6 / 13
ベアトリス2
その6 カルナバル
しおりを挟む
控室で盗み聞きをした三日後、教会から学園までの道中、ホセが改まって話しかけてきた。
「ベアトリス様、お話があります。」
その顔は深刻で、良くない知らせなのだと察したベアトリスは顔をこわばらせた。
「まだ正式に発表されてはいないのですが、この度、外交部門に移ることになりました。それで、ベアトリス様に随行できるのもあと一ヶ月となります。カルナバルが過ぎる頃に後任をご紹介できる流れになるかと思います。」
カルナバルは二週間後から一週間続く祭りである。
「あぁ、そうなの・・・」
ベアトリスは気のない返事をした。
ホセは騎士隊を辞め、外交部門に行く道を選んだようだ。
と言うことは侯爵家への婿入りの話も受け入れたのだろうか。
「そんな顔なさらないでください。」
ホセにそう言われて自分が淑女らしからぬ顔をしている事に気がついた。
「少し休憩しましょうか」
ホセに促されベアトリスは学園前の並木道のベンチに腰掛けた。学園が授業中なので並木道の人通りはまばらである。葉を全て落としているプラタナスの木がが寂しそうに青空に枝を伸ばしていた。
ホセはベアトリスの手を取るとベンチに座っているベアトリスの元に跪いた。
「ベアトリス様。私は国でもなく王でもなくベアトリス様に生涯忠誠を誓うとここにお約束します。」
跪いて誓いをたてるホセは絵本から抜け出てきた騎士そのものだった。
「ベアトリス様をお守りするために外交部門での経験がきっとお役に立つと考えました。ですので、私が近くにいない時に何か困ったことがあればすぐにお知らせください。何があっても命ある限りすぐに、馳せ参じます。」
そう言ったホセの目は真っ直ぐ清らかだった。
***
「ベアトリス姉さん、さっきから全然進んでないよ。」
隣で仮面に刺繍を入れていたペネロペがくすくす笑いながら話しかけてきた。
この教会でベアトリスは姉さんと呼ばれていた。今となってはベアトリスが王女であることは皆知っていたが、気安く接してくれている。
ベアトリスの目はさっきから窓の外の男の子達の鍛練をじっと見ていた。
「姉さん、ホセ兄さんが気になるんでしょ?」
ペネロペは十三、四歳である。恋に興味のある年頃なのだろう。
「ホセ兄さんはカッコいいもんね。」
ペネロペの前で刺繍をしていたマリアが合いの手を入れる。
「ベアトリス姉さんとホセ兄さんはお似合いだと思うよ。」
そう言ったのはベアトリスの前で刺繍をしていたイザベラだった。
イザベラもマリアもペネロペと同じ年頃でそういう話に興味津々のようだ。
「ホセ兄さんもベアトリス姉さんのことが好きみたいだし?」
「貴族さまは舞踏会で踊るんでしょう?」
「そして、大聖堂で結婚式を挙げるのね!」
「素敵ねぇ」
「ねぇ、ベアトリス姉さんの結婚式で付けるベールの刺繍、私たちで出来ないかしら?」
少女達の妄想話を聞いてついホセとの結婚式を想像してしまってベアトリスは顔が真っ赤になった。
「ベアトリス姉さんってウブなのね。」
おしゃまなペネロペが揶揄うように言う。
「そりゃ、姉さんは深窓の令嬢ですもの。」
したり顔でそう言うのはイザベラだった。
「そうね、本当にそうなればいいわね。」
少女達の意見を肯定しながらベアトリスはため息をついた。
「でも立場的に難しいのよ」
「どうして?二人はあんなにお似合いなのに。」
マリアが率直に聞いてくる。
「貴族の世界には色々あってね、私とホセが結ばれるのは難しいの。」
「ふーん。」
「それで、ベアトリス姉さんはこのところ落ち込んでたのね?」
「落ち込んでたかしら?」
「落ち込んでたよ。」
「でも大丈夫だよ。カルナバルの最終日にねサンタモンターニャに日が沈む瞬間にキスをした二人は必ず結ばれるんだよ。」
「本当に?でも、結婚するまでキスなんて出来ないわ。」
「大丈夫だよ。カルナバルではみんな仮面を付けるから!」
「そうそう、貴族ってバレないよ。」
おしゃまな3人はキャッキャと話を続けている。
ベアトリスはその声を聞いて少し元気が出た。
***
カルナバルでは公務も多くなるが最終日は幸運にもホセと過ごすことができた。
カルナバルの期間中、いたるところでダンスイベントが開催される。ベアトリスとホセは王宮広場でダンスを踊ることに決めた。
ホセがベアトリスの手を引いて踊りの輪の中に入る。
仮面の下からベアトリスを見つめるホセの目は真剣だった。周りで踊っている人はたくさんいるが、仮面をつけたホセとベアトリスはお互いしか見ず、二人の世界が完成していた。
ホセの目は情熱的でその視線の中に愛が込められているのにベアトリスは気付いた。
気付きさえしなければ諦めることが出来たかもしれないのに。彼も自分と同じ気持ちだなんて気付いたらどうやってこの想いを忘れれば良いのだろうか。
でもこの時だけは。そう思いながらベアトリスはホセのエスコートに身を任せた。
二人は何も会話をしない。しかし、目線で会話する。愛していますと。この目線での会話すら二人にはカルナバルの日にしか許されないものだった。
「ベアトリス様、お話があります。」
その顔は深刻で、良くない知らせなのだと察したベアトリスは顔をこわばらせた。
「まだ正式に発表されてはいないのですが、この度、外交部門に移ることになりました。それで、ベアトリス様に随行できるのもあと一ヶ月となります。カルナバルが過ぎる頃に後任をご紹介できる流れになるかと思います。」
カルナバルは二週間後から一週間続く祭りである。
「あぁ、そうなの・・・」
ベアトリスは気のない返事をした。
ホセは騎士隊を辞め、外交部門に行く道を選んだようだ。
と言うことは侯爵家への婿入りの話も受け入れたのだろうか。
「そんな顔なさらないでください。」
ホセにそう言われて自分が淑女らしからぬ顔をしている事に気がついた。
「少し休憩しましょうか」
ホセに促されベアトリスは学園前の並木道のベンチに腰掛けた。学園が授業中なので並木道の人通りはまばらである。葉を全て落としているプラタナスの木がが寂しそうに青空に枝を伸ばしていた。
ホセはベアトリスの手を取るとベンチに座っているベアトリスの元に跪いた。
「ベアトリス様。私は国でもなく王でもなくベアトリス様に生涯忠誠を誓うとここにお約束します。」
跪いて誓いをたてるホセは絵本から抜け出てきた騎士そのものだった。
「ベアトリス様をお守りするために外交部門での経験がきっとお役に立つと考えました。ですので、私が近くにいない時に何か困ったことがあればすぐにお知らせください。何があっても命ある限りすぐに、馳せ参じます。」
そう言ったホセの目は真っ直ぐ清らかだった。
***
「ベアトリス姉さん、さっきから全然進んでないよ。」
隣で仮面に刺繍を入れていたペネロペがくすくす笑いながら話しかけてきた。
この教会でベアトリスは姉さんと呼ばれていた。今となってはベアトリスが王女であることは皆知っていたが、気安く接してくれている。
ベアトリスの目はさっきから窓の外の男の子達の鍛練をじっと見ていた。
「姉さん、ホセ兄さんが気になるんでしょ?」
ペネロペは十三、四歳である。恋に興味のある年頃なのだろう。
「ホセ兄さんはカッコいいもんね。」
ペネロペの前で刺繍をしていたマリアが合いの手を入れる。
「ベアトリス姉さんとホセ兄さんはお似合いだと思うよ。」
そう言ったのはベアトリスの前で刺繍をしていたイザベラだった。
イザベラもマリアもペネロペと同じ年頃でそういう話に興味津々のようだ。
「ホセ兄さんもベアトリス姉さんのことが好きみたいだし?」
「貴族さまは舞踏会で踊るんでしょう?」
「そして、大聖堂で結婚式を挙げるのね!」
「素敵ねぇ」
「ねぇ、ベアトリス姉さんの結婚式で付けるベールの刺繍、私たちで出来ないかしら?」
少女達の妄想話を聞いてついホセとの結婚式を想像してしまってベアトリスは顔が真っ赤になった。
「ベアトリス姉さんってウブなのね。」
おしゃまなペネロペが揶揄うように言う。
「そりゃ、姉さんは深窓の令嬢ですもの。」
したり顔でそう言うのはイザベラだった。
「そうね、本当にそうなればいいわね。」
少女達の意見を肯定しながらベアトリスはため息をついた。
「でも立場的に難しいのよ」
「どうして?二人はあんなにお似合いなのに。」
マリアが率直に聞いてくる。
「貴族の世界には色々あってね、私とホセが結ばれるのは難しいの。」
「ふーん。」
「それで、ベアトリス姉さんはこのところ落ち込んでたのね?」
「落ち込んでたかしら?」
「落ち込んでたよ。」
「でも大丈夫だよ。カルナバルの最終日にねサンタモンターニャに日が沈む瞬間にキスをした二人は必ず結ばれるんだよ。」
「本当に?でも、結婚するまでキスなんて出来ないわ。」
「大丈夫だよ。カルナバルではみんな仮面を付けるから!」
「そうそう、貴族ってバレないよ。」
おしゃまな3人はキャッキャと話を続けている。
ベアトリスはその声を聞いて少し元気が出た。
***
カルナバルでは公務も多くなるが最終日は幸運にもホセと過ごすことができた。
カルナバルの期間中、いたるところでダンスイベントが開催される。ベアトリスとホセは王宮広場でダンスを踊ることに決めた。
ホセがベアトリスの手を引いて踊りの輪の中に入る。
仮面の下からベアトリスを見つめるホセの目は真剣だった。周りで踊っている人はたくさんいるが、仮面をつけたホセとベアトリスはお互いしか見ず、二人の世界が完成していた。
ホセの目は情熱的でその視線の中に愛が込められているのにベアトリスは気付いた。
気付きさえしなければ諦めることが出来たかもしれないのに。彼も自分と同じ気持ちだなんて気付いたらどうやってこの想いを忘れれば良いのだろうか。
でもこの時だけは。そう思いながらベアトリスはホセのエスコートに身を任せた。
二人は何も会話をしない。しかし、目線で会話する。愛していますと。この目線での会話すら二人にはカルナバルの日にしか許されないものだった。
240
お気に入りに追加
1,239
あなたにおすすめの小説
真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています
綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」
公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。
「お前のような真面目くさった女はいらない!」
ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。
リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。
夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。
心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。
禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。
望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。
仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。
しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。
これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。


【完結】貴方の望み通りに・・・
kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも
どんなに貴方を見つめても
どんなに貴方を思っても
だから、
もう貴方を望まない
もう貴方を見つめない
もう貴方のことは忘れる
さようなら

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

婚約して三日で白紙撤回されました。
Mayoi
恋愛
貴族家の子女は親が決めた相手と婚約するのが当然だった。
それが貴族社会の風習なのだから。
そして望まない婚約から三日目。
先方から婚約を白紙撤回すると連絡があったのだ。

【完結・全10話】偽物の愛だったようですね。そうですか、婚約者様?婚約破棄ですね、勝手になさい。
BBやっこ
恋愛
アンネ、君と別れたい。そういっぱしに別れ話を持ち出した私の婚約者、7歳。
ひとつ年上の私が我慢することも多かった。それも、両親同士が仲良かったためで。
けして、この子が好きとかでは断じて無い。だって、この子バカな男になる気がする。その片鱗がもう出ている。なんでコレが婚約者なのか両親に問いただしたいことが何回あったか。
まあ、両親の友達の子だからで続いた関係が、やっと終わるらしい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる