上 下
7 / 24

7. 王太子との食事

しおりを挟む
夕食を共にすると言っても同じ空間に居るだけだろうとカテリーナは思っていた。

第二宮殿の食堂は濃い紺色で壁が塗られていてただでさえ辛気臭いのに、更に辛気臭くなるのだと思うと気が重い。

カテリーナは王妃に倣い、野菜と肉の入ったスープと黒パンを常食としている。贅沢をする際もそれに果物がつく程度である。
一方、アレクサンドルはその手の料理を嫌っていた。カテリーナはアレクサンドルの気持ちもよくわかる。望めばもっと豪華な食事だって可能なのに親のエゴで質素な食事を食べさせられれば恨みの一つも生まれるだろう。

なので、アレクサンドルは普通に王族として相応しい料理を食べるものだと思っていた。
しかし、夕食の場に行ってみると用意されていたのはカテリーナが普段食べているのと同じような食事が二人分。
しかも、長いテーブルの席をわざわざ隣同士になるようにしてあった。

その上、カテリーナが食堂に行くとアレクサンドルは既に着席していた。こんなことは初めてである。
これまでどんな茶会でも夜会でも先に到着するのはカテリーナでアレクサンドルが来るのを待たされるのが常だった。
待って待って待ってやっと来てもアレクサンドルはカテリーナに話しかけることなく時間だけが過ぎるのだ。
勿論、初めの頃はカテリーナがアレクサンドルに話しかけたが、話しても無視されるのでカテリーナがアレクサンドルと話す事を諦めたのが15の頃だ。
それ以降、カテリーナとアレクサンドルが会話することはほとんどなかった。

面食らいながらもカテリーナはアレクサンドルに公式の礼をとった。これは目下の者が目上の者に対して取る当然の行為である。これまでは礼をしても無視されるのが当たり前だったのでアレクサンドルからの声掛けを待たずに直るのが普通になっていた。

しかし、カテリーナが礼をするとアレクサンドルが話しかけてきた。

「カテリーナは私の妃であるのだから、そのような礼は取らなくても良い」

カテリーナは目を見開いた。アレクサンドルがカテリーナを「カテリーナ」と呼ぶのはいつぶりだろうか。もしかすると初めてかもしれない。

それから着席を促され、アレクサンドルに勧められるままにカテリーナは席についた。

「おっほん。えっと、カテリーナはクラスーヌイに来てどのように過ごして・・・いた?」

アレクサンドルの口から出るセリフには迷いがあるようだった。カテリーナには興味がないけれど頑張って話しているような雰囲気がする。
公爵に責められて心を入れ替えたのだろうか。それともそれが発端となって王に何かを言われたのかもしれない。例えばこのようなことが続けば王位継承について再考しなければならないとか。確かにアレクサンドルは王太子とは言えまだ王になったわけではない。
その事に今さら気づいたのかもしれない。

カテリーナは慰問のことや視察のことを答えた。

「王都に比べ貧富の差があるように感じましたので何かしたいと考えております」

「具体的にはどのようなこと?」

何度か会話を続けていくうちに徐々にアレクサンドルの言葉が砕けたものになってきた。これまでアレクサンドルからはほとんど怒気を含んだ声しか聞いたことがなかったが普通に話してくれる声は意外にもアリフレートと似ているな、と思った。

カテリーナとアレクサンドルがここまで長い会話のラリーをするのは初めてである。
もちろん砕けた口調がカテリーナに向けられるのも初めてである。

アレクサンドルとカテリーナはこれまで常に丁寧な言葉で会話をしてきた。カテリーナが婚約者になりたての頃は王族は常に丁寧な言葉遣いで会話するように育てられてきたのだろうと考えていたため、特に違和感はなかった。

しかし、学園に入り側近や学友たちには砕けた口調で話しているのを聞いて、自分は彼から距離を取られているのだと気付いた。

二人の数少ない会話が丁寧な口調でされることはカテリーナにとってアレクサンドルとの距離を再認識させられ、いつも少しだけむなしい思いが心を通り過ぎたものだった。

しかし、いざアレクサンドルがカテリーナに砕けた口調で話したときに真っ先に考えたのは「あ、アリフレートに声が似ているな」という事だった。

今回のアレクサンドルがの一連の行動は、彼がカテリーナに歩み寄ろうという意思があるのだということのあらわれだろう。
王太子妃として喜ぶべきことなのに、それほど嬉しくないことと他の男性の事を考えてしまうということへの自責の念が重くカテリーナの心にのしかかったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

正室になるつもりが側室になりそうです

八つ刻
恋愛
幼い頃から婚約者だったチェルシーとレスター。しかしレスターには恋人がいた。そしてその恋人がレスターの子を妊娠したという。 チェルシーには政略で嫁いで来てもらわねば困るからと、チェルシーは学園卒業後側室としてレスターの家へ嫁ぐ事になってしまった。 ※気分転換に勢いで書いた作品です。 ※ちょっぴりタイトル変更しました★

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

二度目の恋

豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。 王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。 満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。 ※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。

一番悪いのは誰

jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。 ようやく帰れたのは三か月後。 愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。 出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、 「ローラ様は先日亡くなられました」と。 何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・

アリシアの恋は終わったのです。

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

処理中です...