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秘花67
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
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その翌日の昼下がりのことである。王妃殿を訪れた一人の人物がいた。金宗俊(キム・ジョンジュン)といって、朝廷では今、最も権力を持ち影響力も強いといわれている丞相(臣下の最高位)である。また宗俊は高麗の朝廷を二分する反元派の筆頭としても名を知られていた。
いわば、この男こそが前国王暗殺、王太子の廃位という謀反を企てた首謀者といえた。宗俊には明春(ミヨンチユン)という美しい娘がいる。この美貌で知られた二番目の娘をまだ陽寧君(ヤンニョングン)と呼ばれていた頃の現国王に娶せようとしていたことも有名な話だ。
陽寧君はその縁談は終始断り続けたものの、宗俊の謀反には荷担し前王太子を廃位に追い込み、即位した。つまり、今の王あるのは宗俊のお膳立てがあったればこそで、彼の影響力というのは国王にでさえ及ぶというのは満更大げさな話ではない。
ただ、この新しい王はなかなか侮れない男でもあると老獪な丞相は考えていた。現に表面は宗俊の言いなりになるように見えても、その実、肝心なことは何一つとして言いなりにならない。自慢の娘明春の入内についてはいまだに王にその意思を打診しているが、色よい返事はない。
今になり、宗俊は若い王を利用したつもりの自分たち反元派が逆に王に利用されたのではないかと思うことがあった。今更の話だが、王は最初からすべてを見抜いていたのではないかと思わずにはいられないのだ。つまり、自分が王になるため、いや、あの美しい前王太子を手に入れるために反元派の陰謀にわざと荷担したのではないか、と。
王太子が女性であると一体、誰が考えただろう? 今の王はその国の機密事項ともいえる重大な秘密を知る立場にあった。前国王が信頼する甥であり、王太子の従弟、王位継承権第二位という高い地位にあれば当然ともいえる。
その重大な秘密は一国を与る丞相である自分すら、知らなかった。十八歳のまだ少年ともいえる年若い王はすべてを知りながら、素知らぬ顔で反元派の誘いに乗り、大胆にも条件を突きつけてきたのだ。
―すべてを見て見ぬふりをすることへの見返りは何だ?
あの時、宗俊は言った。
―ですから、あなたさまには王位を差し上げると申し上げているではありませんか。まだ何か不服がおありですか?
王(陽寧君)は何食わぬ顔で問うてきた。
―廃位した王太子の処遇は?
―それは言うまでもない。毒殺した王の直系の王子など生かしておいても、後々の禍根を招くだけです。お気の毒だが、王太子殿下には早々にあの世の父君の許に旅立って頂きましょう。
―実はな。
そこで、陽寧君は瞳をきらめかせて言ったのだ。それが、〝高麗の臣下たちが長年王太子だと信じてきた王子が実は王女だった〟という俄には信じがたい話であった。
流石に、幾たびもの政変をくぐり抜け、今日の地位までのし上がった宗俊も言葉を失った。
―まさか、陽寧君さまには、この老人をからかっておられるのですか?
―何を仰せになる。俺が丞相をからかうはずもないだろう。
確かに、そのときの陽寧君の眼は嘘を口にしているようには見えなかった。更に聞かされた真実は、まさに、青天の霹靂としか言い様がなかった。王太子が実は両性具有という非常に珍しい生まれであったこと、そのために苦慮の末、前王が王子として育てることにしたが、不幸にも王子は女性化したのだと―。
最終的に王が出した条件というのは、廃位した王太子の生命の保証と、彼女を王妃として迎えたいという希望だった。
―仮にも前王太子という立場にあった人だ。しかも、あの人は元国皇帝を外祖父に持っている。遠く離れても、皇帝は常に王太子を気に掛ける書状を送ってきているゆえ、無下に扱うのはまずい。高麗のゆく末を思えば、王太子の生命を奪うことはせず、廃位しても、それなりの待遇を与えた方が皇帝に対しても心証が良いだろう。だからこそ、俺は即位した暁には、あの人を王妃として俺の後宮に迎えたい。
確かに、あのときは、もっともな言い分だと納得し承知した。だが、今となっては、この自分がまんまと二十歳にも満たぬ若造にしてやられたとの感が強い。
王の狙いはすべて王太子を手に入れるためだった。恐らくだが、王太子の秘密を知る者の一人として、王は人知れず美しい王太子に恋慕していたのだろう。この機に乗じて、反元派の陰謀に荷担したと見せかけ、まんまと望みのものを手に入れたというわけだ。
いわば、この男こそが前国王暗殺、王太子の廃位という謀反を企てた首謀者といえた。宗俊には明春(ミヨンチユン)という美しい娘がいる。この美貌で知られた二番目の娘をまだ陽寧君(ヤンニョングン)と呼ばれていた頃の現国王に娶せようとしていたことも有名な話だ。
陽寧君はその縁談は終始断り続けたものの、宗俊の謀反には荷担し前王太子を廃位に追い込み、即位した。つまり、今の王あるのは宗俊のお膳立てがあったればこそで、彼の影響力というのは国王にでさえ及ぶというのは満更大げさな話ではない。
ただ、この新しい王はなかなか侮れない男でもあると老獪な丞相は考えていた。現に表面は宗俊の言いなりになるように見えても、その実、肝心なことは何一つとして言いなりにならない。自慢の娘明春の入内についてはいまだに王にその意思を打診しているが、色よい返事はない。
今になり、宗俊は若い王を利用したつもりの自分たち反元派が逆に王に利用されたのではないかと思うことがあった。今更の話だが、王は最初からすべてを見抜いていたのではないかと思わずにはいられないのだ。つまり、自分が王になるため、いや、あの美しい前王太子を手に入れるために反元派の陰謀にわざと荷担したのではないか、と。
王太子が女性であると一体、誰が考えただろう? 今の王はその国の機密事項ともいえる重大な秘密を知る立場にあった。前国王が信頼する甥であり、王太子の従弟、王位継承権第二位という高い地位にあれば当然ともいえる。
その重大な秘密は一国を与る丞相である自分すら、知らなかった。十八歳のまだ少年ともいえる年若い王はすべてを知りながら、素知らぬ顔で反元派の誘いに乗り、大胆にも条件を突きつけてきたのだ。
―すべてを見て見ぬふりをすることへの見返りは何だ?
あの時、宗俊は言った。
―ですから、あなたさまには王位を差し上げると申し上げているではありませんか。まだ何か不服がおありですか?
王(陽寧君)は何食わぬ顔で問うてきた。
―廃位した王太子の処遇は?
―それは言うまでもない。毒殺した王の直系の王子など生かしておいても、後々の禍根を招くだけです。お気の毒だが、王太子殿下には早々にあの世の父君の許に旅立って頂きましょう。
―実はな。
そこで、陽寧君は瞳をきらめかせて言ったのだ。それが、〝高麗の臣下たちが長年王太子だと信じてきた王子が実は王女だった〟という俄には信じがたい話であった。
流石に、幾たびもの政変をくぐり抜け、今日の地位までのし上がった宗俊も言葉を失った。
―まさか、陽寧君さまには、この老人をからかっておられるのですか?
―何を仰せになる。俺が丞相をからかうはずもないだろう。
確かに、そのときの陽寧君の眼は嘘を口にしているようには見えなかった。更に聞かされた真実は、まさに、青天の霹靂としか言い様がなかった。王太子が実は両性具有という非常に珍しい生まれであったこと、そのために苦慮の末、前王が王子として育てることにしたが、不幸にも王子は女性化したのだと―。
最終的に王が出した条件というのは、廃位した王太子の生命の保証と、彼女を王妃として迎えたいという希望だった。
―仮にも前王太子という立場にあった人だ。しかも、あの人は元国皇帝を外祖父に持っている。遠く離れても、皇帝は常に王太子を気に掛ける書状を送ってきているゆえ、無下に扱うのはまずい。高麗のゆく末を思えば、王太子の生命を奪うことはせず、廃位しても、それなりの待遇を与えた方が皇帝に対しても心証が良いだろう。だからこそ、俺は即位した暁には、あの人を王妃として俺の後宮に迎えたい。
確かに、あのときは、もっともな言い分だと納得し承知した。だが、今となっては、この自分がまんまと二十歳にも満たぬ若造にしてやられたとの感が強い。
王の狙いはすべて王太子を手に入れるためだった。恐らくだが、王太子の秘密を知る者の一人として、王は人知れず美しい王太子に恋慕していたのだろう。この機に乗じて、反元派の陰謀に荷担したと見せかけ、まんまと望みのものを手に入れたというわけだ。
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