ないとは思わないけれど・・・貴方にだけは言われたくないわ。婚約を結んでいなかったから自分は大丈夫だったなんて思わないことね。現に、サロメア嬢はあなたに蔑ろにされ傷ついていたからイレーナにあたるのよ。イレーナを守るのはあなたの仕事でしょう?もっとイレーナのためにやれることはたくさんあるはずよ。」
カテリーナは話の主題をすり替えた。
蔑ろにされたことについてアレクサンドルに非があるのは明らかであるが、彼は反省しカテリーナともう一度やり直したいと言ってくれている。
結局、それを受け入れられないのはカテリーナなのである。なので、このことについてリンツ公爵家が力になれることなどもはや無いように思うのだ。
もしかすると対話をすることでアレクサンドルを受け入れる手がかりが見つかるかもしれないが、カテリーナにはまだその覚悟はない。
そう言うわけで話をセドリックとイレーナの話にすり替えたのだ。
「僕だって僕なりにやってるさ。」
「本当に?だとしたらあなた、相当なポンコツね。」
カテリーナはため息をつきながら言った。
いつかは伝えなくてはいけないと思っていたのだ。このタイミングで勢いに任せて言ってしまおうと思った。
「ポンコツだって?」
「ええそうよ。彼女は確かに元平民でまだまだマナーが身についていないけれど、あなたがフォロー出来ることはもっとあるわよ。少なくともマナーが不確実なうちは客人がいるときのメニューをもっと食べやすいものにするように執事に伝えるとか、絹のように衣擦れの音がしにくい素材のドレスを送るようにするとか。彼女、公爵夫人としてはまだまだだけど、その辺の伯爵令嬢くらいにならもう負けてないわよ。その事はあなたから褒めてあげなくちゃ。いい?彼女にないのは自信よ。自信がつけばね、多少マナーがなっていなくてもそれなりに見えるものなのよ。」
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