上 下
85 / 108
秘花85

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

しおりを挟む
 帰還後、王から賢へ一切の接触はないまま日は過ぎた。元々、王が後宮に渡ることも殆どなく、逆に王妃が王宮殿の寝所に招かれることもなかったのだから、以前と同じといえば同じだ。
 国をあげての儀式などでは当然、国王夫妻は打ち揃って出席する。公の場でたまに顔を合わせれば、王は終始紳士的にふるまい、賢の手にさえ触れようともしない。視察に出る前夜、あれほど熱っぽく賢の身体に触れた男と同じ人だとは思えないほどだった。
 裏腹に、賢の方はあの一夜をなかなか忘れられず、身体中を這い回った王の唇や、胎内奥深くを貫いた男の指の感触を今でもまざまざと思い出してしまう。思い出しては赤面する自分に比べ、王の落ち着き払った態度はどうだろう! まるで、我が身一人だけが憶えているだけで、向こうは何事もなかったかのような顔をしているのは癪だ。
 そんな中、日は穏やかに過ぎていった。郊外の山々が紅く染め上がり、澄んだ空気にくっきりと立ち上がる季節になった。都に本格的な秋が訪れたのである。
 十月も下旬のある日、王宮殿の執務室にいる王を金宗俊がひそかに訪れた。
「殿下、少しお時間を頂いても?」
 内官長の取り次ぎで入室してきた宗俊に、王は顔を上げた。そのときは丁度、執務机に向かい、決裁の必要な書類に玉爾を捺しているところだった。
「ああ、別段、特に急ぎの用というわけではないゆえ、構わないが」
 王は立ち上がり、傍らの丸卓を指した。
「座ってくれ」
「では、失礼致します」
 丞相は一礼し、向かい合った椅子の一つに座る。
「ところで、私が放っている密偵が由々しき情報を仕入れてきました」
「由々しき情報?」
 王は眉をはねあげ、丞相を鋭い眼で見た。宗俊は頷き、わずかに声を潜めた。
「事が王妃さまに拘わることゆえ、まずは殿下に真っ先にご報告しようかと馳せ参じた次第」
「なに、王妃に拘わることだと?」
 王の沈着な顔に烈しい動揺が走った。その様子を見ながら、宗俊は複雑な考えに耽った。
 滅多に動揺を見せぬ王が唯一、感情を露わにするのが王妃に関することであった。〝王妃〟と最愛の妻の名を出せば、この若い王はたちどころに反応する。
 にも拘わらず、王と王妃がいまだに初夜を終えていないことは後宮どころか、宮殿内の者が知っていた。今から半月近く前、宗俊は後宮を取り仕切る尚宮長と計り、一計を案じた。王妃に媚薬を飲ませ、裸も同然の薄い夜着を着せて生贄よろしく王の寝台へと送り込んだのだ。
 だが、計画は失敗に終わった。国王夫妻の間に何が起こったのまでは知らないが、結果として、王妃は清らかな処女のままで翌朝、王妃殿に帰された。そのことは王妃付きの崔尚宮から報告を受けているから、間違いない。
 宗俊には若い王が何を考えているのか計りかねた。美しい娘が薄物の夜着一枚の扇情的なで寝台に横たわり、しかも、その娘は王が惚れに惚れ抜いている妻だ。十八歳という若い盛りの男なら、到底何もせずにはいられないだろう。いや、六十近い自分だとて、そんな状況なら、据え膳食わぬは恥と娘に手を伸ばすに違いない。
 崔尚宮は最初、この計画には乗り気ではなかったが、〝王妃さまの幸せのため〟とその忠誠心につけこんで無理に計画に荷担させたのだ。
 事後、崔尚宮は泣きながら言った。
―二度とこのような愚かな計画には乗りませぬ。私は王妃さまにお仕えする尚宮ですゆえ、主君の信頼を裏切るような真似は致しません。
 つくづく肝の小さい女だと思う。王妃の幸せのためならば、多少の荒療治を行っても、一日も早く王と結ばれるように計らえば良いのだ。王の御子を産むことこそが王妃のいちばんの幸せではないか。
 また、王からはさんざん嫌みを言われ、叱責された。
―今後、このような出過ぎた真似をしたら、その皺首と胴体を切り放すぞ。次はないものと思え。
 十八歳の娘盛りの少女もあっという間に歳を取る。妊娠・出産の適齢期を考えれば、王妃とて、あと数年から長くて十年しかない。自分は医学的なことは知らないが、更に王妃が元々両性具有であったことを考えれば、そんなに長くはないのかもしれない。
 なのに、王は余計なお節介だと言う。
 まったく、頭の固い者たちばかりで困る。宗俊が内心溜息をつきそうになった時、焦りの滲んだ王の声がせっついてきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール

雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け 《あらすじ》 4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。 そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。 平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

処理中です...