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始業式の日、エリカはマリエにリュウと別れたことを報告し、マリエの胸で思いっきり泣いた。

「リュウと別れたことは残念だと思うんだ。不謹慎だと思うんだけど、わたし、こうやってエリカに報告してもらえてすごく嬉しい」

とマリエは言った。
確かに昔は友達とは言っても壁があったように思う。それはエリカが無駄にマリエとの境遇というか立場を意識していたからかもしれないし、マリエが恋バナを避けていたからかもしれない。

二人の間にあった壁がここ半年でほとんどなくなっていた。

「その割にはマリエはナカガワとのことあんまり言ってくれなかったけどー」
と言うとマリエは罰の悪そうな顔をして言った。
「今だから言えるけどわたし、エリカに嫉妬してたんだ」
「嫉妬?」

マリエは恵まれていてエリカはそんなマリエが嫉妬するなんて思っていなかった。

「エリカは頭もいいし彼氏ともうまく行ってて、アルバイトもして自立してるし羨ましくて、そんなエリカからしたらしょうもない悩みかなって」

そう言ってマリエは俯いた。
エリカはマリエの手をガシッと握った。

「そんな事ないよ。最近は成績も下がってるし彼氏とは別れたし、わたしはアルバイトしなくても良いマリエが羨ましいよ!マリエも嫉妬したりするんだね」
「当たり前だよ」
「わたし、マリエはそういうの無縁なのかと思ってた。実を言うとわたしね、ずっとマリエに嫉妬してた。うちはお金ないからご飯もまともに食べれなくて肌も髪も荒れ放題なのにマリエはいつもツヤツヤしててかわいいし。それなのにわたしなんかに優しくて友達でいてくれるし、人のことを羨んだこととかないんだろうな、他の人と自分との違いに落ち込んだり腹黒いことを考えて自分を嫌いになったりすることもないんだろうなって」

そこまで言うと、マリエが逆に手を握り返してきた。

「そんなわけないじゃない。私だって普通の17歳の女の子だよ。自分より成績がいい子を見たらうらやましいと思うし、エリカみたいに自立してる子にすごく憧れるよ。私は八方美人だから嫌いな子にも媚びて心にもないこと言って、そんな自分ってどうなんだろうって落ち込むこともあるしさ」
「そうなの?」
「そうだよ。それにね、多分、エリカの方が何千倍も純粋だよ」
「そうかな?」
「そうだよ。だって私の行動全て純粋なものだって思ってたんでしょ?そんな訳ない。私かなり打算的だし」
「知ってるよ。でもそれって自分に正直だからでしょう?わたしね、マリエとナカガワはそういう意味ですごくお似合いだなって思ってたんだ。2人とも自分に嘘を付かずに生きてて羨ましいなって思ってたから」
「逆にだからうまくいかなかったのかも」

そう言ったマリエはどこか吹っ切れた顔をしていた。私は勝手に心の中でマリエを神格化していたのかもしれない。




次の日の放課後、学校の自転車置き場でナカガワが話しかけて来た。

「リュウとのことで話があるんだけど週末会えないかな?」

話しかけて来たナカガワはどこかいつもと様子が違った。いつもの自信に満ちた雰囲気が無いように見えた。リュウの事で何を話すことがあるのだろうか。

「リュウとのこと?わたしもうリュウとは別れたよ?」

「そういうことじゃないさ」

「何のこと?」

「うちの親が未成年の2人が同棲のように暮していたことについて、ちょっと」

「うちの親ってナカガワのお母さん?リュウのお父さんじゃなくて?だって離婚してリュウとお母さんは関係ないでしょ?」

「うちだとそういう訳にはいかないんだよ。それで話し合いがしたい」

「やだよ。こっちに話すことなんてないよ。なんか悪い予感がする」

「お願いだよ」

そう言ったナカガワは中間管理職のくたびれたお父さんみたいでひどく疲れていた。

「あんた、なんか疲れてるよ。ちゃんと寝てるの?食べてるの?」

「クロサワには関係ないだろ」

「話し合いってナカガワの意思?」

「・・・」
ナカガワは俯いて何も言わなかった。

「なるほど。ナカガワ家の誰かにアバズレを連れて来いって言われた訳だ。
その話し合いってさ、ナカガワの目から見てもわたしに必要だと思う?」

「・・・・・・」

ナカガワは何も言わずにしゃがみ込んだ。
何かと葛藤しているようだった。うつむいていて顔は見えないがひどく辛そうだった。もしかすると泣いているのかもしれない。

わたしは携帯を取り出してアルバイト先に電話をかけた。

「もしもし、お疲れ様です。クロサワです。今日体調が悪くてちょっとバイト休んでも大丈夫ですか?本当ですか?ありがとうございます。えぇ、明日までには必ず治しますから。失礼しました。」

「バイト休むのか?」

電話が終わるとナカガワが話しかけて来た。

「あんたをこんなふうに置いていけないでしょ」

「んだよ。優しくするなよ」

泣いたり怒ったり忙しい人だ。

「じゃあ私の前で泣かないでよ。あの夏の日、泣いてた私に優しくしてくれて嬉しかった。お礼がしたいだけだよ。話聞くよ?カラオケでも行こうか?」

「じゃあ、僕の家に来てよ」

そう言ったナカガワの顔は疲れていたが、瞳だけがギラギラと光っていた。内心怯んだが、ここで拒絶してはいけないような気がした。

「良いよ。ナカガワの家に行くよ。ナカガワの家JR駅前のタワマンだよね?バスをチャリで追いかけるで良い?」

「いや、一緒に帰ろう」

そう言ってナカガワが自転車を奪い取った。
しばらく歩いて高校の敷地を出た後、ナカガワが自転車にまたがって言った。

「僕が運転するからクロサワは後ろに乗って」

「えっ?でも」

「いいから。早く」

「腰に手を回して。よし行くぞ」

そう言ってナカガワはペダルを回し始めた。

ナカガワの背中はとても広かった。
ナカガワが結構早く自転車を漕ぐものだから腰に回した手に力が入った。
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