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騙し討ち
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「これはどういうことかな?」
シェーンシュトーン公爵マリウスが呼ばれたのは王宮テラスのサロンだった。
そこで紳士クラブの集まりがあると聞いてやってきたのだ。
「父上、ルドヴィカの話を聞いてあげてください。」
そう言ったのはこの場で紳士クラブの集まりがあると言った息子のカールである。
カールがマリウスの背中を押して椅子に座らせた。
紳士クラブの集まりのつもりで来たサロンに娘のルドヴィカが居た。その隣に立つのは彼女の恋人のオリバーとかいう青年なのだろう。
サロンは貸切のようで他の客はいない。
ここでは秘密の話もするため使用人たちはよく訓練されていて情報を漏らすことはない。
マリウスは娘ルドヴィカとその恋人・オリバーの関係に反対をしていた。ルドヴィカからオリバーにあってほしいと何度か頼まれたが今まで断ってきた。
「こんな姑息な手に出るとはな。」
そういうとマリウスは大袈裟にため息をついた。
「しかし、こうでもしなければオリバーに会ってくださらないではないですか」
「当たり前だ!タチアナの息子になどお前はやらん。」
マリウスがそう叫んだ時、後ろから女性にしては少し低めの声が響いた。
「あら、どうしてですの?」
そうやってテラスに入ってきたのはオリバーの母、タチアナ・シュバルツ伯爵夫人だった。オリーブ色の落ち着いたドレスを着た上品な夫人だった。
切長の瞳をマリウスに向けているが、その瞳には何の感情も乗っていない。ともすれば見下されているようにも感じる。
「タチアナ!」
マリウスが驚いて叫ぶ。
その声を聞いてタチアナは眉を顰めた。
「もうお互い伴侶もいる良い歳の貴族なのですからシュバルツ伯爵夫人とお呼びください。」
取り乱すマリウスに比べタチアナは冷静だった。
「息子や娘を拐かしたのはお前か!?」
「何のことでしょうか?」
タチアナは片眉を吊り上げてマリウスを見下ろした。
「お父様!お父様を騙して連れてきてもらったのは私よ。」
ルドヴィカが叫んだ。
「そして、ダスラー夫人に母上を連れてきてもらうようお願いしたのは僕です。」
よく見るとタチアナの後ろに付き添いの女性が見えた。
オリバーが母親の手を取り手の甲にキスをした。
そうして、タチアナの手を引くとマリウスの向かいの席にタチアナを座らせた。
「騙すようなことをして申し訳ありません。ルドヴィカと僕は学園で出会い、愛し合い、そして将来を誓いたいと思っています。しかし、シェーンシュトーン家では我々の関係は賛成してくださらないどころか、僕と会っても下さらない。どうやらその原因は公爵と母上の間に昔のわだかまりがあるから、らしいとわかりました。そこで、こうして集まって対話することでわだかまりが溶けるのではないかと、騙し討ちのような形ではありますがお二人にお越しいただいたのです。」
オリバーがそこまで話すとタチアナがため息をついた。
「『自由恋愛』とやらの素晴らしさをあれ程解いていらしたのに、いざ娘が自由に恋愛なさると反対されるだなんて、御立派ですこと。」
どうやら、マリウスに対する嫌味らしい。
マリウスはイライラした様子で答える。
「お前の息子が相手でなければ反対などしなかった。」
「あら、どうしてですの?親の私がいうのも何ですがオリバーはいい子ですわよ。」
「学園で付き合うのは構わんが結婚となれば話は別だろう?そんなこともわからんのか。お前が姑なんぞになってみろ、何をされるかわかったもんじゃない。そんな家に娘を嫁がせるなんて俺の目の黒いうちは絶対にさせん。」
「オリバーのお嫁さんには何もしませんわよ。」
突然始まった2人の舌戦に周りはポカンとしている。
その間にもメイドによってお茶が注がれ、タチアナはお茶をひと口ごくりと飲んだ。
「実際のところ、2人の間には昔、何があったの?」
カールが口を挟んだ。それに先に答えたのはタチアナだった。
「私たちは幼い頃からの許嫁だったのです。しかし、愚かなそこの男が別の女性に入れ上げ、婚約を解消したのですわ。」
「え?お父様?本当ですの?」
ルドヴィカが信じられないという目つきでマリウスを見た。
「本当だ。しかし、当時は貴族であっても自由に恋愛するのが良いことだとというような風潮が流行り出した時期でな。婚約を解消して自由恋愛に走る若者は多かったんだよ。しかし、あの女はそれを理解せずゾフィーに、お前の母にイジメを働いたんだ。」
「イジメを?母上が?」
今度はオリバーが信じられないという目つきでタチアナを見た。
「私がそのようなことするわけないでしょう?」
タチアナは即座に否定する。
「しかし、私がゾフィーへのイジメを理由に婚約破棄を突きつけた時、何も言わなかったではないか。」
「否定しなかったから認めた、というわけではありませんのよ。そもそも、貴方様が学園の中庭で私に婚約破棄を突きつけた時、私たちの婚約は既に解消されていたんです。」
「え?」
タチアナのセリフに目を丸くしたのはマリウスだった。
「あの時、私は魔獣病におかされていて、とても公爵家に嫁入りできる状態ではありませんでした。学園に登校したのもあの日は確か3ヶ月ぶりでした。ですから、ゾフィー様がどのようないじめにあっていたのかは存じませんが私にはイジメなどとても無理だったのです。」
「魔獣病に?知らなかった・・・」
魔獣病は当時まだ治療法が解明されておらず、死に至る重篤な病だった。たしか治療法が解明されたのが20年ほど前だったから、タチアナが助かったのはギリギリだったのだろう。
「当時の貴方様は私にはこれっぽっちも興味がなかったですものね。定例のお茶会もサボってばかりでしたもの。」
そういうとタチアナはマリウスに向かってにっこりと微笑んだ。これは嫌味な笑顔である。
「ではイジメは・・・?」
「わたし以外の誰かでしょうね。」
「しかし、ゾフィーはいじめられるようなタイプではなかったが・・・」
マリウスは何かを考えるように言った。
その様子を見てタチアナが再びため息をついた。
「貴方様はお気付きではいらっしゃらなかったようですけれど、学園には『自由恋愛』で婚約が解消になったことにに泣いていた者も『自由恋愛』を嫌っている者もおりましたのよ。お二人の恋愛は当時、自由恋愛の象徴のように扱われていましたから、そういった者たちが何かなさったとしてもおかしくはありませんわ。」
タチアナの言葉を聞いてマリウスは信じられないという顔をした。
「そうなのか・・・?本当に?」
「今更私が嘘をついて何のメリットがあるというのです?」
「では、なぜあの時にそれを言わなかったのだ」
ここで一度沈黙が流れた。
誰もがタチアナの言葉を待った。
しばらくして、タチアナがゆっくりと話し始めた。
「あの当時、私は幼い頃からの婚約者に裏切られ、何度もお咎めしましたが聞いてもらえず疲れていましたの。その上、病に犯されて・・・少々、自暴自棄になっていましたのよ。当時、魔獣病といえば不治の病で死を待つのみでした。それで、私が悪者になることで誰かが救われるならそれで良いかなと。どうせ、私は死ぬと思っておりましたし。」
タチアナの告白はか細く憐憫を誘うものだった。
それはマリウスの知っているタチアナではなかった。
「君は・・・」
マリウスが何か話そうとしたが、タチアナが続けた言葉にかき消された。
「貴族というのは婚姻によって、家同士の繋がりによってより発展するものでした。それが否定され、自由に恋愛して良いなど、貴族の根幹を揺るがす悪しき思想です。実際、自由恋愛が広がった今、貴族の力は急激に衰え、力を持った平民の家が隆盛していますでしょう?」
言われてみれば確かに、この20年で貴族と平民との差はどんどん縮んできていた。
「確かに家のしがらみなど関係なく自由に恋愛できるというのは魅力的ですわね。ただ、多くの高位貴族は家のためにその魅力と戦っていました。それなのに公爵令息であるあなたがその魅力に屈してしまった。貴族社会のことを考えれば私たちの婚約は継続しなければならなかったのです。」
「知らなかった・・・」
「何度も説明しましたでしょう?私たちの婚約は社会にとってとても意義があるものなのだと。」
タチアナが再びため息をついた。
マリウスはそんな事、タチアナの妄言だとずっと思っていた。
「ラインフェルデン家はご存知ですか?」
「確か数年前に爵位を返した元子爵家だったか」
「本来であればそこの御子息とリッテンバッハ家のご令嬢が婚姻を結びラインフェルデン家は事業を拡大する予定だった。その予定で土地を購入し準備を進めていたのです。しかし、リッテンバッハ家の令嬢は学園で自由恋愛を見つけ婚約を解消しました。リッテンバッハ家の伝手で事業の拡大をねらっていたラインフェルデン家は資金繰りが苦しくなりついには返爵するまでにおちぶれました。リッテンバッハ家の御令嬢は我々の三学年下で貴方たちの恋愛譚にひどく影響されたらしいですよ。そのような家は探せば幾つもあるでしょう。」
「しかし、だからと言って我々を恨むのはお門違いではないか・・・」
これまでマリウスは自分たちの婚姻がそんな影響を与えていたなど考えてもみなかった。
「えぇ、お門違いでしょう。本人たちもそれがわかっているから正式に抗議するではなく、イジメという陰湿な手段に出た。」
「だったら・・」
自分達はやはり悪くないではないか、と言おうとしたマリウスの言葉は再びタチアナによって消された。
「イジメのきっかけを与えたのは他でもないあなた方です。あなた方の自由恋愛とやらに翻弄され辛酸を舐めたものがどれほど多かった事か。私はその者たちが一時の気の迷いでイジメに手をつけてしまったのだとしても仕方がないことだと思いました。シェーンシュトーン公爵令息が他の女性に靡き自由恋愛に走られたのは私の魅力不足ということもあったでしょうから、私も責任も感じておりました。私一人の不名誉で彼らが守られるのであればそれで良いと、そう思ったのです。」
マリウスは考えた。
タチアナはこんな女性だっただろうか。
若い頃は男勝りにズケズケと何でも言ってくる、思いやりなど持たぬ苛烈な女という印象が強く避けてばかりいた。
しかし、彼女の行動はどうだ?
思いやりに満ちているではないか。彼女が変わったのだろうか。
タチアナは一つ大きな咳払いをするとマリウスに頭を下げた。
「ルドヴィカ嬢がオリバーと婚姻しても私はいじめなどしないと誓います。ですから、どうか若い2人の話に耳を傾けて差し上げてください。」
焦ったのはマリウスだった。
彼女が頭を下げるなど思っても見なかったのだ。
「いや、そのことはこれまでの会話で充分に理解した。頭を上げてはくれぬか。」
マリウスのそのセリフに顔を輝かせたのはオリバーとルドヴィカだった。
「それでは、我々の話を聞いてくださるのですか。」
「お父様、ありがとうございます。」
二人は手を取り合って喜んだ。
「あぁ、そうだな。明日は帝国議会があるから明後日、我が家を訪ねなさい。」
二人が思い合っているのが伝わってきて、嬉しいような悲しいような複雑な思いが込み上げてきた。
シェーンシュトーン公爵マリウスが呼ばれたのは王宮テラスのサロンだった。
そこで紳士クラブの集まりがあると聞いてやってきたのだ。
「父上、ルドヴィカの話を聞いてあげてください。」
そう言ったのはこの場で紳士クラブの集まりがあると言った息子のカールである。
カールがマリウスの背中を押して椅子に座らせた。
紳士クラブの集まりのつもりで来たサロンに娘のルドヴィカが居た。その隣に立つのは彼女の恋人のオリバーとかいう青年なのだろう。
サロンは貸切のようで他の客はいない。
ここでは秘密の話もするため使用人たちはよく訓練されていて情報を漏らすことはない。
マリウスは娘ルドヴィカとその恋人・オリバーの関係に反対をしていた。ルドヴィカからオリバーにあってほしいと何度か頼まれたが今まで断ってきた。
「こんな姑息な手に出るとはな。」
そういうとマリウスは大袈裟にため息をついた。
「しかし、こうでもしなければオリバーに会ってくださらないではないですか」
「当たり前だ!タチアナの息子になどお前はやらん。」
マリウスがそう叫んだ時、後ろから女性にしては少し低めの声が響いた。
「あら、どうしてですの?」
そうやってテラスに入ってきたのはオリバーの母、タチアナ・シュバルツ伯爵夫人だった。オリーブ色の落ち着いたドレスを着た上品な夫人だった。
切長の瞳をマリウスに向けているが、その瞳には何の感情も乗っていない。ともすれば見下されているようにも感じる。
「タチアナ!」
マリウスが驚いて叫ぶ。
その声を聞いてタチアナは眉を顰めた。
「もうお互い伴侶もいる良い歳の貴族なのですからシュバルツ伯爵夫人とお呼びください。」
取り乱すマリウスに比べタチアナは冷静だった。
「息子や娘を拐かしたのはお前か!?」
「何のことでしょうか?」
タチアナは片眉を吊り上げてマリウスを見下ろした。
「お父様!お父様を騙して連れてきてもらったのは私よ。」
ルドヴィカが叫んだ。
「そして、ダスラー夫人に母上を連れてきてもらうようお願いしたのは僕です。」
よく見るとタチアナの後ろに付き添いの女性が見えた。
オリバーが母親の手を取り手の甲にキスをした。
そうして、タチアナの手を引くとマリウスの向かいの席にタチアナを座らせた。
「騙すようなことをして申し訳ありません。ルドヴィカと僕は学園で出会い、愛し合い、そして将来を誓いたいと思っています。しかし、シェーンシュトーン家では我々の関係は賛成してくださらないどころか、僕と会っても下さらない。どうやらその原因は公爵と母上の間に昔のわだかまりがあるから、らしいとわかりました。そこで、こうして集まって対話することでわだかまりが溶けるのではないかと、騙し討ちのような形ではありますがお二人にお越しいただいたのです。」
オリバーがそこまで話すとタチアナがため息をついた。
「『自由恋愛』とやらの素晴らしさをあれ程解いていらしたのに、いざ娘が自由に恋愛なさると反対されるだなんて、御立派ですこと。」
どうやら、マリウスに対する嫌味らしい。
マリウスはイライラした様子で答える。
「お前の息子が相手でなければ反対などしなかった。」
「あら、どうしてですの?親の私がいうのも何ですがオリバーはいい子ですわよ。」
「学園で付き合うのは構わんが結婚となれば話は別だろう?そんなこともわからんのか。お前が姑なんぞになってみろ、何をされるかわかったもんじゃない。そんな家に娘を嫁がせるなんて俺の目の黒いうちは絶対にさせん。」
「オリバーのお嫁さんには何もしませんわよ。」
突然始まった2人の舌戦に周りはポカンとしている。
その間にもメイドによってお茶が注がれ、タチアナはお茶をひと口ごくりと飲んだ。
「実際のところ、2人の間には昔、何があったの?」
カールが口を挟んだ。それに先に答えたのはタチアナだった。
「私たちは幼い頃からの許嫁だったのです。しかし、愚かなそこの男が別の女性に入れ上げ、婚約を解消したのですわ。」
「え?お父様?本当ですの?」
ルドヴィカが信じられないという目つきでマリウスを見た。
「本当だ。しかし、当時は貴族であっても自由に恋愛するのが良いことだとというような風潮が流行り出した時期でな。婚約を解消して自由恋愛に走る若者は多かったんだよ。しかし、あの女はそれを理解せずゾフィーに、お前の母にイジメを働いたんだ。」
「イジメを?母上が?」
今度はオリバーが信じられないという目つきでタチアナを見た。
「私がそのようなことするわけないでしょう?」
タチアナは即座に否定する。
「しかし、私がゾフィーへのイジメを理由に婚約破棄を突きつけた時、何も言わなかったではないか。」
「否定しなかったから認めた、というわけではありませんのよ。そもそも、貴方様が学園の中庭で私に婚約破棄を突きつけた時、私たちの婚約は既に解消されていたんです。」
「え?」
タチアナのセリフに目を丸くしたのはマリウスだった。
「あの時、私は魔獣病におかされていて、とても公爵家に嫁入りできる状態ではありませんでした。学園に登校したのもあの日は確か3ヶ月ぶりでした。ですから、ゾフィー様がどのようないじめにあっていたのかは存じませんが私にはイジメなどとても無理だったのです。」
「魔獣病に?知らなかった・・・」
魔獣病は当時まだ治療法が解明されておらず、死に至る重篤な病だった。たしか治療法が解明されたのが20年ほど前だったから、タチアナが助かったのはギリギリだったのだろう。
「当時の貴方様は私にはこれっぽっちも興味がなかったですものね。定例のお茶会もサボってばかりでしたもの。」
そういうとタチアナはマリウスに向かってにっこりと微笑んだ。これは嫌味な笑顔である。
「ではイジメは・・・?」
「わたし以外の誰かでしょうね。」
「しかし、ゾフィーはいじめられるようなタイプではなかったが・・・」
マリウスは何かを考えるように言った。
その様子を見てタチアナが再びため息をついた。
「貴方様はお気付きではいらっしゃらなかったようですけれど、学園には『自由恋愛』で婚約が解消になったことにに泣いていた者も『自由恋愛』を嫌っている者もおりましたのよ。お二人の恋愛は当時、自由恋愛の象徴のように扱われていましたから、そういった者たちが何かなさったとしてもおかしくはありませんわ。」
タチアナの言葉を聞いてマリウスは信じられないという顔をした。
「そうなのか・・・?本当に?」
「今更私が嘘をついて何のメリットがあるというのです?」
「では、なぜあの時にそれを言わなかったのだ」
ここで一度沈黙が流れた。
誰もがタチアナの言葉を待った。
しばらくして、タチアナがゆっくりと話し始めた。
「あの当時、私は幼い頃からの婚約者に裏切られ、何度もお咎めしましたが聞いてもらえず疲れていましたの。その上、病に犯されて・・・少々、自暴自棄になっていましたのよ。当時、魔獣病といえば不治の病で死を待つのみでした。それで、私が悪者になることで誰かが救われるならそれで良いかなと。どうせ、私は死ぬと思っておりましたし。」
タチアナの告白はか細く憐憫を誘うものだった。
それはマリウスの知っているタチアナではなかった。
「君は・・・」
マリウスが何か話そうとしたが、タチアナが続けた言葉にかき消された。
「貴族というのは婚姻によって、家同士の繋がりによってより発展するものでした。それが否定され、自由に恋愛して良いなど、貴族の根幹を揺るがす悪しき思想です。実際、自由恋愛が広がった今、貴族の力は急激に衰え、力を持った平民の家が隆盛していますでしょう?」
言われてみれば確かに、この20年で貴族と平民との差はどんどん縮んできていた。
「確かに家のしがらみなど関係なく自由に恋愛できるというのは魅力的ですわね。ただ、多くの高位貴族は家のためにその魅力と戦っていました。それなのに公爵令息であるあなたがその魅力に屈してしまった。貴族社会のことを考えれば私たちの婚約は継続しなければならなかったのです。」
「知らなかった・・・」
「何度も説明しましたでしょう?私たちの婚約は社会にとってとても意義があるものなのだと。」
タチアナが再びため息をついた。
マリウスはそんな事、タチアナの妄言だとずっと思っていた。
「ラインフェルデン家はご存知ですか?」
「確か数年前に爵位を返した元子爵家だったか」
「本来であればそこの御子息とリッテンバッハ家のご令嬢が婚姻を結びラインフェルデン家は事業を拡大する予定だった。その予定で土地を購入し準備を進めていたのです。しかし、リッテンバッハ家の令嬢は学園で自由恋愛を見つけ婚約を解消しました。リッテンバッハ家の伝手で事業の拡大をねらっていたラインフェルデン家は資金繰りが苦しくなりついには返爵するまでにおちぶれました。リッテンバッハ家の御令嬢は我々の三学年下で貴方たちの恋愛譚にひどく影響されたらしいですよ。そのような家は探せば幾つもあるでしょう。」
「しかし、だからと言って我々を恨むのはお門違いではないか・・・」
これまでマリウスは自分たちの婚姻がそんな影響を与えていたなど考えてもみなかった。
「えぇ、お門違いでしょう。本人たちもそれがわかっているから正式に抗議するではなく、イジメという陰湿な手段に出た。」
「だったら・・」
自分達はやはり悪くないではないか、と言おうとしたマリウスの言葉は再びタチアナによって消された。
「イジメのきっかけを与えたのは他でもないあなた方です。あなた方の自由恋愛とやらに翻弄され辛酸を舐めたものがどれほど多かった事か。私はその者たちが一時の気の迷いでイジメに手をつけてしまったのだとしても仕方がないことだと思いました。シェーンシュトーン公爵令息が他の女性に靡き自由恋愛に走られたのは私の魅力不足ということもあったでしょうから、私も責任も感じておりました。私一人の不名誉で彼らが守られるのであればそれで良いと、そう思ったのです。」
マリウスは考えた。
タチアナはこんな女性だっただろうか。
若い頃は男勝りにズケズケと何でも言ってくる、思いやりなど持たぬ苛烈な女という印象が強く避けてばかりいた。
しかし、彼女の行動はどうだ?
思いやりに満ちているではないか。彼女が変わったのだろうか。
タチアナは一つ大きな咳払いをするとマリウスに頭を下げた。
「ルドヴィカ嬢がオリバーと婚姻しても私はいじめなどしないと誓います。ですから、どうか若い2人の話に耳を傾けて差し上げてください。」
焦ったのはマリウスだった。
彼女が頭を下げるなど思っても見なかったのだ。
「いや、そのことはこれまでの会話で充分に理解した。頭を上げてはくれぬか。」
マリウスのそのセリフに顔を輝かせたのはオリバーとルドヴィカだった。
「それでは、我々の話を聞いてくださるのですか。」
「お父様、ありがとうございます。」
二人は手を取り合って喜んだ。
「あぁ、そうだな。明日は帝国議会があるから明後日、我が家を訪ねなさい。」
二人が思い合っているのが伝わってきて、嬉しいような悲しいような複雑な思いが込み上げてきた。
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