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4. 再会

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それからしばらくの間、カテリーナは離宮から出してもらえない生活が続いたが、一週間ほどで再び散歩を許されるようになった。
しかし、以前のように1人で自由にと言うわけにはいかず、常に護衛のボリスがついてくるようになった。

いくら捨て置かれた存在とはいえ王太子妃が1人で散歩できた事自体があり得ない事だったのだ。

ボリスはイェーフネン公爵の弟にあたる人物で、カテリーナと同世代の子を持つ壮年の騎士である。
ボリスは貴族ではなく貴族に連なる者である。この国ではそういった者は貴族ではないが平民とも違う、貴族と平民との間の立場となる。

当然、王太子妃として囲われた生活をしているカテリーナよりはよほど平民に近い暮らしをしており、その話を聞くのはカテリーナにとって大層、楽しかった。

特にボリスは恋愛結婚をしておりたいへんな愛妻家で、家族観は平民に近かった。

「聖華祭には家族で小さなテーブルを囲い過ごすだなんて素敵ね。」

平民の家では貴族と違い小さなテーブルで仲睦まじく過ごすのだと聞いてカテリーナはとても憧れた。食事はワンプレートで給仕する者もなく、自分で大きな皿から取り分け食べるというのも楽しそうだと思った。
そして何より家族だけの空間、というのに憧れた。

しかし、カテリーナには特にこの人とテーブルを囲いたい、と思う人が居るわけではない。
何となくおとぎ話を聞くような気分でそんな話を聞いたりしていた。


***


その日はボリスと花壇の花の話をしていた。
王宮やカテリーナの実家である公爵家の花壇はかなり手入れされていて花も整然と並んでいるが、ボリスの家の庭では庭師を雇う金がなく、庭師を呼ぶのは数ヶ月に一度ということで、より自然に近い形で花壇に植物が植わっているらしい。

これまでカテリーナは高位貴族である自分の実家と王宮、そして慰問先である貧民街しか生活を知らなかった。その間の身分の人たちがどのような生活をしているのかと言うのはあまり気にしたことがなかった。

王太子妃時代には貧民街の生活向上にしか頭が回らずかなり視野が狭かったのだな、ということをボリスとの会話で感じさせられた。(まだ立場上は王太子妃だが何も公務をしていないのでカテリーナの中では既に王太子妃から退いたものだと認識している)

ボリスが「家のミモザがそろそろ満開で」と口にした時、動きが止まった。
目の悪いカテリーナには何が起こったのか分からなかったが、背後から足音がして誰かが近づいているとわかった。

ボリスとカテリーナは湖畔の四阿あずまやに向かい合って座っており、ボリスの方が先に客の到来に気付いたのだろう。

ボリスがぽつりと「あなたは・・・」と呟いた声に被せるように「今日は花の話ですか?」という澄んだ男性の声が聞こえた。

カテリーナは直感的にこの前、転んだ時に助けてくれた男性だと気付いた。

「あら、あなたは・・・この前は助けてくださってありがとうございました。」

カテリーナが礼を言うと男性は恐縮したような声色で言った。

「王太子妃様にお礼をいただくなんてとんでもない。この前、頂いた質問に回答していなかったので、本日お答えしようかと。」

「あら、そうなの。素敵ね。最近、ボリスの話を色々の聞かせてもらってるの。ボリスは貴族に連なる者で1人一部屋の他はダイニングしかない小さな家に住んでいるのよ。私、これまで、平民と言えば貧民にしか目が行ってなかったから、中流階級の生活にはくわしくなくて、新しく知ることが多くてとても楽しいの。貴方の話も聞かせてもらえると嬉しいわ」

カテリーナはボリスと同じように男性アリフレートの話に耳を傾けたいと思った。

カテリーナが想像するに、アリフレートは平民の中でも比較的裕福な家庭の出身なのだろう。
立ち居振る舞いや所作が貴族と近しかったし、体格もしっかりしていて食べる物に困っている感じもしなかった。

四阿の椅子をアリフレートに進めると、アリフレートは躊躇せずそこに腰掛けた。
その際の所作もやはり美しかった。

「黒パンは値上がりしているようです。」

先日の質問の答えを話し始めた。

「まぁ、やはりそうなのね。」

カテリーナは声のトーンを落とした。
黒パンはこの国の主食で白パンに比べると硬く日持ちがし、安価で食べられる。その主食であるパンの値上げは市民の生活に影響が大きいだろう。

「王太子妃様は、」

「カテリーナで良いわ。」

アリフレートが他人行儀に言うのでカテリーナは訂正する。もっとも、カテリーナにとって、もう既に自分は王太子妃ではないという意識が強かったため、王太子妃という称号で呼ばれてもピンと来なかったのだ。

「カテリーナ様は平民の生活に興味がおありなのですか?」

アリフレートのその言葉はどこか喉に詰まっているような雰囲気で放たれた。
カテリーナはその言葉を聞いてハッとした。

「そうね。もう公務もしていないし私が平民に興味を持ったところで慰問に行くくらいしか出来ないものね。きっと癖なのね。平民のことはいつも気にかけているわ。パンが食べられずに死ぬ人が、毛布がなくて凍え死ぬ人が1人でも少なくなれば良いと思っているわ。」

その言葉は誰かに伝えるというよりは自分の思いを再確認するという役割の方が大きかったかもしれない。

そして、元公爵令嬢として、捨て置かれてはいるが王太子妃として何かできることがあるのではないかと考えるようになった。
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