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ベアトリス2
その5 自覚
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アルトゥールと婚約を解消してから数ヶ月、アルトゥールがジュリアと婚約を結んだと言うニュースが流れてきた。
前からその日がいつか来るだろうと覚悟していた。覚悟していたからかもしれない。思い描いていたよりもずっと、心は軽かった。
そしてそれと時を同じくして新たな噂が流れ始めた。ベアトリス王女は噂のように街で遊び歩いているのではなく、貧民たちを助けている、と。
それはベアトリスメソッドという教育法と共に瞬く間に貴族の間に浸透した。
ベアトリスは多くの人に事実を聞かれた。ベアトリスは戸惑いながらも真実をただ淡々と答える。
平民の間でもベアトリスの評判はうなぎのぼりらしい。
「何故、真実を教えてくれなかった?」
ある日、学園でアルトゥールに話しかけられた。
久しぶりに会ったアルトゥールは相変わらずキラキラしていたが、それだけだった。
「ベアトリスが真実を教えてくれなかったから父上にお叱りを受けたのだ」
ベアトリスはアルトゥールをじっと見つめた。アルトゥールはこんなに自分本位な青年だっただろうか。
「もう婚約者ではありませんので名を呼び捨てにするのはやめてください。」
ベアトリスは自分の口から出た言葉がかなり冷たく響いたことに気がついた。
「真実を教えていたら貴女は私と婚約を解消しなかったでしょう?」
「婚約を解消したかったなら、ベアトリス・・・様から解消してくだされば良かったのに。」
ベアトリスはフルフルと首を振った。
「私は幼い頃からずっとアルトゥール様をお慕いしておりました。私は少しでも貴方に興味を持って欲しかったのです。学園をサボって何をしているのか少しご自身で調べてくださるくらいの興味を持ってくださるのなら私は貴方の伴侶になりたかった。でも、アルトゥール様は噂のみを鵜呑みにして自らは何も動かれなかった。いくら愛していても全く相手が愛を返してくれなければ愛は枯れるものです。」
「そんな・・・」
アルトゥールは顔色が悪くなった。
「アルトゥール様の瑕疵とはならないよう、うまく立ち回っていたつもりだったのですけれど、このような結果になってしまい申し訳ありません。それでも、恋していらしたジュリア嬢と婚約できたのですからアルトゥール様はお幸せですわね。そう言えば、お祝いの言葉がまだでしたわね。アルトゥール様、婚約おめでとうございます。」
ベアトリスはアルトゥールににっこりと微笑むと場をあとにした。
アルトゥールは口の中で「知っていたのか・・・」と呟いた。
その日、ベアトリスは宮殿に帰ると武官の控室に急いだ。
武官の控室に居るホセと話がしたかった。
武官の控室はほとんどホセの執務スペースのようになっている。しかし、控室にはまだ誰もいなかった。ホセならアルトゥールと話をし、婚約についておめでとうと言えたことを褒めてくれるだろう。
婚約を解消した翌日もホセはベアトリスが泣き疲れるまで話を聞いてくれた。ベアトリスにとってホセは父や兄よりも身近な男性になっていた。
部屋は殺風景だが屏風という東方の簡易の壁がいくつか置かれていた。控室は元々大人数で使うことを目的としているので、着替えたりなど他人の目が気になる事をする時に使うらしかった。
しかし、武官の控室は今はほとんどホセしか使っていないので全ての屏風は部屋の隅に仕舞われている。
ベアトリスはふと、かくれんぼのように屏風の裏に隠れておいて、ホセが帰ってきたら驚かせてやろう、と思った。
屏風の裏でこっそりと待つ。
ドアの開く音がした。そして入ってくる足音。しかし、足音はホセだけのものではなかった。ベアトリスが出て行くタイミングを逃したまま何人かが控室に入ってきた。
「悪い話じゃないだろう?」
知らない誰かの声が言う。
「今、婿を求めている婚約者がいない家の中で最も爵位が高いのはローレンツォ侯爵の家だ。ローレンツォ侯爵家と縁を結ぶために外務部門に来ると言えば良い。」
他の知らない誰かが言う。
「でも、私は。」
これはホセの声だ。
「元々、君のように優秀な者が何故騎士隊に入ったのかと思っていたんだ。最も、君は騎士としても優秀なようだがね。」
「騎士になりたくてなったわけでもないんだろう?」
「それでも、楽しく仕事できておりますので。」
「外務部門ならもっと楽しく仕事ができるさ。」
「話はした。こんなに、良いポストが空くことはほとんどないんだ。そしてそのポストをスカウトすることもね。」
「受ける気があるなら返事は一週間以内に聞かせてもらえれば良い。」
「婚約の話も前向きに考えてくれると嬉しいよ。」
そうしてバタバタと足音が響く。再び男達は出て行ったようだ。
ホセが別の部署に行く・・・?ホセに婚約の話・・・?確かにホセは結婚しても良い年頃だろう。外務部門に行ってしまってはホセは自分の護衛が出来ないではないか。
アルトゥールには婚約おめでとうと平然と言えた。しかし、ホセが誰か他の女性と婚約した時に果たして自分は平然を装っていられるだろうか。
恐らく平気ではいられないだろう。しかし、ホセはただの護衛でしかない。しかも伯爵家の次男である。優秀ではあるらしいが優秀な者が自らの手柄で爵位をもらうとなると、戦争での功績という一発突破のない今の時代、早くて四十代だ。しかも、たいてい子爵位や男爵位でベアトリスが嫁ぐには爵位が低い。
自分がホセと結ばれる可能性など万に一つもなさそうだった。
前からその日がいつか来るだろうと覚悟していた。覚悟していたからかもしれない。思い描いていたよりもずっと、心は軽かった。
そしてそれと時を同じくして新たな噂が流れ始めた。ベアトリス王女は噂のように街で遊び歩いているのではなく、貧民たちを助けている、と。
それはベアトリスメソッドという教育法と共に瞬く間に貴族の間に浸透した。
ベアトリスは多くの人に事実を聞かれた。ベアトリスは戸惑いながらも真実をただ淡々と答える。
平民の間でもベアトリスの評判はうなぎのぼりらしい。
「何故、真実を教えてくれなかった?」
ある日、学園でアルトゥールに話しかけられた。
久しぶりに会ったアルトゥールは相変わらずキラキラしていたが、それだけだった。
「ベアトリスが真実を教えてくれなかったから父上にお叱りを受けたのだ」
ベアトリスはアルトゥールをじっと見つめた。アルトゥールはこんなに自分本位な青年だっただろうか。
「もう婚約者ではありませんので名を呼び捨てにするのはやめてください。」
ベアトリスは自分の口から出た言葉がかなり冷たく響いたことに気がついた。
「真実を教えていたら貴女は私と婚約を解消しなかったでしょう?」
「婚約を解消したかったなら、ベアトリス・・・様から解消してくだされば良かったのに。」
ベアトリスはフルフルと首を振った。
「私は幼い頃からずっとアルトゥール様をお慕いしておりました。私は少しでも貴方に興味を持って欲しかったのです。学園をサボって何をしているのか少しご自身で調べてくださるくらいの興味を持ってくださるのなら私は貴方の伴侶になりたかった。でも、アルトゥール様は噂のみを鵜呑みにして自らは何も動かれなかった。いくら愛していても全く相手が愛を返してくれなければ愛は枯れるものです。」
「そんな・・・」
アルトゥールは顔色が悪くなった。
「アルトゥール様の瑕疵とはならないよう、うまく立ち回っていたつもりだったのですけれど、このような結果になってしまい申し訳ありません。それでも、恋していらしたジュリア嬢と婚約できたのですからアルトゥール様はお幸せですわね。そう言えば、お祝いの言葉がまだでしたわね。アルトゥール様、婚約おめでとうございます。」
ベアトリスはアルトゥールににっこりと微笑むと場をあとにした。
アルトゥールは口の中で「知っていたのか・・・」と呟いた。
その日、ベアトリスは宮殿に帰ると武官の控室に急いだ。
武官の控室に居るホセと話がしたかった。
武官の控室はほとんどホセの執務スペースのようになっている。しかし、控室にはまだ誰もいなかった。ホセならアルトゥールと話をし、婚約についておめでとうと言えたことを褒めてくれるだろう。
婚約を解消した翌日もホセはベアトリスが泣き疲れるまで話を聞いてくれた。ベアトリスにとってホセは父や兄よりも身近な男性になっていた。
部屋は殺風景だが屏風という東方の簡易の壁がいくつか置かれていた。控室は元々大人数で使うことを目的としているので、着替えたりなど他人の目が気になる事をする時に使うらしかった。
しかし、武官の控室は今はほとんどホセしか使っていないので全ての屏風は部屋の隅に仕舞われている。
ベアトリスはふと、かくれんぼのように屏風の裏に隠れておいて、ホセが帰ってきたら驚かせてやろう、と思った。
屏風の裏でこっそりと待つ。
ドアの開く音がした。そして入ってくる足音。しかし、足音はホセだけのものではなかった。ベアトリスが出て行くタイミングを逃したまま何人かが控室に入ってきた。
「悪い話じゃないだろう?」
知らない誰かの声が言う。
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他の知らない誰かが言う。
「でも、私は。」
これはホセの声だ。
「元々、君のように優秀な者が何故騎士隊に入ったのかと思っていたんだ。最も、君は騎士としても優秀なようだがね。」
「騎士になりたくてなったわけでもないんだろう?」
「それでも、楽しく仕事できておりますので。」
「外務部門ならもっと楽しく仕事ができるさ。」
「話はした。こんなに、良いポストが空くことはほとんどないんだ。そしてそのポストをスカウトすることもね。」
「受ける気があるなら返事は一週間以内に聞かせてもらえれば良い。」
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そうしてバタバタと足音が響く。再び男達は出て行ったようだ。
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恐らく平気ではいられないだろう。しかし、ホセはただの護衛でしかない。しかも伯爵家の次男である。優秀ではあるらしいが優秀な者が自らの手柄で爵位をもらうとなると、戦争での功績という一発突破のない今の時代、早くて四十代だ。しかも、たいてい子爵位や男爵位でベアトリスが嫁ぐには爵位が低い。
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