【完結】婚約者が恋に落ちたので、私は・・・

ゴールデンフィッシュメダル

文字の大きさ
上 下
4 / 13
ホセ

その4 守るべきもの

しおりを挟む
アルトゥールとベアトリスの逢瀬を見た一ヶ月後、予算委員会が終わり来期の予算が決定した。これからしばらくはホセは時間に余裕ができる。
午前中に教会に行った後、王女について学園に入った。久しぶりの学舎はとても懐かしかった。

授業時間になり王女が真面目に授業を受けているのを見届けるとホセは懐かしい校舎を眺めてウロウロしていた。
「ベンボーリオ君じゃないか。そんな格好をしてどうしたんだね?もう騎士は辞めたのかい?」

そう話しかけてきたのは学園時代にお世話になった先生だった。
街に行く時は身分がバレたくないという王女の希望でホセは平民のような格好をしていた。

「いえ、王女の護衛です。幸いにもまだ騎士を続けております。」

「そうか。騎士は楽しいかね?」

ホセはその時まで楽しいかどうかなど考えたことがなかった。しかし、まだ年若いと言うのに色々と任せてもらえることも王女の護衛として街で子供たちに色々教えるのも楽しかった。
世の中を斜めに見ていた男は、いつの間にか真っ直ぐ前を向いていた。

「そうですね。楽しいです。」

ホセは迷いなくそう答えた。
ホセの回答が意外だったのか先生は少し驚いた後、ニコッと笑って「それは結構。ベンボーリオ君は良い風に変わりましたな。」と言い、肩を叩いて去っていった。

良い風に変わったか・・・そうかもしれないな。
ホセはその言葉がストンと心に落ちてきたのを感じた。


放課後になり、王女を迎えに行く。
王女は婚約者の青年の背中を見ていた。そして青年は銀髪の美少女と見つめ合い笑い合って生徒会室に入っていった。

一連の行動を見てホセは王女の気持ちも婚約者の青年の気持ちも理解してしまった。そして、王女が青年に心がありながら、言い訳しなかった理由も。

王女はなんと気高く、健気なのだろう。

ホセはこの時、自分だけは最後まで彼女を守り続けなければという強い想いを抱いた。しかしそれが護衛としての想いを逸脱したものである、ということにはまだ気付いていなかった。





その一ヶ月後、王女と青年との婚約は解消された。
王女が自ら解消を言い出さなかったのは青年の立場をおもんぱかると同時に、最後の最後まで彼を信じたかったからだろう。

婚約が解消された翌日、辛いはずなのに明るく気丈に振る舞う様子はホセの胸を締め付けた。


教会から学園に向かう途中、ホセは思い切って声をかけた。
「今日は午後も学園をサボりませんか?」
「え?・・・でも。」
「お叱りなら俺が受けます。イグナシオの丘に行きましょう。とても景色が綺麗なんです。」

ホセは王女の手を握るとぐいぐい引っ張って丘まで連れてきた。ホセは怖くて王女の顔を見れなかったが、丘からの景色を見た王女は「わー」と歓声を上げた。
「すごく綺麗な景色だわ。ありがとうホセ。」

丘からは町が一望できるようになっている。

「これで、貴女が少しでも元気ななってくれれば良いんだけど。」
ホセはそう言って鼻の頭をポリポリとかいた。

「婚約者のこと、愛していらしたんでしょう?」
ホセがそう言うと王女はおどろいた顔をしてホセをみつめた。そして、
「ここではただのベアトリスなんだから敬語は使わないで。」
と言った。

その表情は固かった。
王女は景色を見つめながらぽつりと呟いた。

「ずっと好きだったの。幼い頃から。でも彼が私にそう言う気持ちを抱いていないことは知っていたわ。それでも良いと思っていたの。彼女と会うまでは。」

固かった表情はいつしか泣きそうな表情に変わっていた。ホセは王女をそれ以上傷つけたくなくて
「分かっています。だからこれ以上は・・・」
と言ったが、王女は首を振った。
「いいえ、今ここで全てを出し切りたいわ。」
王女は震える声で続けた。
「彼が彼女を愛していることにすぐに気付いたわ。そして、彼女が彼を愛していることにも。私、どうもそう言うことに気付くのは早いのよ。自分のそう言うところを恨んだわ。」

彼女は大きく深呼吸する。

「私、彼のことが好きだったの。だから、彼に瑕疵が出来ないようにうまく行動したつもり。私、頑張ったでしょう?」

そう言ってホセを見上げた王女の目からは大粒の涙がとめどなく流れていた。ホセは王女を抱きしめて「頑張りましたね」と言いながら赤ちゃんをあやすようにぽんぽんと背中をたたいた。

王女はホセの胸の中で泣き疲れて眠ってしまった。ここ数日、眠れていなかったのかもしれない。
ホセは王女をお姫様抱っこすると、街馬車を拾い王宮に帰った。そして、王宮に着くと再びお姫様抱っこをして王女の部屋まで運んだ。

ホセは心の中で「一生、貴女をお守りします」とつぶやいた。



***



ホセは王女の行動の中で一つだけ許せないところがあった。それは婚約者に瑕疵をつけないため、自ら瑕疵を被ったところだ。学園をサボったのは少し悪い事ではあるが、咎められるようなものではない。

王女の行動は貧民への救済や孤児院の慰問と同じように褒められる事のはずである。ホセは王女の名誉をなんとか回復できないか、と考えた。

一番早いのは王女自らがちゃんと否定してくれることだが、王女は婚約者のためにそれはしないだろう。
となると他の誰かに否定してもらう必要がある。ホセはいくつかのルートで否定してもらうことを企んだ。

一つは子供たちとや貧民街の市民に口コミで広めてもらう方法だ。王女は自分の身分がバレていないと思っていたが、王族は家族の肖像画が毎年公開されるため街の人たちにはバレバレだった。ただ、本人がバラして欲しくなさそうなので黙っていただけだった。
しかし、王女がこの街に出入りしているせいで婚約破棄されたと言う事実を伝え、王女はこの街で悪いことをしているわけではないと訴えてほしいとお願いするとすぐにみんな協力してくれた。結果、貧民街以外の街の中でも王女の人気が非常に高まったのである。
それでも平民と貴族の間には情報の分断がある。平民の間で噂になってもなかなか貴族にまでは伝わりにくい。

貴族の間に話を伝えるべく取った方法はこうだ。
貧民街で行なっている子供達の教育を他の孤児院などで横展開させたのだ。そして、その方法を「ベアトリスメソッド」と名付けた。孤児院には貴族のご婦人や令嬢が慰問に訪れる。その時に「ベアトリスメソッド」と共にベアトリス王女の名が良いように広まるという算段だ。
いきなり多くの孤児院に横展開するのは難しいので、とりあえず、社交界で大きな影響力を持つボルソナーロ侯爵夫人が慰問で訪れる教会からスタートさせた。

結果、数ヶ月後には見事にベアトリスの名誉は挽回することができた。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

奪われたものは、もう返さなくていいです

gacchi
恋愛
幼い頃、母親が公爵の後妻となったことで公爵令嬢となったクラリス。正式な養女とはいえ、先妻の娘である義姉のジュディットとは立場が違うことは理解していた。そのため、言われるがままにジュディットのわがままを叶えていたが、学園に入学するようになって本当にこれが正しいのか悩み始めていた。そして、その頃、双子である第一王子アレクシスと第二王子ラファエルの妃選びが始まる。どちらが王太子になるかは、その妃次第と言われていたが……

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

【完結・全10話】偽物の愛だったようですね。そうですか、婚約者様?婚約破棄ですね、勝手になさい。

BBやっこ
恋愛
アンネ、君と別れたい。そういっぱしに別れ話を持ち出した私の婚約者、7歳。 ひとつ年上の私が我慢することも多かった。それも、両親同士が仲良かったためで。 けして、この子が好きとかでは断じて無い。だって、この子バカな男になる気がする。その片鱗がもう出ている。なんでコレが婚約者なのか両親に問いただしたいことが何回あったか。 まあ、両親の友達の子だからで続いた関係が、やっと終わるらしい。

真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」 公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。 「お前のような真面目くさった女はいらない!」 ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。 リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。 夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。 心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。 禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。 望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。 仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。 しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。 これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

[電子書籍化]好きな人が幸せならそれでいいと、そう思っていました。

はるきりょう
恋愛
『 好きな人が幸せならそれでいいと、そう思っていました。』がシーモアさんで、電子書籍化することになりました!!!! 本編(公開のものを加筆・校正)→後日談(公開のものを加筆・校正)→最新話→シーモア特典SSの時系列です。本編+後日談は約2万字弱加筆してあります!電子書籍読んでいただければ幸いです!! ※分かりずらいので、アダム視点もこちらに移しました!アダム視点のみは非公開にさせてもらいます。 オリビアは自分にできる一番の笑顔をジェイムズに見せる。それは本当の気持ちだった。強がりと言われればそうかもしれないけれど。でもオリビアは心から思うのだ。 好きな人が幸せであることが一番幸せだと。 「……そう。…君はこれからどうするの?」 「お伝えし忘れておりました。私、婚約者候補となりましたの。皇太子殿下の」 大好きな婚約者の幸せを願い、身を引いたオリビアが皇太子殿下の婚約者候補となり、新たな恋をする話。

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。

なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。 追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。 優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。 誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、 リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。 全てを知り、死を考えた彼女であったが、 とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。 後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

処理中です...