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8 ミドルボアの狩
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ファイナル(シーズン最後の晩餐会)が無事終わるとほとんどの貴族は地方にある領地へと戻る。
その際、自領であったり、知人の領地であったりで狩猟を楽しむのが上流階級の慣わしである。
王都での社交は終わるが場所を地方に移して社交は細く続くのである。
「ミドルボアの狩りに誘われた。ミドルボアだけは断れん。」
いつしか与えられた商会のスーザンの執務室のドアを乱暴に開けると部屋に入ることもなくサミュエルは要件だけ伝えて嵐のようにまた自分の部屋に戻っていった。
ミドルボアとはサミュエルの出身校のグリフィス校の同窓会を取り仕切っているオルフィス伯爵の領地である。多く居る卒業生の中から彼の領地に誘われるのは名誉なことだとされていた。
スーザンは父も兄も亡くなった旦那のジェレミーもグリフィス校の出身であり、その辺の事情には詳しかった。
グリフィス校出身者の妻や娘で作られる婦人会にも所属し幼い頃からバザーや慰問なども行っていた。
そう言う訳でミドルボアの狩に誘われたときに何をどう準備すべきかは把握していたし、その準備を万端に整えた。
ミドルボアの狩に誘われていたのは各大臣をはじめ錚々たる面々だった。この会に呼ばれるにはグリフィス校時代に良い成績で卒業し、かつ現在も活躍している必要がある。
今回は15組の夫婦がよばれていた。
男たちが狩をしている間、女たちは共に刺繍をして待つのがミドルボアの慣わしである。
その刺繍をグリフィス校のクリスマスミサのバザーに寄付するのである。
スーザンはそのことを知っていたので自分の手芸セットを持参していた。この会に呼ばれ慣れている奥様方も皆、持参していたが持ってきていない人も何人かいた。
その人たちはオルフィス婦人が道具を貸し出していたが、それだけではおいつかず、スーザンも手芸道具を貸してあげていた。
久しぶりに道具箱の中が空に近くなると道具箱の底から船モチーフの刺繍のされたハンカチがいくつか出てきた。
ほとんど完成していると言ってもいい出来のハンカチだが、刺繍が得意なスーザンにとっては少し歪みが出ている出来の悪い作品で、完成品の中にいれずにずっと道具箱の中で眠っていたものだった。
船は全て彼の好きな蒸気船だった。彼に初めてあげたハンカチにも同じような船の刺繍がしてあった。
彼と喧嘩して逢えなくなってもスーザンはずっと彼のことを思って刺繍していたのだ。いつか彼に渡せる日が来ると信じて。
しかし、ハンカチを渡す機会どころか、再開すらしないままスーザンは別の男性、ジェレミーと婚約した。
完成品となっていた船の図案のハンカチは彼への想いを断ち切るために婚約した時に全てバザーに寄付したはずだった。
道具箱の底から出てきた懐かしい図案のハンカチを見てスーザンはしばらく動けなかった。
その際、自領であったり、知人の領地であったりで狩猟を楽しむのが上流階級の慣わしである。
王都での社交は終わるが場所を地方に移して社交は細く続くのである。
「ミドルボアの狩りに誘われた。ミドルボアだけは断れん。」
いつしか与えられた商会のスーザンの執務室のドアを乱暴に開けると部屋に入ることもなくサミュエルは要件だけ伝えて嵐のようにまた自分の部屋に戻っていった。
ミドルボアとはサミュエルの出身校のグリフィス校の同窓会を取り仕切っているオルフィス伯爵の領地である。多く居る卒業生の中から彼の領地に誘われるのは名誉なことだとされていた。
スーザンは父も兄も亡くなった旦那のジェレミーもグリフィス校の出身であり、その辺の事情には詳しかった。
グリフィス校出身者の妻や娘で作られる婦人会にも所属し幼い頃からバザーや慰問なども行っていた。
そう言う訳でミドルボアの狩に誘われたときに何をどう準備すべきかは把握していたし、その準備を万端に整えた。
ミドルボアの狩に誘われていたのは各大臣をはじめ錚々たる面々だった。この会に呼ばれるにはグリフィス校時代に良い成績で卒業し、かつ現在も活躍している必要がある。
今回は15組の夫婦がよばれていた。
男たちが狩をしている間、女たちは共に刺繍をして待つのがミドルボアの慣わしである。
その刺繍をグリフィス校のクリスマスミサのバザーに寄付するのである。
スーザンはそのことを知っていたので自分の手芸セットを持参していた。この会に呼ばれ慣れている奥様方も皆、持参していたが持ってきていない人も何人かいた。
その人たちはオルフィス婦人が道具を貸し出していたが、それだけではおいつかず、スーザンも手芸道具を貸してあげていた。
久しぶりに道具箱の中が空に近くなると道具箱の底から船モチーフの刺繍のされたハンカチがいくつか出てきた。
ほとんど完成していると言ってもいい出来のハンカチだが、刺繍が得意なスーザンにとっては少し歪みが出ている出来の悪い作品で、完成品の中にいれずにずっと道具箱の中で眠っていたものだった。
船は全て彼の好きな蒸気船だった。彼に初めてあげたハンカチにも同じような船の刺繍がしてあった。
彼と喧嘩して逢えなくなってもスーザンはずっと彼のことを思って刺繍していたのだ。いつか彼に渡せる日が来ると信じて。
しかし、ハンカチを渡す機会どころか、再開すらしないままスーザンは別の男性、ジェレミーと婚約した。
完成品となっていた船の図案のハンカチは彼への想いを断ち切るために婚約した時に全てバザーに寄付したはずだった。
道具箱の底から出てきた懐かしい図案のハンカチを見てスーザンはしばらく動けなかった。
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