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秘花85
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
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帰還後、王から賢へ一切の接触はないまま日は過ぎた。元々、王が後宮に渡ることも殆どなく、逆に王妃が王宮殿の寝所に招かれることもなかったのだから、以前と同じといえば同じだ。
国をあげての儀式などでは当然、国王夫妻は打ち揃って出席する。公の場でたまに顔を合わせれば、王は終始紳士的にふるまい、賢の手にさえ触れようともしない。視察に出る前夜、あれほど熱っぽく賢の身体に触れた男と同じ人だとは思えないほどだった。
裏腹に、賢の方はあの一夜をなかなか忘れられず、身体中を這い回った王の唇や、胎内奥深くを貫いた男の指の感触を今でもまざまざと思い出してしまう。思い出しては赤面する自分に比べ、王の落ち着き払った態度はどうだろう! まるで、我が身一人だけが憶えているだけで、向こうは何事もなかったかのような顔をしているのは癪だ。
そんな中、日は穏やかに過ぎていった。郊外の山々が紅く染め上がり、澄んだ空気にくっきりと立ち上がる季節になった。都に本格的な秋が訪れたのである。
十月も下旬のある日、王宮殿の執務室にいる王を金宗俊がひそかに訪れた。
「殿下、少しお時間を頂いても?」
内官長の取り次ぎで入室してきた宗俊に、王は顔を上げた。そのときは丁度、執務机に向かい、決裁の必要な書類に玉爾を捺しているところだった。
「ああ、別段、特に急ぎの用というわけではないゆえ、構わないが」
王は立ち上がり、傍らの丸卓を指した。
「座ってくれ」
「では、失礼致します」
丞相は一礼し、向かい合った椅子の一つに座る。
「ところで、私が放っている密偵が由々しき情報を仕入れてきました」
「由々しき情報?」
王は眉をはねあげ、丞相を鋭い眼で見た。宗俊は頷き、わずかに声を潜めた。
「事が王妃さまに拘わることゆえ、まずは殿下に真っ先にご報告しようかと馳せ参じた次第」
「なに、王妃に拘わることだと?」
王の沈着な顔に烈しい動揺が走った。その様子を見ながら、宗俊は複雑な考えに耽った。
滅多に動揺を見せぬ王が唯一、感情を露わにするのが王妃に関することであった。〝王妃〟と最愛の妻の名を出せば、この若い王はたちどころに反応する。
にも拘わらず、王と王妃がいまだに初夜を終えていないことは後宮どころか、宮殿内の者が知っていた。今から半月近く前、宗俊は後宮を取り仕切る尚宮長と計り、一計を案じた。王妃に媚薬を飲ませ、裸も同然の薄い夜着を着せて生贄よろしく王の寝台へと送り込んだのだ。
だが、計画は失敗に終わった。国王夫妻の間に何が起こったのまでは知らないが、結果として、王妃は清らかな処女のままで翌朝、王妃殿に帰された。そのことは王妃付きの崔尚宮から報告を受けているから、間違いない。
宗俊には若い王が何を考えているのか計りかねた。美しい娘が薄物の夜着一枚の扇情的なで寝台に横たわり、しかも、その娘は王が惚れに惚れ抜いている妻だ。十八歳という若い盛りの男なら、到底何もせずにはいられないだろう。いや、六十近い自分だとて、そんな状況なら、据え膳食わぬは恥と娘に手を伸ばすに違いない。
崔尚宮は最初、この計画には乗り気ではなかったが、〝王妃さまの幸せのため〟とその忠誠心につけこんで無理に計画に荷担させたのだ。
事後、崔尚宮は泣きながら言った。
―二度とこのような愚かな計画には乗りませぬ。私は王妃さまにお仕えする尚宮ですゆえ、主君の信頼を裏切るような真似は致しません。
つくづく肝の小さい女だと思う。王妃の幸せのためならば、多少の荒療治を行っても、一日も早く王と結ばれるように計らえば良いのだ。王の御子を産むことこそが王妃のいちばんの幸せではないか。
また、王からはさんざん嫌みを言われ、叱責された。
―今後、このような出過ぎた真似をしたら、その皺首と胴体を切り放すぞ。次はないものと思え。
十八歳の娘盛りの少女もあっという間に歳を取る。妊娠・出産の適齢期を考えれば、王妃とて、あと数年から長くて十年しかない。自分は医学的なことは知らないが、更に王妃が元々両性具有であったことを考えれば、そんなに長くはないのかもしれない。
なのに、王は余計なお節介だと言う。
まったく、頭の固い者たちばかりで困る。宗俊が内心溜息をつきそうになった時、焦りの滲んだ王の声がせっついてきた。
国をあげての儀式などでは当然、国王夫妻は打ち揃って出席する。公の場でたまに顔を合わせれば、王は終始紳士的にふるまい、賢の手にさえ触れようともしない。視察に出る前夜、あれほど熱っぽく賢の身体に触れた男と同じ人だとは思えないほどだった。
裏腹に、賢の方はあの一夜をなかなか忘れられず、身体中を這い回った王の唇や、胎内奥深くを貫いた男の指の感触を今でもまざまざと思い出してしまう。思い出しては赤面する自分に比べ、王の落ち着き払った態度はどうだろう! まるで、我が身一人だけが憶えているだけで、向こうは何事もなかったかのような顔をしているのは癪だ。
そんな中、日は穏やかに過ぎていった。郊外の山々が紅く染め上がり、澄んだ空気にくっきりと立ち上がる季節になった。都に本格的な秋が訪れたのである。
十月も下旬のある日、王宮殿の執務室にいる王を金宗俊がひそかに訪れた。
「殿下、少しお時間を頂いても?」
内官長の取り次ぎで入室してきた宗俊に、王は顔を上げた。そのときは丁度、執務机に向かい、決裁の必要な書類に玉爾を捺しているところだった。
「ああ、別段、特に急ぎの用というわけではないゆえ、構わないが」
王は立ち上がり、傍らの丸卓を指した。
「座ってくれ」
「では、失礼致します」
丞相は一礼し、向かい合った椅子の一つに座る。
「ところで、私が放っている密偵が由々しき情報を仕入れてきました」
「由々しき情報?」
王は眉をはねあげ、丞相を鋭い眼で見た。宗俊は頷き、わずかに声を潜めた。
「事が王妃さまに拘わることゆえ、まずは殿下に真っ先にご報告しようかと馳せ参じた次第」
「なに、王妃に拘わることだと?」
王の沈着な顔に烈しい動揺が走った。その様子を見ながら、宗俊は複雑な考えに耽った。
滅多に動揺を見せぬ王が唯一、感情を露わにするのが王妃に関することであった。〝王妃〟と最愛の妻の名を出せば、この若い王はたちどころに反応する。
にも拘わらず、王と王妃がいまだに初夜を終えていないことは後宮どころか、宮殿内の者が知っていた。今から半月近く前、宗俊は後宮を取り仕切る尚宮長と計り、一計を案じた。王妃に媚薬を飲ませ、裸も同然の薄い夜着を着せて生贄よろしく王の寝台へと送り込んだのだ。
だが、計画は失敗に終わった。国王夫妻の間に何が起こったのまでは知らないが、結果として、王妃は清らかな処女のままで翌朝、王妃殿に帰された。そのことは王妃付きの崔尚宮から報告を受けているから、間違いない。
宗俊には若い王が何を考えているのか計りかねた。美しい娘が薄物の夜着一枚の扇情的なで寝台に横たわり、しかも、その娘は王が惚れに惚れ抜いている妻だ。十八歳という若い盛りの男なら、到底何もせずにはいられないだろう。いや、六十近い自分だとて、そんな状況なら、据え膳食わぬは恥と娘に手を伸ばすに違いない。
崔尚宮は最初、この計画には乗り気ではなかったが、〝王妃さまの幸せのため〟とその忠誠心につけこんで無理に計画に荷担させたのだ。
事後、崔尚宮は泣きながら言った。
―二度とこのような愚かな計画には乗りませぬ。私は王妃さまにお仕えする尚宮ですゆえ、主君の信頼を裏切るような真似は致しません。
つくづく肝の小さい女だと思う。王妃の幸せのためならば、多少の荒療治を行っても、一日も早く王と結ばれるように計らえば良いのだ。王の御子を産むことこそが王妃のいちばんの幸せではないか。
また、王からはさんざん嫌みを言われ、叱責された。
―今後、このような出過ぎた真似をしたら、その皺首と胴体を切り放すぞ。次はないものと思え。
十八歳の娘盛りの少女もあっという間に歳を取る。妊娠・出産の適齢期を考えれば、王妃とて、あと数年から長くて十年しかない。自分は医学的なことは知らないが、更に王妃が元々両性具有であったことを考えれば、そんなに長くはないのかもしれない。
なのに、王は余計なお節介だと言う。
まったく、頭の固い者たちばかりで困る。宗俊が内心溜息をつきそうになった時、焦りの滲んだ王の声がせっついてきた。
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