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次の日、朝食を食べている時に兄が言った。
朝食は部屋で2人で食べるのが習慣だった。
「サマンサ、もし君が望むなら今日のサミュエルの午前の勉強は少し早く終わるから学習室に来るといい」
「本当ですか?お兄様!」
「協力してあげるよ。妹の恋路を邪魔するほど俺は野暮じゃないからね」
そう言った兄の顔はどこか苦しそうだった。私はこれまで育てた妹が誰かに取られるようで苦しいのだろうとそう思った。
その日の昼前に学習室に行ってみるとまだ兄とサミュエルの勉強は続いていた。何やら文章の添削を受けているようだった。
ドアから顔を出したサマンサにサンダースが気付くと「今日はこの辺で終わりにしようか」と言った。
「でも先生まだ時間が」
とサミュエルが言った時、サンダースの目線が後ろに向いている事に気付いたらしい。
サミュエルが後ろを振り向きサマンサを見つけると「サマンサ!」と言って飛び上がった。
「我が妹が何やら話があるらしい。だから今日はこの辺でおしまいにしよう。鍛錬には遅れないように」
兄はそう言うと学習室から出て行った。
学習室は突き当たりの窓に向かって机が置いてあり、その向こうには鈴懸の木が立っていた。
「サマンサ、話って」
「ええ、一昨日サミュエルに言われて考えたのだけれど」
「ちょっと待って。ちょっとだけ。まだ心の準備が出来てない」
そう言ってサミュエルは窓の外の鈴懸の木をじっと見つめた。
私はサミュエルがどんな顔をしているのか見たくて回り込んで顔を見つめた。
サミュエルは少し頬を赤らめて真剣な眼差しで鈴懸の木を睨んでいた。
私が回り込んだ事に気がつくと2人は目があった。そしてニコッと笑って
「私もサミュエルが好き」
と呟いた。
私たちは見つめ合いどちらともなくキスをした。
その日からたまにこうやって2人で過ごす事になった。
それまでは外で遊ぶことが多くお互いのことをあまり話すことはなかった。2人でいろんなことを語り合った。
例えば好きなもののこと。
サミュエルの好きなものはコーヒー味のタフィー、鶏の香草焼き、本の海賊シリーズ、チェス、キンモクセイの香り、湖に沈む瞬間の夕日を見る事、汽車や汽船の模型だった。
そしてサミュエルは私のそばかすを愛おしそうに撫でるのが好きだった。
「わたしはこのそばかす嫌いだわ」
「俺は好きだ。このそばかすを見てるとサマンサの頭が良い事や元気で明るいこと、人柄が良いことなんかが伝わってくる。すごくチャーミングだ」
私が好きなものはチョコチップクッキー、魚のムニエル、キラキラひかる金糸の刺繍糸、蝶のモチーフ、兄からもらったクマのぬいぐるみ、雨上がりの草のむせかえるような臭い、冬の朝の肌を指すような寒さなどだった。
「寒いのが好きなんて変わってるな」
「そうかしら。あのピリッとした空気がとても心地よいわ」
サミュエルはその時どきに起こる政治や経済の話をするのも好きだった。
「ゾナーの港から王都まで新しく鉄道が開通したんだ。これからは他国との交易がますます盛んになるよ。ハロー商会も時流にうまく乗れないとダメだ」
「カサンドラ政権はもって一年だろう、民衆が力を持ち始めている今、あんな保守的な政策では民意は得られない。貴族だけを向いて政治をしていれば良い時代はもう古いよ」
サミュエルの考えは11歳の少年にしては的を射たものだった。女性に政治の話などと思っている男性も多い中でサミュエルはこれらの話題で対等に話せるようになってほしいと思っているようだった。
「海賊ごっこをしているときから思ってたんだけどサマンサはすぐに俺の思考についてこれてただろ?きっと考え方も思考のペースも似てるんだよ。だからきっとサマンサと政治談議が出来ると楽しいよ。新聞に毎日目を通しなよ」
サミュエルと話をするようになって私の毎日はかなり変化した。
もちろんこれまで通り淑女としてチェンバロの練習や刺繍を嗜むことも忘れてはいなかったが、毎日新聞に目を通し、暇な時間に政治や経済の本を読むようになった。
そして、自分で考えるようになって自分は何者なのだろうかと思うようになった。
兄は少なくとも家庭教師ができるだけの知性がある。妹の私から見ても博学でどこかで高等教育を受けたことは一目瞭然だった。
高等教育を受けるのは貴族かどこかの領主の子供、そして平民でもハロー家のように財のある家の子供だけだ。
家庭教師を生業にするのは家督を継げない貴族の次男や三男などが多かった。一方で成人していない妹の面倒を見るのは家長である父親か、父親が居ない場合は家督を相続した長兄の役割で、家庭教師をしている兄が妹の面倒を見るというのは一般的ではないように思えた。
兄に両親のことについて聞いてみたいと思ったが以前の恋の話をして以来、サンダースは塞ぎ込むことが多く話すタイミングがなかなか掴めなかった。
そんな折、サミュエルがこんな事を聞いてきた。
「サマンサ、先生とは本当に兄妹なんだよね?」
「そうだと思うけど」
「不安なんだ。たまに先生はサマンサのことをとても情熱的な目で見ていて、本当に兄妹なのかなって。もしかして先生はサマンサのこと・・・」
「バカなこと言わないで。サミュエルとの時間を作ってくれてるのは他ならぬお兄様じゃない」
サンダースがうまく立ち回ってくれているお陰で2人の関係は他の家族はおろか、メイド達にもバレていなかった。
そのような関係が数ヶ月続き、翌年の1月にサミュエルは12歳になった。サマンサはサミュエルが好きな海賊船、汽車、汽船を刺繍した3枚のハンカチと色々な味のタフィーをプレゼントした。
「すごい!すごく精巧にできてる。売り物みたいだ。あぁ、これなんて俺の好きなトンプソン汽船だってすぐにわかるよ。一生大事にする」
そう言って喜んでくれた。しかし12歳になるとサミュエルは益々忙しくなった。
朝食は部屋で2人で食べるのが習慣だった。
「サマンサ、もし君が望むなら今日のサミュエルの午前の勉強は少し早く終わるから学習室に来るといい」
「本当ですか?お兄様!」
「協力してあげるよ。妹の恋路を邪魔するほど俺は野暮じゃないからね」
そう言った兄の顔はどこか苦しそうだった。私はこれまで育てた妹が誰かに取られるようで苦しいのだろうとそう思った。
その日の昼前に学習室に行ってみるとまだ兄とサミュエルの勉強は続いていた。何やら文章の添削を受けているようだった。
ドアから顔を出したサマンサにサンダースが気付くと「今日はこの辺で終わりにしようか」と言った。
「でも先生まだ時間が」
とサミュエルが言った時、サンダースの目線が後ろに向いている事に気付いたらしい。
サミュエルが後ろを振り向きサマンサを見つけると「サマンサ!」と言って飛び上がった。
「我が妹が何やら話があるらしい。だから今日はこの辺でおしまいにしよう。鍛錬には遅れないように」
兄はそう言うと学習室から出て行った。
学習室は突き当たりの窓に向かって机が置いてあり、その向こうには鈴懸の木が立っていた。
「サマンサ、話って」
「ええ、一昨日サミュエルに言われて考えたのだけれど」
「ちょっと待って。ちょっとだけ。まだ心の準備が出来てない」
そう言ってサミュエルは窓の外の鈴懸の木をじっと見つめた。
私はサミュエルがどんな顔をしているのか見たくて回り込んで顔を見つめた。
サミュエルは少し頬を赤らめて真剣な眼差しで鈴懸の木を睨んでいた。
私が回り込んだ事に気がつくと2人は目があった。そしてニコッと笑って
「私もサミュエルが好き」
と呟いた。
私たちは見つめ合いどちらともなくキスをした。
その日からたまにこうやって2人で過ごす事になった。
それまでは外で遊ぶことが多くお互いのことをあまり話すことはなかった。2人でいろんなことを語り合った。
例えば好きなもののこと。
サミュエルの好きなものはコーヒー味のタフィー、鶏の香草焼き、本の海賊シリーズ、チェス、キンモクセイの香り、湖に沈む瞬間の夕日を見る事、汽車や汽船の模型だった。
そしてサミュエルは私のそばかすを愛おしそうに撫でるのが好きだった。
「わたしはこのそばかす嫌いだわ」
「俺は好きだ。このそばかすを見てるとサマンサの頭が良い事や元気で明るいこと、人柄が良いことなんかが伝わってくる。すごくチャーミングだ」
私が好きなものはチョコチップクッキー、魚のムニエル、キラキラひかる金糸の刺繍糸、蝶のモチーフ、兄からもらったクマのぬいぐるみ、雨上がりの草のむせかえるような臭い、冬の朝の肌を指すような寒さなどだった。
「寒いのが好きなんて変わってるな」
「そうかしら。あのピリッとした空気がとても心地よいわ」
サミュエルはその時どきに起こる政治や経済の話をするのも好きだった。
「ゾナーの港から王都まで新しく鉄道が開通したんだ。これからは他国との交易がますます盛んになるよ。ハロー商会も時流にうまく乗れないとダメだ」
「カサンドラ政権はもって一年だろう、民衆が力を持ち始めている今、あんな保守的な政策では民意は得られない。貴族だけを向いて政治をしていれば良い時代はもう古いよ」
サミュエルの考えは11歳の少年にしては的を射たものだった。女性に政治の話などと思っている男性も多い中でサミュエルはこれらの話題で対等に話せるようになってほしいと思っているようだった。
「海賊ごっこをしているときから思ってたんだけどサマンサはすぐに俺の思考についてこれてただろ?きっと考え方も思考のペースも似てるんだよ。だからきっとサマンサと政治談議が出来ると楽しいよ。新聞に毎日目を通しなよ」
サミュエルと話をするようになって私の毎日はかなり変化した。
もちろんこれまで通り淑女としてチェンバロの練習や刺繍を嗜むことも忘れてはいなかったが、毎日新聞に目を通し、暇な時間に政治や経済の本を読むようになった。
そして、自分で考えるようになって自分は何者なのだろうかと思うようになった。
兄は少なくとも家庭教師ができるだけの知性がある。妹の私から見ても博学でどこかで高等教育を受けたことは一目瞭然だった。
高等教育を受けるのは貴族かどこかの領主の子供、そして平民でもハロー家のように財のある家の子供だけだ。
家庭教師を生業にするのは家督を継げない貴族の次男や三男などが多かった。一方で成人していない妹の面倒を見るのは家長である父親か、父親が居ない場合は家督を相続した長兄の役割で、家庭教師をしている兄が妹の面倒を見るというのは一般的ではないように思えた。
兄に両親のことについて聞いてみたいと思ったが以前の恋の話をして以来、サンダースは塞ぎ込むことが多く話すタイミングがなかなか掴めなかった。
そんな折、サミュエルがこんな事を聞いてきた。
「サマンサ、先生とは本当に兄妹なんだよね?」
「そうだと思うけど」
「不安なんだ。たまに先生はサマンサのことをとても情熱的な目で見ていて、本当に兄妹なのかなって。もしかして先生はサマンサのこと・・・」
「バカなこと言わないで。サミュエルとの時間を作ってくれてるのは他ならぬお兄様じゃない」
サンダースがうまく立ち回ってくれているお陰で2人の関係は他の家族はおろか、メイド達にもバレていなかった。
そのような関係が数ヶ月続き、翌年の1月にサミュエルは12歳になった。サマンサはサミュエルが好きな海賊船、汽車、汽船を刺繍した3枚のハンカチと色々な味のタフィーをプレゼントした。
「すごい!すごく精巧にできてる。売り物みたいだ。あぁ、これなんて俺の好きなトンプソン汽船だってすぐにわかるよ。一生大事にする」
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