15 / 24
15. 首都への旅
しおりを挟む
結局、カテリーナはイレーナに平民の話を聞くタイミングを逃した。
あの後、イレーナの家庭教師が来てイレーナを引っ張って行ったからだ。
そうこうしているうちに、視察に出ていた公爵とセドリックが戻って来た。
「明日、首都へ向かおうと思っている」
リンツ公爵がそう宣言したのはその日の晩餐の席だった。
どうやら春蒔き小麦の件でポドルフスキ侯爵に用ができたらしい。
「まぁ、またあなたお一人で?」
とバルバラが聞くと公爵は首を振った。
「今回はセドリックも連れて行く。サロメア嬢も婚姻が決まったし、そろそろこやつも社交界に顔を見せねばならん。」
「そうですわね。」
バルバラの声は平坦だったが不安が滲んでいた。
「大丈夫ですよ、母上。サロメアだって私のことを嫌っておりましたから案外、私に感謝しているかも・・・」
セドリックが明るい声でそう言うとバルバラが怒り出した。
「そんなわけないでしょ!あなたは、婚約を解消した女性が社交界でなんと言われるかわからないのですか!?」
バルバラの声は悲壮だった。
「婚約までは結んでおりませんでしたが・・・」
「えぇ、そうね。でも、みんなあなた達が婚約直前だったことはご存知でした。そして、それが貴方の浮気で解消されたことも。それは女性にとって婚約が解消されたのと同等のダメージがあることです。」
バルバラは興奮を引きずっていたが少しずつ口調が落ち着いたものになって行った。
「セドリックが行くならイレーナも共に行きなさい。」
バルバラは何かを覚悟したようだった。
「え?ですが私はまだ・・・」
イレーナは蚊の鳴くような声で話す。
「イレーナももうこの屋敷に来て一年です。そろそろ社交を始めないとタイミングを逸しますわ。」
バルバラの声には有無を言わせぬ威厳があった。
「そうだな。では皆で首都に行く事にしよう。」
公爵はそう言うとメインの肉を口に持って行った。
この会話でカテリーナはなんとなくリンツ公爵家が今社交界で置かれている状況を察した。
「ところで、カテリーナ」
肉を食べ終えたリンツ公爵がカテリーナに話しかける。
「君は目が悪いのか?」
カテリーナは「はい。そうなのです。」と答えた。
「シャワルクにガラス屋があるんだが、目の見えを良くするガラス玉があるらしい。カテリーナもシャワルクに行かないか?」
「わたくしも・・・でも・・・」
カテリーナはしばらくここに残るつもりでいた。
流石に着の身着のままここに来たのでさらにお世話になるなんて考えていなかった。
「あら、良いじゃない?シャワルクに行ったらカテリーナを社交に連れて行きたいわ。」
バルバラが声を弾ませた。
「いえでもそれは・・・」
国際問題にならないだろうか?とカテリーナは考える。カテリーナは家出した王太子妃なので、ラッシースカヤから何か言われる可能性がある。
「あら、きっと大丈夫よ。」
何を根拠にきっと大丈夫というのかわからなかったが、ガラス玉とやらには興味がある。
少し悩んだ末、カテリーナもみんなと一緒にシャワルクに行く事になった。
***
「なんでお前が一緒なんだ?」
セドリックがカテリーナに悪態をつく。
シャワルクへの馬車は2台に分けられた。本来であれば公爵とセドリックの男性陣とカテリーナ、イレーナ、バルバラの女性陣で乗るはずだったのだが、セドリックがどうしてもイレーナと乗りたいと駄々をこねたため、そのプランは無くなった。
そして、イレーナとセドリックの馬車にカテリーナが同乗する事になった。
「公爵と夫人がそのようにと。」
カテリーナがそういうとセドリックは「ふん」と言って窓の外を眺めた。
外は秋晴れで綺麗な青い空が広がっていた。
「ところで、イレーナさん。あなた、平民の御出身なのね?」
カテリーナはこの機会に色々と聞きたいと考えた。
「おっおまえ!イレーナに失礼なことを聞くんじゃない!」
すると答えたのはイレーナではなくセドリックだった。
「何が失礼なんですの?」
カテリーナはコテンと首を傾げた。
「イレーナは平民として苦労していたんだ。そんな話したくないだろう?」
セドリックがイレーナを庇う。しかし、カテリーナは果たしてそうだろうかと考えた。
「まぁ。イレーナさんは平民時代に苦労されていたの?」
「えぇと・・・私は孤児院育ちで、規則は厳しかったですけど、食べるものに困ることもなかったですし恵まれていた方かと。」
「まぁ。孤児院で育たれたんですね。」
そう言いながら少し意外だと思った。孤児院の子はだいたい日に焼けてそばかすだらけだがイレーナの肌は美しい。
「えぇ。読み書きも教えてもらいました。私の孤児院では十二になると奉公に出るんですが、字が綺麗だからということで貴族とも取引のある酒蔵に行けてとても幸運でした。」
カテリーナはなるほど、酒蔵に居たのかと思った。
酒は当然悪くならないように陽の当たらない場所で保管される。イレーナは十二の頃から陽に当たらない生活だったのだろう。
それに、だいたいの酒蔵は裕福である。イレーナは平民にしては良い暮らしをしていたのだろう。
「酒蔵でどんなお仕事を?」
「帳簿をつけたり、樽や土瓶に商品名を書いたり色々です。」
それから、食事のタイミング、何をどこで誰と食べるのか、普段の服装、衣替えはどうするのかなど細かく聞いて行った。
子爵家に引き取られてからの生活についても詳しく聞いた。
他国の下級貴族の暮らしぶりについて知る機会などなかなかないのでこちらもとても有意義だった。
イレーナがカトリーナとばかり話をするからか、セドリックがカテリーナに憎まれ口を聞くこともあった。しかし、魑魅魍魎が跋扈する王宮で王太子に顧みられない王太子妃という立場に3年も座っていたカテリーナにとって、特に気にするほどのものではなかった。
セドリックを適当にあしらうと
「そんな態度だから王太子に愛想をつかされるんだ。」などと言われた。
セドリックはカテリーナに苦手意識があるようだが表面上は穏やかに旅は終わった。
カテリーナとイレーナの間にはまだすこしよそよそしい空気が流れていた。それでもカテリーナはイレーナの事を気に入った。イレーナは不器用ながらなんとかセドリックの隣に立ちたいと涙ぐましい努力をしている。
ただ、カテリーナから見るとその努力がどうもうまく軌道に乗っていないように思えた。
何かアドバイスをした方がいいのかしらと思いながら、生まれてこのかた、近しい友人の居なかったカテリーナにとってイレーナとの距離を縮めるのは至難の業だった。
あの後、イレーナの家庭教師が来てイレーナを引っ張って行ったからだ。
そうこうしているうちに、視察に出ていた公爵とセドリックが戻って来た。
「明日、首都へ向かおうと思っている」
リンツ公爵がそう宣言したのはその日の晩餐の席だった。
どうやら春蒔き小麦の件でポドルフスキ侯爵に用ができたらしい。
「まぁ、またあなたお一人で?」
とバルバラが聞くと公爵は首を振った。
「今回はセドリックも連れて行く。サロメア嬢も婚姻が決まったし、そろそろこやつも社交界に顔を見せねばならん。」
「そうですわね。」
バルバラの声は平坦だったが不安が滲んでいた。
「大丈夫ですよ、母上。サロメアだって私のことを嫌っておりましたから案外、私に感謝しているかも・・・」
セドリックが明るい声でそう言うとバルバラが怒り出した。
「そんなわけないでしょ!あなたは、婚約を解消した女性が社交界でなんと言われるかわからないのですか!?」
バルバラの声は悲壮だった。
「婚約までは結んでおりませんでしたが・・・」
「えぇ、そうね。でも、みんなあなた達が婚約直前だったことはご存知でした。そして、それが貴方の浮気で解消されたことも。それは女性にとって婚約が解消されたのと同等のダメージがあることです。」
バルバラは興奮を引きずっていたが少しずつ口調が落ち着いたものになって行った。
「セドリックが行くならイレーナも共に行きなさい。」
バルバラは何かを覚悟したようだった。
「え?ですが私はまだ・・・」
イレーナは蚊の鳴くような声で話す。
「イレーナももうこの屋敷に来て一年です。そろそろ社交を始めないとタイミングを逸しますわ。」
バルバラの声には有無を言わせぬ威厳があった。
「そうだな。では皆で首都に行く事にしよう。」
公爵はそう言うとメインの肉を口に持って行った。
この会話でカテリーナはなんとなくリンツ公爵家が今社交界で置かれている状況を察した。
「ところで、カテリーナ」
肉を食べ終えたリンツ公爵がカテリーナに話しかける。
「君は目が悪いのか?」
カテリーナは「はい。そうなのです。」と答えた。
「シャワルクにガラス屋があるんだが、目の見えを良くするガラス玉があるらしい。カテリーナもシャワルクに行かないか?」
「わたくしも・・・でも・・・」
カテリーナはしばらくここに残るつもりでいた。
流石に着の身着のままここに来たのでさらにお世話になるなんて考えていなかった。
「あら、良いじゃない?シャワルクに行ったらカテリーナを社交に連れて行きたいわ。」
バルバラが声を弾ませた。
「いえでもそれは・・・」
国際問題にならないだろうか?とカテリーナは考える。カテリーナは家出した王太子妃なので、ラッシースカヤから何か言われる可能性がある。
「あら、きっと大丈夫よ。」
何を根拠にきっと大丈夫というのかわからなかったが、ガラス玉とやらには興味がある。
少し悩んだ末、カテリーナもみんなと一緒にシャワルクに行く事になった。
***
「なんでお前が一緒なんだ?」
セドリックがカテリーナに悪態をつく。
シャワルクへの馬車は2台に分けられた。本来であれば公爵とセドリックの男性陣とカテリーナ、イレーナ、バルバラの女性陣で乗るはずだったのだが、セドリックがどうしてもイレーナと乗りたいと駄々をこねたため、そのプランは無くなった。
そして、イレーナとセドリックの馬車にカテリーナが同乗する事になった。
「公爵と夫人がそのようにと。」
カテリーナがそういうとセドリックは「ふん」と言って窓の外を眺めた。
外は秋晴れで綺麗な青い空が広がっていた。
「ところで、イレーナさん。あなた、平民の御出身なのね?」
カテリーナはこの機会に色々と聞きたいと考えた。
「おっおまえ!イレーナに失礼なことを聞くんじゃない!」
すると答えたのはイレーナではなくセドリックだった。
「何が失礼なんですの?」
カテリーナはコテンと首を傾げた。
「イレーナは平民として苦労していたんだ。そんな話したくないだろう?」
セドリックがイレーナを庇う。しかし、カテリーナは果たしてそうだろうかと考えた。
「まぁ。イレーナさんは平民時代に苦労されていたの?」
「えぇと・・・私は孤児院育ちで、規則は厳しかったですけど、食べるものに困ることもなかったですし恵まれていた方かと。」
「まぁ。孤児院で育たれたんですね。」
そう言いながら少し意外だと思った。孤児院の子はだいたい日に焼けてそばかすだらけだがイレーナの肌は美しい。
「えぇ。読み書きも教えてもらいました。私の孤児院では十二になると奉公に出るんですが、字が綺麗だからということで貴族とも取引のある酒蔵に行けてとても幸運でした。」
カテリーナはなるほど、酒蔵に居たのかと思った。
酒は当然悪くならないように陽の当たらない場所で保管される。イレーナは十二の頃から陽に当たらない生活だったのだろう。
それに、だいたいの酒蔵は裕福である。イレーナは平民にしては良い暮らしをしていたのだろう。
「酒蔵でどんなお仕事を?」
「帳簿をつけたり、樽や土瓶に商品名を書いたり色々です。」
それから、食事のタイミング、何をどこで誰と食べるのか、普段の服装、衣替えはどうするのかなど細かく聞いて行った。
子爵家に引き取られてからの生活についても詳しく聞いた。
他国の下級貴族の暮らしぶりについて知る機会などなかなかないのでこちらもとても有意義だった。
イレーナがカトリーナとばかり話をするからか、セドリックがカテリーナに憎まれ口を聞くこともあった。しかし、魑魅魍魎が跋扈する王宮で王太子に顧みられない王太子妃という立場に3年も座っていたカテリーナにとって、特に気にするほどのものではなかった。
セドリックを適当にあしらうと
「そんな態度だから王太子に愛想をつかされるんだ。」などと言われた。
セドリックはカテリーナに苦手意識があるようだが表面上は穏やかに旅は終わった。
カテリーナとイレーナの間にはまだすこしよそよそしい空気が流れていた。それでもカテリーナはイレーナの事を気に入った。イレーナは不器用ながらなんとかセドリックの隣に立ちたいと涙ぐましい努力をしている。
ただ、カテリーナから見るとその努力がどうもうまく軌道に乗っていないように思えた。
何かアドバイスをした方がいいのかしらと思いながら、生まれてこのかた、近しい友人の居なかったカテリーナにとってイレーナとの距離を縮めるのは至難の業だった。
47
お気に入りに追加
2,650
あなたにおすすめの小説
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
正室になるつもりが側室になりそうです
八つ刻
恋愛
幼い頃から婚約者だったチェルシーとレスター。しかしレスターには恋人がいた。そしてその恋人がレスターの子を妊娠したという。
チェルシーには政略で嫁いで来てもらわねば困るからと、チェルシーは学園卒業後側室としてレスターの家へ嫁ぐ事になってしまった。
※気分転換に勢いで書いた作品です。
※ちょっぴりタイトル変更しました★
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
愛しの貴方にサヨナラのキスを
百川凛
恋愛
王立学園に通う伯爵令嬢シャロンは、王太子の側近候補で騎士を目指すラルストン侯爵家の次男、テオドールと婚約している。
良い関係を築いてきた2人だが、ある1人の男爵令嬢によりその関係は崩れてしまう。王太子やその側近候補たちが、その男爵令嬢に心惹かれてしまったのだ。
愛する婚約者から婚約破棄を告げられる日。想いを断ち切るため最後に一度だけテオドールの唇にキスをする──と、彼はバタリと倒れてしまった。
後に、王太子をはじめ数人の男子生徒に魅了魔法がかけられている事が判明する。
テオドールは魅了にかかってしまった自分を悔い、必死にシャロンの愛と信用を取り戻そうとするが……。
【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる