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16. 眼鏡
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目の悪い人の目が良くなるガラス玉こと眼鏡は最近、この国よりもさらに南にあるヴェーノツィルという、小国で開発されたらしい。
ガラス屋にはキラキラと輝くガラス玉が沢山売っていた。
「お嬢さん、こちらをどうぞ」
いろいろと試した結果、これだろう、と言って渡されたガラス玉を通してみると、これまでぼやけていたのが嘘みたいに世界がとても綺麗に見えた。
「スゴい!とても世界が綺麗に見えるわ」
「なるほど。こちらですね。こちらと同等のものを作らせます。
値段はこちら、納期は一ヶ月後です。」
店員が示した値段は決して安くなかったが、それでもカテリーナは王太子妃だし公爵令嬢である。多少高くても支払い能力はあるはずである。
「あの、自分用のが完成するまで、こちらをお借りすることは出来ませんか?」
カテリーナはダメ元で聞いてみた。
「んー。そうですね。良いでしょう。ただし、料金を先払いしてもらってそちらと交換する形であなたの眼鏡をお渡しします。その時に眼鏡を紛失していたり傷がついていたら新しいものはお渡しはできない、それでいいですか?」
店員はリンツ公爵の顔を伺いながら許可してくれた。
「良いです!わかりました。ありがとうございます。」
お金はリンツ公爵に立て替えてもらったが、後できちんと精算するつもりである。
この眼鏡をかけてアレクサンドルを見たらどんな風に見えるのだろうか・・・などとつい考えてしまう。
イレーナとセドリックの仲睦まじい姿をずっと見ていたからかもしれない。
アレクサンドルに対してはまだ複雑な思いがあるがまだ目が悪くなかった時代に見たアレクサンドルは非常に見目麗しかった。
彼の思いを受け入れられるかどうかはまだわからないが、カテリーナは自分の眼鏡が出来たらアレクサンドルの顔をちゃんと見たいと思った。
***
「園遊会への参加ですか?」
シャワルクに来て1週間ほど経った頃、園遊会へ参加してみないか、とバルバラに言われた。
園遊会とは昼過ぎに開かれる主に女性の社交の場である。ラッシースカヤでも昼に行われる社交は園遊会と呼ばれている。
この時代、社交の主役は酒であり、昼に開催される園遊会であっても酒が提供されるのが当たり前だった。
「でも、正式訪問ではありませんし・・・」
カテリーナは隣国の王太子妃であるが、お忍びというか第二宮殿を逃げ出してポランスキに来ているため扱いが難しい。
カテリーナはバルバラから視線を外し部屋に飾られた紫の花に目をやった。
躊躇するカテリーナにバルバラは「お友達同士で開く気負わない会なのよ」と畳み掛けた。
「イレーナはまだあまり社交には慣れていないし、あなたが居てくれると頼もしいわ」とも。
カテリーナはそれが本音だろうなと思った。
どうやらこの国の社交界ではセドリックが婚約直前だった令嬢との関係を悪くしたためリンツ公爵家の評判は良くなく、セドリックとイレーナにはそれを挽回するだけの力量がない。
とはいえ、この国の事情に明かるくないカテリーナが参加したことで何かできるとも思わない。
二人が結ばれたために苦汁を飲んだというご令嬢がどんな人物なのか、ということも、イレーナとセドリックの立ち回りによって二人の関係がどんな風に周りに捉えられているのかも何も知らないのだから。
イレーナのことは嫌いではない。
公爵夫人になるため頑張っていると思うし、カテリーナのことを慕ってくれるのは正直嬉しい。
カテリーナは眼鏡を通した目でバルバラを見つめた。
バルバラの表情からは疲れが見てとれた。
バルバラも歳を取ったなとぼんやりと思った。
カテリーナは覚悟を持って口を開いた。
「正直な話、セドリックとイレーナとの「真実の恋」でこの国にどんな影響があったのか私は何も存じません。ですので、リンツ公爵家だけに肩入れすることは出来ません。それはバルバラの期待する動きができないかもしれない、ということです。少なくともイレーナのマナーについて何か言われた時に今のイレーナの状況では私は庇うことは出来ませんわ。私は私の目で見て判断して正しいと思った行動を取ります。それでも良ければ参加いたします」
背筋を伸ばしてカテリーナがそう答えるとバルバラは安心したように「それで問題ないわ」と言った。
ラッシースカヤではだいぶ前に色付き、カテリーナがこの国に来る頃には既に枯れ枝となっていた木々であるが、ポランスキではやっと色づき始めたころだった。
そんな木々を眺めながらバルバラは顔を引き締めて言った。
「リンツ公爵家もいつまでも待つばかりでは社交界での立場を無くしてしまいます。家の為ならある程度覚悟を持たないといけません。私はカテリーナにはその立会人になって欲しいのです。」
バルバラが何を考えてシャワルクに来たのか、カテリーナはその覚悟を知った。
***
バルバラとそんな話をした後、自室に戻る廊下でイレーナとセドリックの会話が聞こえてきた。
どうやら換気のために窓が開きっぱなしになっていたようで窓の外の声が風に乗って聞こえたようだ。
「ねぇ、このお菓子とても美味しいわ。セディも食べてみて。」
どうやらバルコニーで菓子を食べているらしい。
「まぁ、やめてよ。うふふ。くすぐったい。」
「こっちは甘さが控えめで、アクセントになって良いよ、ほら。」
「ほんとうね。」
窓を閉めてもらうために侍女を呼ぼうとしたが、この会話を聞かせるのも良くないだろうとカテリーナは部屋に急いだ。
「ダメよ、セディ。」
というイレーナの声が聞こえていたが、その声はどう考えても嫌がってはいなかった。
二人の会話はカテリーナにとってとても刺激が強かった。
温室育ちで近しい友人もできなかったカテリーナは恋人たちがこんなに気安く話をするなど知らなかった。
自分とアレクサンドルやアリフレートとの会話を思い返し、イレーナとセドリックとの距離感とはだいぶ違ったなどと思いながらとぼとぼとタウンハウスの客室まで歩いた。
ガラス屋にはキラキラと輝くガラス玉が沢山売っていた。
「お嬢さん、こちらをどうぞ」
いろいろと試した結果、これだろう、と言って渡されたガラス玉を通してみると、これまでぼやけていたのが嘘みたいに世界がとても綺麗に見えた。
「スゴい!とても世界が綺麗に見えるわ」
「なるほど。こちらですね。こちらと同等のものを作らせます。
値段はこちら、納期は一ヶ月後です。」
店員が示した値段は決して安くなかったが、それでもカテリーナは王太子妃だし公爵令嬢である。多少高くても支払い能力はあるはずである。
「あの、自分用のが完成するまで、こちらをお借りすることは出来ませんか?」
カテリーナはダメ元で聞いてみた。
「んー。そうですね。良いでしょう。ただし、料金を先払いしてもらってそちらと交換する形であなたの眼鏡をお渡しします。その時に眼鏡を紛失していたり傷がついていたら新しいものはお渡しはできない、それでいいですか?」
店員はリンツ公爵の顔を伺いながら許可してくれた。
「良いです!わかりました。ありがとうございます。」
お金はリンツ公爵に立て替えてもらったが、後できちんと精算するつもりである。
この眼鏡をかけてアレクサンドルを見たらどんな風に見えるのだろうか・・・などとつい考えてしまう。
イレーナとセドリックの仲睦まじい姿をずっと見ていたからかもしれない。
アレクサンドルに対してはまだ複雑な思いがあるがまだ目が悪くなかった時代に見たアレクサンドルは非常に見目麗しかった。
彼の思いを受け入れられるかどうかはまだわからないが、カテリーナは自分の眼鏡が出来たらアレクサンドルの顔をちゃんと見たいと思った。
***
「園遊会への参加ですか?」
シャワルクに来て1週間ほど経った頃、園遊会へ参加してみないか、とバルバラに言われた。
園遊会とは昼過ぎに開かれる主に女性の社交の場である。ラッシースカヤでも昼に行われる社交は園遊会と呼ばれている。
この時代、社交の主役は酒であり、昼に開催される園遊会であっても酒が提供されるのが当たり前だった。
「でも、正式訪問ではありませんし・・・」
カテリーナは隣国の王太子妃であるが、お忍びというか第二宮殿を逃げ出してポランスキに来ているため扱いが難しい。
カテリーナはバルバラから視線を外し部屋に飾られた紫の花に目をやった。
躊躇するカテリーナにバルバラは「お友達同士で開く気負わない会なのよ」と畳み掛けた。
「イレーナはまだあまり社交には慣れていないし、あなたが居てくれると頼もしいわ」とも。
カテリーナはそれが本音だろうなと思った。
どうやらこの国の社交界ではセドリックが婚約直前だった令嬢との関係を悪くしたためリンツ公爵家の評判は良くなく、セドリックとイレーナにはそれを挽回するだけの力量がない。
とはいえ、この国の事情に明かるくないカテリーナが参加したことで何かできるとも思わない。
二人が結ばれたために苦汁を飲んだというご令嬢がどんな人物なのか、ということも、イレーナとセドリックの立ち回りによって二人の関係がどんな風に周りに捉えられているのかも何も知らないのだから。
イレーナのことは嫌いではない。
公爵夫人になるため頑張っていると思うし、カテリーナのことを慕ってくれるのは正直嬉しい。
カテリーナは眼鏡を通した目でバルバラを見つめた。
バルバラの表情からは疲れが見てとれた。
バルバラも歳を取ったなとぼんやりと思った。
カテリーナは覚悟を持って口を開いた。
「正直な話、セドリックとイレーナとの「真実の恋」でこの国にどんな影響があったのか私は何も存じません。ですので、リンツ公爵家だけに肩入れすることは出来ません。それはバルバラの期待する動きができないかもしれない、ということです。少なくともイレーナのマナーについて何か言われた時に今のイレーナの状況では私は庇うことは出来ませんわ。私は私の目で見て判断して正しいと思った行動を取ります。それでも良ければ参加いたします」
背筋を伸ばしてカテリーナがそう答えるとバルバラは安心したように「それで問題ないわ」と言った。
ラッシースカヤではだいぶ前に色付き、カテリーナがこの国に来る頃には既に枯れ枝となっていた木々であるが、ポランスキではやっと色づき始めたころだった。
そんな木々を眺めながらバルバラは顔を引き締めて言った。
「リンツ公爵家もいつまでも待つばかりでは社交界での立場を無くしてしまいます。家の為ならある程度覚悟を持たないといけません。私はカテリーナにはその立会人になって欲しいのです。」
バルバラが何を考えてシャワルクに来たのか、カテリーナはその覚悟を知った。
***
バルバラとそんな話をした後、自室に戻る廊下でイレーナとセドリックの会話が聞こえてきた。
どうやら換気のために窓が開きっぱなしになっていたようで窓の外の声が風に乗って聞こえたようだ。
「ねぇ、このお菓子とても美味しいわ。セディも食べてみて。」
どうやらバルコニーで菓子を食べているらしい。
「まぁ、やめてよ。うふふ。くすぐったい。」
「こっちは甘さが控えめで、アクセントになって良いよ、ほら。」
「ほんとうね。」
窓を閉めてもらうために侍女を呼ぼうとしたが、この会話を聞かせるのも良くないだろうとカテリーナは部屋に急いだ。
「ダメよ、セディ。」
というイレーナの声が聞こえていたが、その声はどう考えても嫌がってはいなかった。
二人の会話はカテリーナにとってとても刺激が強かった。
温室育ちで近しい友人もできなかったカテリーナは恋人たちがこんなに気安く話をするなど知らなかった。
自分とアレクサンドルやアリフレートとの会話を思い返し、イレーナとセドリックとの距離感とはだいぶ違ったなどと思いながらとぼとぼとタウンハウスの客室まで歩いた。
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