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15. 首都への旅

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結局、カテリーナはイレーナに平民の話を聞くタイミングを逃した。
あの後、イレーナの家庭教師が来てイレーナを引っ張って行ったからだ。

そうこうしているうちに、視察に出ていた公爵とセドリックが戻って来た。

「明日、首都シャワルクへ向かおうと思っている」

リンツ公爵がそう宣言したのはその日の晩餐の席だった。
どうやら春蒔き小麦の件でポドルフスキ侯爵に用ができたらしい。

「まぁ、またあなたお一人で?」
とバルバラが聞くと公爵は首を振った。

「今回はセドリックも連れて行く。サロメア嬢も婚姻が決まったし、そろそろこやつも社交界に顔を見せねばならん。」

「そうですわね。」
バルバラの声は平坦だったが不安が滲んでいた。

「大丈夫ですよ、母上。サロメアだって私のことを嫌っておりましたから案外、私に感謝しているかも・・・」

セドリックが明るい声でそう言うとバルバラが怒り出した。

「そんなわけないでしょ!あなたは、婚約を解消した女性が社交界でなんと言われるかわからないのですか!?」

バルバラの声は悲壮だった。

「婚約までは結んでおりませんでしたが・・・」

「えぇ、そうね。でも、みんなあなた達が婚約直前だったことはご存知でした。そして、それが貴方の浮気で解消されたことも。それは女性にとって婚約が解消されたのと同等のダメージがあることです。」

バルバラは興奮を引きずっていたが少しずつ口調が落ち着いたものになって行った。

「セドリックが行くならイレーナも共に行きなさい。」

バルバラは何かを覚悟したようだった。

「え?ですが私はまだ・・・」

イレーナは蚊の鳴くような声で話す。

「イレーナももうこの屋敷に来て一年です。そろそろ社交を始めないとタイミングを逸しますわ。」

バルバラの声には有無を言わせぬ威厳があった。

「そうだな。では皆で首都シャワルクに行く事にしよう。」

公爵はそう言うとメインの肉を口に持って行った。

この会話でカテリーナはなんとなくリンツ公爵家が今社交界で置かれている状況を察した。

「ところで、カテリーナ」
肉を食べ終えたリンツ公爵がカテリーナに話しかける。

「君は目が悪いのか?」

カテリーナは「はい。そうなのです。」と答えた。

「シャワルクにガラス屋があるんだが、目の見えを良くするガラス玉があるらしい。カテリーナもシャワルクに行かないか?」

「わたくしも・・・でも・・・」

カテリーナはしばらくここに残るつもりでいた。
流石に着の身着のままここに来たのでさらにお世話になるなんて考えていなかった。

「あら、良いじゃない?シャワルクに行ったらカテリーナを社交に連れて行きたいわ。」
バルバラが声を弾ませた。

「いえでもそれは・・・」
国際問題にならないだろうか?とカテリーナは考える。カテリーナは家出した王太子妃なので、ラッシースカヤから何か言われる可能性がある。

「あら、きっと大丈夫よ。」
何を根拠にきっと大丈夫というのかわからなかったが、ガラス玉とやらには興味がある。

少し悩んだ末、カテリーナもみんなと一緒にシャワルクに行く事になった。


***


「なんでお前が一緒なんだ?」
セドリックがカテリーナに悪態をつく。
シャワルクへの馬車は2台に分けられた。本来であれば公爵とセドリックの男性陣とカテリーナ、イレーナ、バルバラの女性陣で乗るはずだったのだが、セドリックがどうしてもイレーナと乗りたいと駄々をこねたため、そのプランは無くなった。
そして、イレーナとセドリックの馬車にカテリーナが同乗する事になった。

「公爵と夫人がそのようにと。」

カテリーナがそういうとセドリックは「ふん」と言って窓の外を眺めた。
外は秋晴れで綺麗な青い空が広がっていた。


「ところで、イレーナさん。あなた、平民の御出身なのね?」
カテリーナはこの機会に色々と聞きたいと考えた。

「おっおまえ!イレーナに失礼なことを聞くんじゃない!」

すると答えたのはイレーナではなくセドリックだった。

「何が失礼なんですの?」
カテリーナはコテンと首を傾げた。

「イレーナは平民として苦労していたんだ。そんな話したくないだろう?」

セドリックがイレーナを庇う。しかし、カテリーナは果たしてそうだろうかと考えた。

「まぁ。イレーナさんは平民時代に苦労されていたの?」

「えぇと・・・私は孤児院育ちで、規則は厳しかったですけど、食べるものに困ることもなかったですし恵まれていた方かと。」

「まぁ。孤児院で育たれたんですね。」
そう言いながら少し意外だと思った。孤児院の子はだいたい日に焼けてそばかすだらけだがイレーナの肌は美しい。

「えぇ。読み書きも教えてもらいました。私の孤児院では十二になると奉公に出るんですが、字が綺麗だからということで貴族とも取引のある酒蔵に行けてとても幸運でした。」

カテリーナはなるほど、酒蔵に居たのかと思った。
酒は当然悪くならないように陽の当たらない場所で保管される。イレーナは十二の頃から陽に当たらない生活だったのだろう。
それに、だいたいの酒蔵は裕福である。イレーナは平民にしては良い暮らしをしていたのだろう。

「酒蔵でどんなお仕事を?」

「帳簿をつけたり、樽や土瓶に商品名を書いたり色々です。」

それから、食事のタイミング、何をどこで誰と食べるのか、普段の服装、衣替えはどうするのかなど細かく聞いて行った。

子爵家に引き取られてからの生活についても詳しく聞いた。
他国の下級貴族の暮らしぶりについて知る機会などなかなかないのでこちらもとても有意義だった。


イレーナがカトリーナとばかり話をするからか、セドリックがカテリーナに憎まれ口を聞くこともあった。しかし、魑魅魍魎が跋扈する王宮で王太子に顧みられない王太子妃という立場に3年も座っていたカテリーナにとって、特に気にするほどのものではなかった。

セドリックを適当にあしらうと
「そんな態度だから王太子に愛想をつかされるんだ。」などと言われた。

セドリックはカテリーナに苦手意識があるようだが表面上は穏やかに旅は終わった。

カテリーナとイレーナの間にはまだすこしよそよそしい空気が流れていた。それでもカテリーナはイレーナの事を気に入った。イレーナは不器用ながらなんとかセドリックの隣に立ちたいと涙ぐましい努力をしている。
ただ、カテリーナから見るとその努力がどうもうまく軌道に乗っていないように思えた。
何かアドバイスをした方がいいのかしらと思いながら、生まれてこのかた、近しい友人の居なかったカテリーナにとってイレーナとの距離を縮めるのは至難の業だった。
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