上 下
17 / 23

17.

しおりを挟む
「・・・どういうことですか?」

「僕が知ってるのはサンダース・オースティンが何者か?ということさ。どこの馬の骨ともわからない男を大切な長男の家庭教師にすると思うかね?」

「まさか!ずっとご存知だったんですか?」

「あぁ、きっと君よりずっとね。そして、君がシープシャーの屋敷から出て行った時のあの手紙は僕が持っている」

「どういうことですか?」

「元々は妻が持っていたんだよ。はじめに見つけたのはメイドだった。妻はね、サミュエルにバレたくなかったんだよ。君にサミュエルと別れるよう忠告したことを。だから手紙を取り上げた。浅はかなことだよ。でもそのおかげで僕はある情報を手に入れた。そう、あの手紙では重大な告白がされている。妻はその重要性には気付いていないがね。君は戸籍上のお兄さんの子供だろう?君との年齢差はたった14歳。これだけでも十分スキャンダラスだ。それにサマンサは彼の愛しい人の名前だろう?きっと君の母親の名前だろうね。僕はこの事実が何を示すかわからないほど馬鹿ではないからね。セバスティアーノ=ストウ家にとったらとんだ醜聞だろうねぇ」

「脅そうっていうんですか?」

「サミュエルは君の重要性に気付いていないんだ。このままでは君を手放すだろう?でもそれではハロー商会の売り上げはどうなる?舞踏会で君が着た服や身につけた宝石がよく売れるという報告は受けているよ。君はそれを利用してある程度の流行操作まで行なっている。君はね、もうただ単にハロー商会の奥方というだけではなく、ハロー商会の顔になっているんだよ。その影響力はサミュエルよりも大きいくらいだ。それにサミュエルの君への仕打ちが世の中にバレると印象が悪くなる。今、君にハロー商会を去られると困るんだ」

最後は脅すというより本当に困っているという風だった。

「私はずっとサミュエル様のことをおしたいしてきました。あのシープシャーで過ごした幼い頃からずっと。はじめの結婚の時にも彼を忘れられなかったくらい。でも前の旦那のジェレミーがそれでも良いからと言ってくれて、それで結婚したんです。それがいろいろとあって幸運にも彼と結婚できて、この2年半とても幸せでした。だからこそ、他の誰かを思っている彼の隣にいるのが辛いんです」

「サミュエルが思っているのは君じゃないか。あの女が君の身代わりだってことは誰の目からも明らかだ」

「いえ、サミュエル様が好きなのはサマンサだった頃の私です。私はもう金髪でもなければそばかすの肌でもなくなってしまいました。それにきっと貴族の娘として過ごしているうちに自分では気付かない中身も変わってしまったことでしょう」

スーザンはじっと大旦那様をみた。

「それに、サミュエル様も変わってしまわれましたわ。わたくし、ここに来てずっと考えていましたの。私はシープシャーで過ごした幼い頃のサミュエル様に囚われ過ぎているのではないかと。16歳のデビュタントで再開してからの彼を本当に好きだろうかと。一方的な思い込みだけで私を避け続けてまともな会話もしたことのない男性を本当に好きなのかしらと」

「君たちの結婚はそんなものだったのかい?」

「ええ、はじめに言われましたわ。これは白い結婚なんだ、サミュエル様に他に好きな方が出来たらそのときはおとなしく離縁しろと」

「なんと・・・」

「それでも愚かだったわたしはサミュエル様のことをまだ好きでしたし、結婚して過ごしているうちにわたしのことを好きになる、とまではいかなくとも、それなりの関係は築けるのではないかと考えていたのです。だからいつかサミュエル様が気付いてくれるのではないかと家のことも社交もミスターゲーブルから持ち込まれる相談事もいつも精一杯やっていましたわ。でも、サミュエル様には一切届いていなかったようです。そして今回の仕打ちでしょう?私はもうサミュエル様から解放されたいのです」

「その事実をもっと早くに僕に知らせてくれていれば違ったものを・・・なぜ自分がサマンサだと告白しなかった?」

「私は16歳でサミュエル様に再開しました。名乗ろうとしたのですが会話の流れでうまく告白できなくて、その場にはジェレミーもいましたし、当時の私は既にジェレミーと婚約していました。それに一言二言交わしただけで嫌われてしまいました。ほんの短い間話しただけで特に理由もわからず嫌われたんです。ですから、過去のことに気付いていてその上で私のことを嫌いなんだとずっと思っていたんです。私がシープシャーから旅立った時に彼と仲違いしていたのはご存知でしょう?」

「そうか・・・」

そう言うと大旦那様はソファの背もたれにもたれ掛かり天を見上げた。

「君の気持ちはよく分かった。でも、今、君に去られると本当に我が商会は立ち行かなくなる。このキースの開発が大赤字なのは君も知っているだろう?それでもなんとかやって行けているのは他の部門の売り上げが順調だからだ。君がいなくなるとどうなるかな?少なくとも婦人服や宝石部門の売り上げはガタ落ちだろうね。君がこれまでにアドバイスしていた部分がなくなると赤字に転落する部門も出てくるだろう。そうすると、我が家だけではなく従業員や仕入れ先の人達も困ったことになる。そうなればセバスティアーノ=ストウ家も困ったことになるんじゃないかな?」

「やはり脅そうというのですね」

「そういう訳じゃないさ。でもちょっと考えて欲しい」

「私は既にサミュエル様に離縁したいと申し入れました。そしてサミュエル様は考えさせて欲しいと仰った。大旦那様が先にこちらにいらしたということは、サミュエル様の決断が大旦那様にとって都合が悪いものになりそうだとお感じになったからでは?もしサミュエル様も私と離れることを望んだ時、考え直してくれ、やっぱりやり直したいなどと言えると思いますか?」

「それでも言ってもらわなくては困るのだよ」

「本当にひどい親子ですこと。サミュエル様が私のこれまでの頑張りを認めてくださり私を望んでくださるなら考えます」

スーザンのこころはもうこれ以上ないくらいズタズタだった。感極まってポロリと涙が流れた。

一度流れた涙は次々に溢れ出しスーザンには止めることが出来なかった。

「スーザン、君は素晴らしい女性だよ。サミュエルが変な色眼鏡をつけずにそのままの眼で君を見たらきっと惚れなおすと断言できる。僕がなんとかしてみよう」

そう言って大旦那様はリビングから出て行った。

残されたスーザンは涙が枯れるまでその場で泣きはらした。

大旦那様はそのまま別荘を後にしたらしい。感謝祭をシープシャーで過ごすためにとんぼ返りしたのだろう。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様はとても一途です。

りつ
恋愛
 私ではなくて、他のご令嬢にね。 ※「小説家になろう」にも掲載しています

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

諦めて、もがき続ける。

りつ
恋愛
 婚約者であったアルフォンスが自分ではない他の女性と浮気して、子どもまでできたと知ったユーディットは途方に暮れる。好きな人と結ばれことは叶わず、彼女は二十年上のブラウワー伯爵のもとへと嫁ぐことが決まった。伯爵の思うがままにされ、心をすり減らしていくユーディット。それでも彼女は、ある言葉を胸に、毎日を生きていた。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

裏切り者

詩織
恋愛
付き合って3年の目の彼に裏切り者扱い。全く理由がわからない。 それでも話はどんどんと進み、私はここから逃げるしかなかった。

「好き」の距離

饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。 伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。 以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。

ボロボロに傷ついた令嬢は初恋の彼の心に刻まれた

ミカン♬
恋愛
10歳の時に初恋のセルリアン王子を暗殺者から庇って傷ついたアリシアは、王家が責任を持ってセルリアンの婚約者とする約束であったが、幼馴染を溺愛するセルリアンは承知しなかった。 やがて婚約の話は消えてアリシアに残ったのは傷物令嬢という不名誉な二つ名だけだった。 ボロボロに傷ついていくアリシアを同情しつつ何も出来ないセルリアンは冷酷王子とよばれ、幼馴染のナターシャと婚約を果たすが互いに憂いを隠せないのであった。 一方、王家の陰謀に気づいたアリシアは密かに復讐を決心したのだった。 2024.01.05 あけおめです!後日談を追加しました。ヒマつぶしに読んで頂けると嬉しいです。 フワっと設定です。他サイトにも投稿中です。

恋人に捨てられた私のそれから

能登原あめ
恋愛
* R15、シリアスです。センシティブな内容を含みますのでタグにご注意下さい。  伯爵令嬢のカトリオーナは、恋人ジョン・ジョーに子どもを授かったことを伝えた。  婚約はしていなかったけど、もうすぐ女学校も卒業。  恋人は年上で貿易会社の社長をしていて、このまま結婚するものだと思っていたから。 「俺の子のはずはない」  恋人はとても冷たい眼差しを向けてくる。 「ジョン・ジョー、信じて。あなたの子なの」  だけどカトリオーナは捨てられた――。 * およそ8話程度 * Canva様で作成した表紙を使用しております。 * コメント欄のネタバレ配慮してませんので、お気をつけください。 * 別名義で投稿したお話の加筆修正版です。

処理中です...