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3. 出会い

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いつものように散歩に出ていたある日、慣れたはずの道の段差を踏み外し、尻餅をついてしまった。

その日は運悪く淡いブルーのドレスを着ていたので、ドレスが汚れてしまったに違いない。

こういうことがあるので王宮にいた時には暗い色の服しか着ることができなかった。今では多少服が汚れていようとも誰も気にすることはない。そのため、侍女のエラが積極的に淡い色の服を着せてくるのだ。
確かに目が見えた頃のカテリーナ自身の記憶でも暗い色よりも淡い色の方が似合っていたので、エラの判断は間違っていないのだろう。

「大丈夫?」

尻餅をついているカテリーナの前に手が差し出された。
声から判断して男性で、白い軍服っぽい服を着ているため恐らくは平民である。軍服だろうと判断したのは肩に黄色い色彩がぼんやり見えたからで、それは軍服独特のデザインだからである。
この国では所属する軍によって軍服の色が異なる。
白い軍服は主に平民が所属する衛兵隊の色だったはずである。

「あ、ありがとう」

そう言って手を差し出すと、男性はカテリーナの事を引っ張ってくれた。触れた手はゴツゴツしていて剣の鍛錬を欠かさない人の手をしていた。
王太子アレクサンドルも同じような手をしていたな、と思った。

「怪我はない?」

男性の声は優しかった。
カテリーナは足を挫いてしまっていたらしく、足に力が入らなくなっていた。

「あっ。足を・・・挫いてしまったようです。衛兵さんは」

「あ、いえ、私は衛兵では・・・」

「まぁ、そうですか。」

「目が悪いの?」

男性が馴れ馴れしい様子で聞いてきた。
きっと、王太子妃がこんな湖畔で一人でいるなど思ってもいないのだろう。実際はどこか遠くの方で見守っている兵隊がいるはずなのだが、この男性は軍服を着ているために安全だと判断されたのだろう。

「えぇ。かなり悪くて・・・貴方の髪の色がとても素敵な金だ、ということくらいは判別できますけれど、そのくらいしか・・・」

「そう。では、湖畔の馬車止めまでエスコートするよ。」

そう言って男性は手を差し出してくれた。
そこにカテリーナは自分の手を乗せた。握った男性の手には、この国で既婚者を現す指輪が嵌められていて、なんとはなしに心の中でこの男性は既婚者なのだなと思った。

「あの、貴方は貴族ですの?」

あまりにもエスコートがスマートなのでそう訊ねてみた。

「いや、貴族じゃないよ。」

引き続き男性は軽い口調を崩さない。
きっと平民なのだろう。貴族だと相手がカテリーナに気付くはずである。気付いたら少なくとも口調を改めるだろう。

その様子がない、ということはきっと平民なのだと結論づけた。

「貴族じゃないのね。もしよければ、貴方の私生活について教えてもらえないかしら?平民がどんなふうに過ごしているのか知りたいのよ。」

カテリーナは王太子妃として平民の生活がどのようなのか、ということに気を配ってきた。宮殿から下がってからも平民達がきちんと過ごせているのかというのは気になっていた。

ところが男性からなかなか返答がなかった。
男性がどういう反応をしているのかは、目の悪いカテリーナにはわからない。
私生活というのは多少不躾な質問だったのかもしれない。
もう少し噛み砕いた質問をした方が良かったかもしれない。

「ごめんなさい。少し答えにくい質問だったかしら?質問を変えるわ。黒パンは最近値上がりしていない?組合の抗争は起きていないかしら?夏場になると王都では働き手が減るけれど、市場の様子は貴方の目から見てどう思う?」

カテリーナはそう言うと返答を待った。
男性から返答はなく2人は歩みを進めた。
相手から返答がないうちにカテリーナの住まう離宮の近くまで来てしまった。カテリーナの離宮は湖畔の馬止めの近くにある。
本当は離宮のための馬止めなのだが、湖畔を散歩する民のために開放されているのだ。

「あ、あの。送ってくださってありがとうございます。わたくし、こちらに住んでいますの」

そう言うとカテリーナは男性から手を離した。

「それじゃあ、あなたは・・・」

男性がどんな表情をしていたのかはカテリーナには見えなかったがきっと、カテリーナが離宮に住んでいる王族なのだと言うことに思い至り、驚いているのだろう。

「えぇ。王太子妃カテリーナですわ。」

「俺は、あ、アリフレートです。」

結局、平民の話は聞けなかったがこんな目立つ場所で二人で話をするのも憚られる。

「今日は助けてくだささりありがとうございました。それでは。」

そう言ってカテリーナは離宮に戻った。

アリフレートと名乗った青年がどんな顔をしているのかなど目の悪いカテリーナにはわからなかった。

離宮に戻ると汚れたドレスを見たエラに怒られ、しばらく1人での外出は禁止になってしまった。


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