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ベアトリス
その1 婚約者の恋
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ベアトリスとアルトゥールはよくある婚約関係だった。
王家の長女として産まれたベアトリスが公爵家の嫡男として産まれたアルトゥールと婚約したのはまだ一歳にもならない頃である。
アルトゥールは金髪の美少年へと成長し、ベアトリスは彼の元へ嫁げるのが嬉しくてたまらなかった。しかし、アルトゥールの気持ちがベアトリスと同じではないということに聡いベアトリスは早くから気付いていた。
恋はなくとも尊重し合い、良いパートナーになれれば・・・そう考えていたのは学園に入学するまでである。
同い年のアルトゥールとベアトリスは十五で共に学園の門を叩いた。
そして入学式の日、アルトゥールが転びそうになっている女子生徒を助け、その瞬間、彼の目がその女子生徒に釘付けになったのをベアトリスは見逃さなかった。
ジュリア・フェルナンデス子爵令嬢。
銀髪に蒼い目を持つ華奢な美少女だった。
入学してみると同じクラスで、彼女は心根も優しく話題も豊富、それに優秀だった。
ジュリアとアルトゥールは生徒会に選ばれ、共に過ごす時間が増えた。アルトゥールは上手く隠しているつもりだろうが彼の心に恋の炎が灯ったことにベアトリスは気付いた。きっと、ベアトリス以外はまだ気づいてはいない。
長年ずっと一緒にいたベアトリスだからふとした違いに気付いてしまうのである。
王家の者は公務があるため生徒会役員は免除されるシステムなのでベアトリスは生徒会役員にはなれない。
そもそも、王家の子弟が学園に通うこと自体珍しい事なのである。ベアトリスはこの国の貴族に降嫁することが決まっているので、特別に許してもらって学園に通っている。
生徒会室に向かうアルトゥールとジュリアの背中を見ながら、自分が望んだ学園生活はこんなものではなかった・・・とベアトリスは学園に来たことを後悔していた。
彼は自分の恋心を隠したまま、私と結婚するつもりなのかしら。きっと、そのつもりなのね。彼は公爵令息で自分は王女。常識あるアルトゥールとジュリアが一線を破り特別な関係になるとは思えなかった。しかし、なんの瑕疵もないベアトリス王女に好きな人が出来たから婚約解消してほしいなど、アルトゥールからは言えないのはわかりきったことだった。
入学して一ヶ月も経つ頃にはジュリアの目にも恋の炎が灯っているのをベアトリスは確認した。
お互い惹かれあいながらも、立場があるために友人の体で接している彼らをみるとベアトリスは居た堪れなかった。
二人が必死にお互いの心に蓋をするのは、ベアトリスの存在があるからである。ベアトリスは二人の様子を見ていられなくて、ある日とうとう学園をサボってしまった。
学園を抜け出すのは思いの外簡単だった。ベアトリスは一人で街を歩けることにドキドキしながらあちらこちらに行った。宮殿に居たら絶対に一人で街に行くことなどは出来ないだろう。
これまでベアトリスは決められたところにしか行ったことがない。だから、街の中には治安の悪い地域があることも悪意を持った人がいることも知らなかった。
朝から歩いてきて疲れたがベアトリスはお金も持っていない。学園に帰ろうにもどうやって行けばいいのかもわからなかった。
お腹も空いてきた。流石に街の人の暮らしに疎いベアトリスでも街中で何かを買うにはお金が必要だという知識くらいは持っていた。しかし、ベアトリスは当然お金など見たこともない。
パンの焼ける匂いに誘われてパン屋の前に来たとき、ベアトリスより少し年下の少年に手を掴まれた。
「こっち」
手を引っ張られて共に走らされる。
ベアトリスは訳もわからず少年に連れられて走った。到着したのは古びた小さな教会だった。
「何やってるんだよ?あんた、貴族だろう?お貴族さまはあんなとこに行っちゃいけない!」
「あんなところ?」
「あぁ、あの辺りは治安が悪い。あの辺りをウロウロしていて人攫いにあっても文句は言えないんだぜ」
「人攫い?」
「売られちまうんだよ」
そう言い捨てた少年は黒髪に緑の目をし、整った顔をしていた。見ると服も上等そうなものを着ている。
「あの、私、ベアトリスって言います。あなたは何者?このシャツ良いものだわ。」
「俺?俺はエビタシオ。うちは母さんが稼ぐからな。昔は高級娼婦ってやつだったんだけど、今はただの娼婦さ。」
「高級娼婦?」
「貴族の慰み者になる女性のことだよ。」
ベアトリスは慰み者の意味が良くわからなかったが
「そう。」
と答えた。
教会の裏手から子供が入ってきて「エビタシオ!」と叫んだ。
良く見ると教会の裏手の公園では多くの子供たちが遊んでいた。
「ここにいる奴らは娼婦の子供たちばかりさ。親は夜働くから昼間は放っておかれる。でも孤児でもないから孤児院にも入れなくて、みんな腹をすかせてるんだ。」
「エビタシオ、遊ぼう?お姉ちゃんも。」
「俺はこのお嬢さんを学園まで連れていかなきゃならないからな。」
「ちょっとなら私も遊んでみたいわ。」
ベアトリスがそう言うと後から入ってきた男の子に手を引かれて教会を出た。
「僕は、グスターボ。お姉ちゃんは?」
「グスターボ、いい名前ね。私はベアトリスよ。」
宮殿で育ったベアトリスは庶民の遊びをするのが初めてだった。鬼ごっこやかくれんぼといった遊びはとても楽しかった。
子供たちと少し遊んだ後、エビタシオに連れられて学園に帰った。学園と教会は思ったより近かった。
学園に戻るとまだ昼休みの時間だった。ベアトリスは何もなかったような顔をして五時間目の授業を受けると普段通り迎えの馬車に乗り宮殿に帰った。
ベアトリスの小さな冒険は上手く誰にも気付かれなかった。帰りの馬車の中でベアトリスは今日のことを思い出していた。子供たちと遊んでいる間、これまで心を悩ませていたアルトゥールの事を思い出さなかった事に気がついた。
これに気を良くしたベアトリスはこの後、しょっちゅう一人で街に降りては、子供たちと遊んだ。
王家の長女として産まれたベアトリスが公爵家の嫡男として産まれたアルトゥールと婚約したのはまだ一歳にもならない頃である。
アルトゥールは金髪の美少年へと成長し、ベアトリスは彼の元へ嫁げるのが嬉しくてたまらなかった。しかし、アルトゥールの気持ちがベアトリスと同じではないということに聡いベアトリスは早くから気付いていた。
恋はなくとも尊重し合い、良いパートナーになれれば・・・そう考えていたのは学園に入学するまでである。
同い年のアルトゥールとベアトリスは十五で共に学園の門を叩いた。
そして入学式の日、アルトゥールが転びそうになっている女子生徒を助け、その瞬間、彼の目がその女子生徒に釘付けになったのをベアトリスは見逃さなかった。
ジュリア・フェルナンデス子爵令嬢。
銀髪に蒼い目を持つ華奢な美少女だった。
入学してみると同じクラスで、彼女は心根も優しく話題も豊富、それに優秀だった。
ジュリアとアルトゥールは生徒会に選ばれ、共に過ごす時間が増えた。アルトゥールは上手く隠しているつもりだろうが彼の心に恋の炎が灯ったことにベアトリスは気付いた。きっと、ベアトリス以外はまだ気づいてはいない。
長年ずっと一緒にいたベアトリスだからふとした違いに気付いてしまうのである。
王家の者は公務があるため生徒会役員は免除されるシステムなのでベアトリスは生徒会役員にはなれない。
そもそも、王家の子弟が学園に通うこと自体珍しい事なのである。ベアトリスはこの国の貴族に降嫁することが決まっているので、特別に許してもらって学園に通っている。
生徒会室に向かうアルトゥールとジュリアの背中を見ながら、自分が望んだ学園生活はこんなものではなかった・・・とベアトリスは学園に来たことを後悔していた。
彼は自分の恋心を隠したまま、私と結婚するつもりなのかしら。きっと、そのつもりなのね。彼は公爵令息で自分は王女。常識あるアルトゥールとジュリアが一線を破り特別な関係になるとは思えなかった。しかし、なんの瑕疵もないベアトリス王女に好きな人が出来たから婚約解消してほしいなど、アルトゥールからは言えないのはわかりきったことだった。
入学して一ヶ月も経つ頃にはジュリアの目にも恋の炎が灯っているのをベアトリスは確認した。
お互い惹かれあいながらも、立場があるために友人の体で接している彼らをみるとベアトリスは居た堪れなかった。
二人が必死にお互いの心に蓋をするのは、ベアトリスの存在があるからである。ベアトリスは二人の様子を見ていられなくて、ある日とうとう学園をサボってしまった。
学園を抜け出すのは思いの外簡単だった。ベアトリスは一人で街を歩けることにドキドキしながらあちらこちらに行った。宮殿に居たら絶対に一人で街に行くことなどは出来ないだろう。
これまでベアトリスは決められたところにしか行ったことがない。だから、街の中には治安の悪い地域があることも悪意を持った人がいることも知らなかった。
朝から歩いてきて疲れたがベアトリスはお金も持っていない。学園に帰ろうにもどうやって行けばいいのかもわからなかった。
お腹も空いてきた。流石に街の人の暮らしに疎いベアトリスでも街中で何かを買うにはお金が必要だという知識くらいは持っていた。しかし、ベアトリスは当然お金など見たこともない。
パンの焼ける匂いに誘われてパン屋の前に来たとき、ベアトリスより少し年下の少年に手を掴まれた。
「こっち」
手を引っ張られて共に走らされる。
ベアトリスは訳もわからず少年に連れられて走った。到着したのは古びた小さな教会だった。
「何やってるんだよ?あんた、貴族だろう?お貴族さまはあんなとこに行っちゃいけない!」
「あんなところ?」
「あぁ、あの辺りは治安が悪い。あの辺りをウロウロしていて人攫いにあっても文句は言えないんだぜ」
「人攫い?」
「売られちまうんだよ」
そう言い捨てた少年は黒髪に緑の目をし、整った顔をしていた。見ると服も上等そうなものを着ている。
「あの、私、ベアトリスって言います。あなたは何者?このシャツ良いものだわ。」
「俺?俺はエビタシオ。うちは母さんが稼ぐからな。昔は高級娼婦ってやつだったんだけど、今はただの娼婦さ。」
「高級娼婦?」
「貴族の慰み者になる女性のことだよ。」
ベアトリスは慰み者の意味が良くわからなかったが
「そう。」
と答えた。
教会の裏手から子供が入ってきて「エビタシオ!」と叫んだ。
良く見ると教会の裏手の公園では多くの子供たちが遊んでいた。
「ここにいる奴らは娼婦の子供たちばかりさ。親は夜働くから昼間は放っておかれる。でも孤児でもないから孤児院にも入れなくて、みんな腹をすかせてるんだ。」
「エビタシオ、遊ぼう?お姉ちゃんも。」
「俺はこのお嬢さんを学園まで連れていかなきゃならないからな。」
「ちょっとなら私も遊んでみたいわ。」
ベアトリスがそう言うと後から入ってきた男の子に手を引かれて教会を出た。
「僕は、グスターボ。お姉ちゃんは?」
「グスターボ、いい名前ね。私はベアトリスよ。」
宮殿で育ったベアトリスは庶民の遊びをするのが初めてだった。鬼ごっこやかくれんぼといった遊びはとても楽しかった。
子供たちと少し遊んだ後、エビタシオに連れられて学園に帰った。学園と教会は思ったより近かった。
学園に戻るとまだ昼休みの時間だった。ベアトリスは何もなかったような顔をして五時間目の授業を受けると普段通り迎えの馬車に乗り宮殿に帰った。
ベアトリスの小さな冒険は上手く誰にも気付かれなかった。帰りの馬車の中でベアトリスは今日のことを思い出していた。子供たちと遊んでいる間、これまで心を悩ませていたアルトゥールの事を思い出さなかった事に気がついた。
これに気を良くしたベアトリスはこの後、しょっちゅう一人で街に降りては、子供たちと遊んだ。
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