上 下
12 / 15

後悔

しおりを挟む
「居ないってどういうことですか?」

コリンが久しぶりに領都の屋敷に戻るとそこに居るはずの人物が居なかった。

「ジェニファーさんは春に友人の結婚式があるから、それまでショウ家の屋敷で過ごすそうよ。」

「それを許したのですか?」

「え、えぇ。この時期は社交もないし、バネッサのこともあって落ち込んでいるから良い気分転換になるかと思って。」

「春までっていつですか?」

「さぁ、詳しい話は聞いていないのだけど」

のんびりとそう言う伯爵夫人に苛立ってコリンは頭を掻くと、「そうですか、失礼します」と言って扉を乱暴に開けて出て行った。

クイーンズロックでの対応がやっと終わり、久しぶりにジェニファーに会えると思って帰ってきたのにジェニファーが居なくてガッカリする。

コリンはもうだいぶ前からジェニファーに惹かれていた。今から考えれば彼女を見てイライラしてしまっていたのも彼女に惹かれていたからだ。

確かにコリンの初恋はバネッサだった。しかし、バネッサへの感情はいつしか薄れて行った。
きっかけは公爵家の舞踏会での態度かもしれない。ジェニファーがコリンのことを気遣ってくれるのに、バネッサはその事に全く気付きもしない。そういうところに失望したのだ。

コリンはバネッサが海に落ちた時には完全にジェニファーの事が好きだった。だから、ジェニファーよりも冷静に物事を判断できた。
まず、あの高さから落ちた場合、下が海だとは言え、打ちつける衝撃はかなりのものだろう。気を失うか下手をすればその時点で死という可能性もある。
しかもあの辺りは岩場になっていて、波に揉まれて岩にぶつかるとただではすまない。
その日のうちにみつかれば生きている可能性もあったかもしれない。見つからないまま2日目の夜を迎えた時点でコリンはある程度の覚悟をした。

バネッサの事件以来ジェニファーは相当参っているようだった。コリンは下心もあってとても優しく接するようになった。
それなのに出会ってばかりの頃に嫌味を散々言っていたからなのか、どれだけ優しくしてもジェニファーの心には響かなかった。

コリンは嫌味ばかりを言っていた過去をとても後悔した。嫌味を言っていた時にはジェニファーに惹かれていたのに。
なのにそれに気付かず、好きな子の気を引きたい子供みたいに嫌味を言っていたのだから自分は何と未熟だったのだろう。


コリンは次の秋にジェニファーが正式に未亡人になれば結婚を申し込もうと思っていた。
しかし、それでは遅かったのかもしれない。ジェニファーはいつまで経ってもコリンはバネッサを好きだと思っているし、ジェニファーを嫌っていると思っている。

コリンはジェニファーを誘って振る舞い酒のシードルを呑んだ。2人で一つの盃を交わすことはこの領地では特別な事で、これはプロポーズみたいなものである。
しかしジェニファーの領地ではこの風習はないのか全く通じなかった。

コリンは焦っていた。
このままでは他の誰かにジェニファーを取られてしまうのではないかと。しかし、彼女はまだアーロン・ミッドラッツェルの妻であり、コリンの気持ちを直接言うのは躊躇われた。

だからゆっくり進めていけば良いと思っていた。少なくともミッドラッツェルの領地では彼女と結婚できるような年頃の貴族の男性が訪ねて来ることはない。そう思って安心していた。

ジェニファーがショウ家の屋敷に行くなんて。
彼女には兄が2人いて、兄の友人が屋敷を訪ねる可能性はゼロではない。

彼女は魅力的だし、世の男性がコリンのように未亡人になってからちゃんとアプローチしようだなんて紳士なことを考えるとは限らない。

横からかっさわれるのは嫌だ。

しかし、コリンにショウ家を訪ねる理由はない。春になっても彼女が戻ってくるとは限らない。

戻ってきたとしてもうまくいくとは限らない。

彼女は嫌味ばかり言っていたコリンを嫌っているのではないか、と、そんな事ばかりを考えてしまう。

手紙を書こうかどうしようかと考えながら結局何もできないまま時ばかりが虚しく過ぎていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

フェルディナン・バダンテールは壊れた彼女の心を取り戻せるか

有川カナデ
恋愛
カロリーナ・ベランジェは完璧な公爵令嬢である。フェルディナンはそんなカロリーナに劣等感を抱いていた。「僕にキャロルは必要ない」――その言葉は、彼女の心からあるものを失くしてしまった。 いつものように諸々ご都合主義です。ご容赦ください。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

この恋、諦めます

ラプラス
恋愛
片想いの相手、イザラが学園一の美少女に告白されているところを目撃してしまったセレン。 もうおしまいだ…。と絶望するかたわら、色々と腹を括ってしまう気の早い猪突猛進ヒロインのおはなし。

白い結婚の契約ですね? 喜んで務めさせていただきます

アソビのココロ
恋愛
「ジニー、僕は君を愛そうとは思わない」 アッシュビー伯爵家の嫡男ユージンに嫁いだホルスト男爵家ジニーは、白い結婚を宣告された。ユージンには愛する平民の娘がいたから。要するにジニーは、二年間の契約でユージンの妻役を務めることを依頼されたのだ。 「慰謝料の名目で、最低これだけ払おう」 「大変結構な条件です。精一杯努力させていただきます」 そして二年が経過する。

旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり
恋愛
 ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。  けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。  バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】可愛くない女と婚約破棄を告げられた私は、国の守護神に溺愛されて今は幸せです

かのん
恋愛
「お前、可愛くないんだよ」そう婚約者から言われたエラは、人の大勢いる舞踏会にて婚約破棄を告げられる。そんな時、助けに入ってくれたのは、国の守護神と呼ばれるルイス・トーランドであった。  これは、可愛くないと呼ばれたエラが、溺愛される物語。  全12話 完結となります。毎日更新していきますので、お時間があれば読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...