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12. 出奔
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その夜は頭が冴えて眠れなかった。
これまで密かに想っていたアリフレートがアレクサンドルだったなんて信じられなかった。
アレクサンドルと出会いが違っていたら良い関係を築けたのかもしれない。
しかし、カテリーナはアレクサンドルには9年も蔑ろにされ続けた。
はじめはアレクサンドルがお茶会に現れず、虚しい思いを抱いた。
それが当たり前になると、王宮の人たちから嘲笑と好奇の目で見られるようになりプライドを大いに傷つけられた。
自分にだけ丁寧な言葉で接する事で距離を見せつけられた時にもがっかりしたし、デビュタントでは文字通り隣に立っているだけでお世辞にも褒めることはなく、儀礼上ダンスは踊った。ただし、この国のファーストダンスはペアがクルクルと変わるタイプのダンスで、そのためアレクサンドルとははじめの数秒踊っただけだ。
それ以来、アレクサンドルと踊ることはなく、婚約者と踊らないのでいつも壁の花だった。
それが若い令嬢にとってどれだけ屈辱的な事なのか彼は知らなかったのだろうか。知らなかったとしたら貴族として無知すぎるし、知っていて、それでも踊らなかったならカテリーナを馬鹿にしすぎである。
学園で彼がマリアと仲良くし出して、お飾りの婚約者と言われるようになり、学友たちはカテリーナに対しいつもよそよそしかった。
確かにあの状況ではカテリーナはいつ婚約破棄されてもおかしくなったし、カテリーナと仲良くしていて婚約破棄される際にとばっちりを受ける可能性を考えると遠巻きにされても仕方なかった。
カテリーナはいつしかアレクサンドルに期待する事をやめた。
周りにも自分にも期待する事もやめた。
期待するから裏切られたような気がして落ち込むのだと悟ったのは学園生活が始まって1年経った頃だった。
それから5年。
カテリーナは何も期待せず、ただ民の幸福を思い生きてきた。
そんなカテリーナにとってアリフレートは砂漠に咲いた一輪の花のようだった。
アリフレートはカテリーナの代わりに怒り、カテリーナの話に笑い、友人のように接してくれた。
エラやボリスも大好きだがアリフレートは格別だった。
「エラやボリスと言えば・・・」
目の悪いカテリーナはアリフレートとアレクサンドルが同一人物だと気付かなかったが、ボリスやエラはわかっていたはずである。
わかっていて、何も言ってくれなかったのだ。
カテリーナのことを自分の旦那にも気付かない愚かな女だと思っていたのか。
せめてもう少しアレクサンドルと交流があり、怒っていない時の彼の声を覚えていたならカテリーナにも気付けたかもしれない。しかし、それは土台無理な話である。
ボリスはまだしもエラとはずっと姉妹のように育ってきて気付いていたなら伝えてくれてもよかったのではないかと思った。
カテリーナはエラにも裏切られたような気分になった。
一度そんなことを考え出すともう他のことを考えることが出来なくなった。
そんな時、ふと耳に入ってきたのは馬車の走る音だった。
うっすら明るくなったくらいの時間帯だがこんな時間帯に走る馬車はこの辺では多くない。
見るともなく窓の外をぼんやりと眺めていると四頭立ての薄いピンク色の馬車が走り去った。
カテリーナの視力でははっきりとは見えず確信は持てなかったがあれはリンツ公爵の馬車だったはず。
この国にあの色の馬車はそうないだろう。
リンツ公爵はカテリーナとの会話の後、王都に戻りライの輸出について話したのだろう。そうして南の帝国に帰国する途中にここを通ったのだ。
カテリーナにはこれが何か運命のようなもののように感じられた。
今から追いかけたら街道に出る関所でリンツ公爵にお会いできるかもしれない。
リンツ公爵は何かあったら力になると言ってくれた・・・
そう思うと体が勝手に動いていた。
カテリーナはアレクサンドルにはもちろん、エラにもボリスにも会いたくなかった。今は。
カテリーナはアレクサンドルとエラに簡単な手紙を書くとシルバーのトレイの上に並べて置いておいた。
そして、こっそりと部屋を抜け出した。
王宮であれば部屋の前には常に兵が控えているが、第二宮殿ではそこまで警備は厳しくない。
もしここで、部屋付きの兵と揉めていたら隣の部屋にいるアレクサンドルに気付かれたかもしれない。
しかし、部屋の前には誰もおらず、カテリーナは誰にも見咎められることなく門までくることが出来た。
流石に門の前には兵がいた。
カテリーナは門の前に待機している衛兵にお忍び用の馬車を用意するように言うと、街の関所まで急いだ。
そして、関所でリンツ公爵に会うことが出来たのである。
リンツ公爵はカテリーナを見ると驚いたような顔をしたが、とにかく急いでいるようでカテリーナが望むままにカテリーナをリンツ公爵の馬車に乗せてくれたのだった。
関所を抜け、馬車がスピードに乗り出した頃、リンツ公爵がカテリーナに話しかけた。
「カテリーナ・・・妃とお呼びすれば良いのかな?」
これは公人として会いにきたのかどうかという確認だろう。
「いえ、今はただの姪のカテリーナとお思いください。」
カテリーナは全てを投げ出していたのでそう答えた。
「それで、何故私に会いに?」
リンツ公爵が何か手元で書類を書いたり忙しくしているのを雰囲気で感じた。何か作業の片手間でカテリーナに話しかけているのだろう。
「わたくし、南の帝国に行きたいと思いまして。」
カテリーナがそう言うとリンツ公爵の動きが止まったのがわかった。
「ポランスキに?何故?」
リンツ公爵の声は本当にわからないという声色だった。
カテリーナはどこまでリンツ公爵に話をするか悩んだが、まだ自分の心がどうなるかわからないのに余計なことは話さない方が良いと判断した。
「いろいろあって、少し見つめ直す時間が欲しいのですわ」
「見つめ直すって何を?」
「自分自身かしら?」
そう言いながら馬車の車窓を見ると外の景色が少しずつ明るくなっていた。
これまで密かに想っていたアリフレートがアレクサンドルだったなんて信じられなかった。
アレクサンドルと出会いが違っていたら良い関係を築けたのかもしれない。
しかし、カテリーナはアレクサンドルには9年も蔑ろにされ続けた。
はじめはアレクサンドルがお茶会に現れず、虚しい思いを抱いた。
それが当たり前になると、王宮の人たちから嘲笑と好奇の目で見られるようになりプライドを大いに傷つけられた。
自分にだけ丁寧な言葉で接する事で距離を見せつけられた時にもがっかりしたし、デビュタントでは文字通り隣に立っているだけでお世辞にも褒めることはなく、儀礼上ダンスは踊った。ただし、この国のファーストダンスはペアがクルクルと変わるタイプのダンスで、そのためアレクサンドルとははじめの数秒踊っただけだ。
それ以来、アレクサンドルと踊ることはなく、婚約者と踊らないのでいつも壁の花だった。
それが若い令嬢にとってどれだけ屈辱的な事なのか彼は知らなかったのだろうか。知らなかったとしたら貴族として無知すぎるし、知っていて、それでも踊らなかったならカテリーナを馬鹿にしすぎである。
学園で彼がマリアと仲良くし出して、お飾りの婚約者と言われるようになり、学友たちはカテリーナに対しいつもよそよそしかった。
確かにあの状況ではカテリーナはいつ婚約破棄されてもおかしくなったし、カテリーナと仲良くしていて婚約破棄される際にとばっちりを受ける可能性を考えると遠巻きにされても仕方なかった。
カテリーナはいつしかアレクサンドルに期待する事をやめた。
周りにも自分にも期待する事もやめた。
期待するから裏切られたような気がして落ち込むのだと悟ったのは学園生活が始まって1年経った頃だった。
それから5年。
カテリーナは何も期待せず、ただ民の幸福を思い生きてきた。
そんなカテリーナにとってアリフレートは砂漠に咲いた一輪の花のようだった。
アリフレートはカテリーナの代わりに怒り、カテリーナの話に笑い、友人のように接してくれた。
エラやボリスも大好きだがアリフレートは格別だった。
「エラやボリスと言えば・・・」
目の悪いカテリーナはアリフレートとアレクサンドルが同一人物だと気付かなかったが、ボリスやエラはわかっていたはずである。
わかっていて、何も言ってくれなかったのだ。
カテリーナのことを自分の旦那にも気付かない愚かな女だと思っていたのか。
せめてもう少しアレクサンドルと交流があり、怒っていない時の彼の声を覚えていたならカテリーナにも気付けたかもしれない。しかし、それは土台無理な話である。
ボリスはまだしもエラとはずっと姉妹のように育ってきて気付いていたなら伝えてくれてもよかったのではないかと思った。
カテリーナはエラにも裏切られたような気分になった。
一度そんなことを考え出すともう他のことを考えることが出来なくなった。
そんな時、ふと耳に入ってきたのは馬車の走る音だった。
うっすら明るくなったくらいの時間帯だがこんな時間帯に走る馬車はこの辺では多くない。
見るともなく窓の外をぼんやりと眺めていると四頭立ての薄いピンク色の馬車が走り去った。
カテリーナの視力でははっきりとは見えず確信は持てなかったがあれはリンツ公爵の馬車だったはず。
この国にあの色の馬車はそうないだろう。
リンツ公爵はカテリーナとの会話の後、王都に戻りライの輸出について話したのだろう。そうして南の帝国に帰国する途中にここを通ったのだ。
カテリーナにはこれが何か運命のようなもののように感じられた。
今から追いかけたら街道に出る関所でリンツ公爵にお会いできるかもしれない。
リンツ公爵は何かあったら力になると言ってくれた・・・
そう思うと体が勝手に動いていた。
カテリーナはアレクサンドルにはもちろん、エラにもボリスにも会いたくなかった。今は。
カテリーナはアレクサンドルとエラに簡単な手紙を書くとシルバーのトレイの上に並べて置いておいた。
そして、こっそりと部屋を抜け出した。
王宮であれば部屋の前には常に兵が控えているが、第二宮殿ではそこまで警備は厳しくない。
もしここで、部屋付きの兵と揉めていたら隣の部屋にいるアレクサンドルに気付かれたかもしれない。
しかし、部屋の前には誰もおらず、カテリーナは誰にも見咎められることなく門までくることが出来た。
流石に門の前には兵がいた。
カテリーナは門の前に待機している衛兵にお忍び用の馬車を用意するように言うと、街の関所まで急いだ。
そして、関所でリンツ公爵に会うことが出来たのである。
リンツ公爵はカテリーナを見ると驚いたような顔をしたが、とにかく急いでいるようでカテリーナが望むままにカテリーナをリンツ公爵の馬車に乗せてくれたのだった。
関所を抜け、馬車がスピードに乗り出した頃、リンツ公爵がカテリーナに話しかけた。
「カテリーナ・・・妃とお呼びすれば良いのかな?」
これは公人として会いにきたのかどうかという確認だろう。
「いえ、今はただの姪のカテリーナとお思いください。」
カテリーナは全てを投げ出していたのでそう答えた。
「それで、何故私に会いに?」
リンツ公爵が何か手元で書類を書いたり忙しくしているのを雰囲気で感じた。何か作業の片手間でカテリーナに話しかけているのだろう。
「わたくし、南の帝国に行きたいと思いまして。」
カテリーナがそう言うとリンツ公爵の動きが止まったのがわかった。
「ポランスキに?何故?」
リンツ公爵の声は本当にわからないという声色だった。
カテリーナはどこまでリンツ公爵に話をするか悩んだが、まだ自分の心がどうなるかわからないのに余計なことは話さない方が良いと判断した。
「いろいろあって、少し見つめ直す時間が欲しいのですわ」
「見つめ直すって何を?」
「自分自身かしら?」
そう言いながら馬車の車窓を見ると外の景色が少しずつ明るくなっていた。
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