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離別

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コリンのことが好きなのだと自覚してからジェニファーの心は忙しかった。

最近のコリンは優しくて、優しくされると舞い上がってしまうのだが、おそらくこれはジェニファーがバネッサのことで落ち込んでいるとコリンが思っているからだろう。

コリンはいくら嫌いな相手でも傷口に塩を塗り込むようなことはしない紳士な男である。

だから、きっとバネッサが海に落ちる前の態度が本来の態度なのだ、そう思うと、とてつもなく落ち込んでしまう。

以前、伯爵にはコリンの妻にと言われていたが、コリンはジェニファーを娶るつもりはないだろう。

その事を考えると胸が押しつぶされる。
ジェニファーは恋を自覚すると同時に失恋したのだ。

いずれコリンが別の女性と結婚するのだと思うと同じ屋敷で暮らしていく自信がなかった。

コリンの妻になる人も同じ屋敷に同い年の未亡人が居るなんて嫌だしやりにくいだろうと思う。

早めにこの屋敷からは出て行った方がいいのだろうと思うが最近のコリンの優しさを考えるとなかなか踏ん切りがつかなかった。

年が明けると街の人達は皆、教会に集まり祈りをささげる。
ジェニファーは伯爵、伯爵夫人と共に教会に行った。この地方の名産である羊毛を編み込んで作られた温かなケープを着せてもらった。独特の紋様が素敵で、ジェニファーはとても嬉しい気分になった。
鏡を見ると自分の黒い髪には似合わないような気がしてくるが、それよりもこの衣装を身につけることで領地の仲間になれた気がする。
コリンはひと足先に教会に行ったらしくジェニファーは教会でコリンを見かけた。コリンは黒地に金の刺繍の入った外套を着ていて同じような外套を身に纏った女性と話をしている。
同じような服装をした二人はとても似合いのように見えて胸が締め付けられた。
よく見ると女性は次の春に結婚を控えていると言う例の少女だった。

「俺なら葡萄酒は赤がいいかな」
「まぁ、コリン様も?パーシーもそう言うのよ。」
「だって料理は羊なんだろう?」

2人は他愛も無い話で盛り上がっているようだ。
バネッサの前でのコリンは少しいつも緊張しているようだったし、ジェニファーには嫌味な口調のことが多い。
だからこうやって普通に話しているコリンを見るのは初めてだった。
自分の知らないコリンの一面を見てジェニファーはさらに胸が重くなった。

しばらくコリン達を見ていたがこのまま見続けても心が重くなるだけだと思い、頑張ってコリンから目線を外した。

行き交う人の格好を見ているとジェニファー達が着ている編み込んで作られたケープを着ている人とコリンのようなタイプの外套を着ている人がいる。

外套もどうやら羊毛が使われているらしい。この地方の名産なのだろう。だから2人が揃いで外套を着てきたわけでは無い事はわかったし、そこに嫉妬する必要はないのだと頭ではわかっていた。
しかし、心の中では沸々と羨ましい思いが渦巻いていていて、その心を自分でとても醜く感じてしまった。

教会に入ると後ろの方の席に着きバネッサの無事を祈った。その後、自分の心に平穏が訪れ心清らかに過ごせますようにと祈った。

「ずいぶん熱心に祈るのだな」と言われて振り向くと、眉間に皺を寄せたコリンが居た。
コリンはジェニファーと目が合うと「新年おめでとう」と言った。
ジェニファーは嫌なら話しかけなければいいのにと思いながら「新年おめでとう」と返した。
コリンは自分に話しかけるのがそんなに嫌なのかと思うとまた落ち込んでしまう。

「そのケープ、とてもよく似合ってる。」
コリンはそう言って褒めてくれたがそれが本心では無いことくらい表情を見ていればわかる。
ケープは素敵だがこの地方の人はコリンやバネッサのように色素の薄い人が多い。隣国の血が入っていて髪も瞳も黒く、肌もすこし褐色のジェニファーはこの地の人のために作られたケープが似合っているようには思えなかった。

どうしても眉が寄ってしまう。
「コリンこそ、その外套、素敵よ。」
それは本心だったがなんとも嘘くさく聞こえた事だろう。

林檎酒シードルの振る舞いがあるんだが、一緒に行かないか」

「今日は疲れたしもう帰るわ。」
コリンに誘われたが、今日はこれ以上心を乱したくかなったジェニファーは誘いをすげなく断った。

「新年の祝いの酒なんだ。林檎はこの地方では・・・」

「ごめんなさい。他の方といらっしゃって。コリンはこの街にはお友達も多いみたいだし。」

コリンの話を遮ってジェニファーは歩き始めた。

本当は誘われてとても嬉しかった。でもコリンの態度でこれ以上傷つきたくないのだ。
他の女性と話しているところを見て嫉妬の気持ちを抱くこともしたくない。
この恋に気付いてから自分がこんなにも醜い生き物なのだと知った。今から思うとアーロンバネッサへの恋でこんなに醜い思いを抱くことも落ち込むこともなかった。あれは子供の遊びみたいなものだった。


「待って。すぐそこで、一口でいいから。」
コリンがジェニファーの手を握ってジェニファーの動きを止めた。

そして手を引っ張ると振舞酒のテントまで連れて行かれた。

繋いだコリンの手が大きくてバネッサとは全然違うなと思う。

「林檎は長寿の象徴で、この酒を一緒に飲むと来年の年越しも共に健康に過ごせると言われているんだ。」

コリンがそう言って盃の酒を一口飲む。
そして、その盃をジェニファーに渡した。
盃の中には一口分の林檎酒が残っていた。
コリンの顔は少し赤みが刺し何とも色っぽい。
コリンが真っ直ぐジェニファーを見つめていてドキリとしてしまう。

ジェニファーは目線を盃に移すと、ごくりと林檎酒を煽った。
舌の上を滑って行った林檎酒は少し酸っぱくて、口の奥の方からジワリと唾が口の中に広がった。

コリンは盃を空にしたジェニファーを見てニコッと笑った。ジェニファーの頬が赤くなったのは酒のせいだけではなかった。


ジェニファーはこのままではまずいと思った。コリンと一緒にいると心がそわそわしてとても疲れてしまう。

そんな時、領地第二の都市クイーンズロックで害虫騒ぎがあった。クイーンズロック周辺では冬の農閑期に木工細工を作っている。
ちょっとした小物入れや宝石を仕舞う箱を作るのだが、それらは王都でも重用されていて農民達にとっても良い小遣い稼ぎになるのだ。
その木工を作る木に害虫が発生したらしい。


対応のため伯爵とコリンはすぐさまクイーンズロックに向かった。
伯爵家ではクイーンズロックにも屋敷を持っている。おそらく冬の間は領都の屋敷には戻ってこれないだろうと言うことだった。

ジェニファーはコリンと距離を置く絶好の機会だと思った。
どうせ距離を置くなら実家に帰ればいいのでは無いだろうか。

「春に友人の結婚式がありますの。それまでショウ家の屋敷で過ごしてもいいでしょうか」

伯爵夫人にそう言うと伯爵夫人は二つ返事で許可してくれた。
父や兄にも手紙で許可を取った。
冬のために手紙の配達は遅れたが、それでも一ヶ月後には許可をもらうことができ、ジェニファーは春までショウ家の屋敷で過ごすことになった。



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