15 / 20
スティーブンからの手紙
しおりを挟む
数ヶ月ぶりの王城でマーガレットは一人スティーブンの手紙に向き合っていた。
本当は家族の交流の日なのだが家族に事情を話して手紙を読む時間を設けてもらったのだ。
手紙は軍の配置転換でバーンズに戻る予定だった兵士に渡されたが、その兵士が敵襲に合い生死の淵を漂った。そのせいでマーガレットの手に渡るのにとても時間がかかってしまったらしい。
マーガレットはなかなか手紙を読む勇気が出なかった。手紙を読んでしまうと、スティーブンの死を受け入れなければならないような気がしたからだ。
マーガレットは自分の部屋で手紙を読む気になれず8本の柱が立つ東家に手紙を持ってきた。そこで、ゆっくりお茶を飲みながら心を落ち着けて読もうという算段だ。
用意されたお茶を飲み、丁寧に封筒を開けると中から出てきたのは安価な更半紙だった。少しザラザラした紙にスティーブンらしい力強い文字が並んでいる。
マーガレットは深呼吸をすると文字を目で追った。
------------------
マーガレット嬢
西の地でも落葉が始まりました。マーガレット嬢はいかがお過ごしでしょうか。バーンズの都では冬支度が始まっているのでしょうね。
この冬、私は西の砦の最前線に移動が決まりました。自ら移動を志願したのです。
マーガレット嬢がお聞きになるとまた「どうして」とおっしゃるのでしょうね。
戦争は辛く厳しく常に死と隣り合わせです。私がこれまで二十年、公爵令息として身につけてきた価値観も机上の勉強も戦争は一日で覆してしまいました。
もう、私は以前の私ではないでしょう。
思えば、以前の私は周りに流されるばかりで自分というものがなかったように思います。しかし、戦争では自分というものを持たなければ生き残れず、皮肉な事に死と隣り合わせの環境になって私は初めて「生きる」という事を知ったのです。
私が最前線に移動したのは一種の賭けであります。
もし、私が最前線で生き残り、ロジャースが勝利した日には、私とマーガレット嬢の婚約を解消していただきたいと思っています。
私は公爵家から出て一人の男として自由に生きていきたいのです。
これは私のわがままであり、マーガレット嬢には何も悪いところはありません。私が戦争によって変わってしまったのです。
どうか、マーガレット嬢の新しい婚約者がすぐに決まることを、そしてその婚約者と愛し愛される関係になれることを祈っております。
日に日に寒くなりますのでご自愛ください。
スティーブン
------------------
マーガレットは手紙に書かれていることが信じられなかった。スティーブンとの間には確かに愛があると感じていた。しかし、スティーブンにとってそれは流されているだけだったのだろうか。
スティーブンと初めて出会ったのは覚えていないくらい小さい頃だった。その頃からマーガレットは優しいスティーブンがお気に入りでいつも彼の後ろをついて回っていた。
スティーブンと婚約者となり将来結婚するのだと知った時の喜びは今でもはっきりと覚えている。あれはマーガレットが十歳のことだった。
それ以来、スティーブンに相応しい女性になろうと精一杯背伸びしてきたが、五歳という歳の差はマーガレットが思っているよりも大きかったのだろうか。
いつもマーガレットを見て微笑んでくれたあの眼差しも偽りのものだったのだろうか。
新しい婚約者と愛し愛される関係・・・
その関係がスティーブンとの間にすらなかったのに、アンソニーとの間で築けるわけがない。彼はヴァージニア様と別れるきっかけになったマーガレットを憎んでいる。
ヴァージニア様はマーガレットから見ても素敵な女性でアンソニーが彼女に恋をするのも、彼女との間に割って入ったマーガレットを疎ましく思うのも仕方ないと思っていた。
しかし、それを仕方ないと思えるのはスティーブンとの間に確かな愛があると、あったと思っていたからだ。それがマーガレットにとっての心の拠り所だった。
心の拠り所が脆くも崩れ去った今、マーガレットの心はひらひらと舞う落ち葉のように不安定に落ちていくようだった。
本当は家族の交流の日なのだが家族に事情を話して手紙を読む時間を設けてもらったのだ。
手紙は軍の配置転換でバーンズに戻る予定だった兵士に渡されたが、その兵士が敵襲に合い生死の淵を漂った。そのせいでマーガレットの手に渡るのにとても時間がかかってしまったらしい。
マーガレットはなかなか手紙を読む勇気が出なかった。手紙を読んでしまうと、スティーブンの死を受け入れなければならないような気がしたからだ。
マーガレットは自分の部屋で手紙を読む気になれず8本の柱が立つ東家に手紙を持ってきた。そこで、ゆっくりお茶を飲みながら心を落ち着けて読もうという算段だ。
用意されたお茶を飲み、丁寧に封筒を開けると中から出てきたのは安価な更半紙だった。少しザラザラした紙にスティーブンらしい力強い文字が並んでいる。
マーガレットは深呼吸をすると文字を目で追った。
------------------
マーガレット嬢
西の地でも落葉が始まりました。マーガレット嬢はいかがお過ごしでしょうか。バーンズの都では冬支度が始まっているのでしょうね。
この冬、私は西の砦の最前線に移動が決まりました。自ら移動を志願したのです。
マーガレット嬢がお聞きになるとまた「どうして」とおっしゃるのでしょうね。
戦争は辛く厳しく常に死と隣り合わせです。私がこれまで二十年、公爵令息として身につけてきた価値観も机上の勉強も戦争は一日で覆してしまいました。
もう、私は以前の私ではないでしょう。
思えば、以前の私は周りに流されるばかりで自分というものがなかったように思います。しかし、戦争では自分というものを持たなければ生き残れず、皮肉な事に死と隣り合わせの環境になって私は初めて「生きる」という事を知ったのです。
私が最前線に移動したのは一種の賭けであります。
もし、私が最前線で生き残り、ロジャースが勝利した日には、私とマーガレット嬢の婚約を解消していただきたいと思っています。
私は公爵家から出て一人の男として自由に生きていきたいのです。
これは私のわがままであり、マーガレット嬢には何も悪いところはありません。私が戦争によって変わってしまったのです。
どうか、マーガレット嬢の新しい婚約者がすぐに決まることを、そしてその婚約者と愛し愛される関係になれることを祈っております。
日に日に寒くなりますのでご自愛ください。
スティーブン
------------------
マーガレットは手紙に書かれていることが信じられなかった。スティーブンとの間には確かに愛があると感じていた。しかし、スティーブンにとってそれは流されているだけだったのだろうか。
スティーブンと初めて出会ったのは覚えていないくらい小さい頃だった。その頃からマーガレットは優しいスティーブンがお気に入りでいつも彼の後ろをついて回っていた。
スティーブンと婚約者となり将来結婚するのだと知った時の喜びは今でもはっきりと覚えている。あれはマーガレットが十歳のことだった。
それ以来、スティーブンに相応しい女性になろうと精一杯背伸びしてきたが、五歳という歳の差はマーガレットが思っているよりも大きかったのだろうか。
いつもマーガレットを見て微笑んでくれたあの眼差しも偽りのものだったのだろうか。
新しい婚約者と愛し愛される関係・・・
その関係がスティーブンとの間にすらなかったのに、アンソニーとの間で築けるわけがない。彼はヴァージニア様と別れるきっかけになったマーガレットを憎んでいる。
ヴァージニア様はマーガレットから見ても素敵な女性でアンソニーが彼女に恋をするのも、彼女との間に割って入ったマーガレットを疎ましく思うのも仕方ないと思っていた。
しかし、それを仕方ないと思えるのはスティーブンとの間に確かな愛があると、あったと思っていたからだ。それがマーガレットにとっての心の拠り所だった。
心の拠り所が脆くも崩れ去った今、マーガレットの心はひらひらと舞う落ち葉のように不安定に落ちていくようだった。
8
お気に入りに追加
273
あなたにおすすめの小説
離婚された夫人は、学生時代を思いだして、結婚をやり直します。
甘い秋空
恋愛
夫婦として何事もなく過ごした15年間だったのに、離婚され、一人娘とも離され、急遽、屋敷を追い出された夫人。
さらに、異世界からの聖女召喚が成功したため、聖女の職も失いました。
これまで誤って召喚されてしまった女性たちを、保護している王弟陛下の隠し部屋で、暮らすことになりましたが……
完結・私と王太子の婚約を知った元婚約者が王太子との婚約発表前日にやって来て『俺の気を引きたいのは分かるがやりすぎだ!』と復縁を迫ってきた
まほりろ
恋愛
元婚約者は男爵令嬢のフリーダ・ザックスと浮気をしていた。
その上、
「お前がフリーダをいじめているのは分かっている!
お前が俺に惚れているのは分かるが、いくら俺に相手にされないからといって、か弱いフリーダをいじめるなんて最低だ!
お前のような非道な女との婚約は破棄する!」
私に冤罪をかけ、私との婚約を破棄すると言ってきた。
両家での話し合いの結果、「婚約破棄」ではなく双方合意のもとでの「婚約解消」という形になった。
それから半年後、私は幼馴染の王太子と再会し恋に落ちた。
私と王太子の婚約を世間に公表する前日、元婚約者が我が家に押しかけて来て、
「俺の気を引きたいのは分かるがこれはやりすぎだ!」
「俺は充分嫉妬したぞ。もういいだろう? 愛人ではなく正妻にしてやるから俺のところに戻ってこい!」
と言って復縁を迫ってきた。
この身の程をわきまえない勘違いナルシストを、どうやって黙らせようかしら?
※ざまぁ有り
※ハッピーエンド
※他サイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
小説家になろうで、日間総合3位になった作品です。
小説家になろう版のタイトルとは、少し違います。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
【完結】「財産目当てに子爵令嬢と白い結婚をした侯爵、散々虐めていた相手が子爵令嬢に化けた魔女だと分かり破滅する〜」
まほりろ
恋愛
【完結済み】
若き侯爵ビリーは子爵家の財産に目をつけた。侯爵は子爵家に圧力をかけ、子爵令嬢のエミリーを強引に娶(めと)った。
侯爵家に嫁いだエミリーは、侯爵家の使用人から冷たい目で見られ、酷い仕打ちを受ける。
侯爵家には居候の少女ローザがいて、当主のビリーと居候のローザは愛し合っていた。
使用人達にお金の力で二人の愛を引き裂いた悪女だと思われたエミリーは、使用人から酷い虐めを受ける。
侯爵も侯爵の母親も居候のローザも、エミリーに嫌がれせをして楽しんでいた。
侯爵家の人間は知らなかった、腐ったスープを食べさせ、バケツの水をかけ、ドレスを切り裂き、散々嫌がらせをした少女がエミリーに化けて侯爵家に嫁いできた世界最強の魔女だと言うことを……。
魔女が正体を明かすとき侯爵家は地獄と化す。
全26話、約25,000文字、完結済み。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
他サイトにもアップしてます。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
第15回恋愛小説大賞にエントリーしてます。よろしくお願いします。
二人の妻に愛されていたはずだった
ぽんちゃん
恋愛
傾いていた伯爵家を復興すべく尽力するジェフリーには、第一夫人のアナスタシアと第二夫人のクララ。そして、クララとの愛の結晶であるジェイクと共に幸せな日々を過ごしていた。
二人の妻に愛され、クララに似た可愛い跡継ぎに囲まれて、幸せの絶頂にいたジェフリー。
アナスタシアとの結婚記念日に会いにいくのだが、離縁が成立した書類が残されていた。
アナスタシアのことは愛しているし、もちろん彼女も自分を愛していたはずだ。
何かの間違いだと調べるうちに、真実に辿り着く。
全二十八話。
十六話あたりまで苦しい内容ですが、堪えて頂けたら幸いです(><)
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
おさななじみの次期公爵に「あなたを愛するつもりはない」と言われるままにしたら挙動不審です
あなはにす
恋愛
伯爵令嬢セリアは、侯爵に嫁いだ姉にマウントをとられる日々。会えなくなった幼馴染とのあたたかい日々を心に過ごしていた。ある日、婚活のための夜会に参加し、得意のピアノを披露すると、幼馴染と再会し、次の日には公爵の幼馴染に求婚されることに。しかし、幼馴染には「あなたを愛するつもりはない」と言われ、相手の提示するルーティーンをただただこなす日々が始まり……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる