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秘花㊵
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
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二人だけの祝言と涙の別離
狭い室内はどこか荘厳ともいえる空気が満ちている。灯りといえば燭台一つしかない。淡い光がやわらかな影を壁に映し出す。
川から帰ってきた後、二人は数匹釣れた魚を料理して、ささやかな夕餉を早めに済ませた。それからジュチは残りの魚を籠に入れて、四半刻かけて隣家まで赴いた。
戻ってきたジュチの腕には魚の代わりに、安物の酒と鄙の村には不似合いすぎるようにな美しい薄物の布が後生大切そうに抱えられていた。
ジュチは隣家まで行き、魚の代わりに酒と美しい布を得てきたのである。隣家の女房は仕立屋を生業(なりわい)としている。そのため、様々な布を持っていて、中には隣町どころか都まで行かなければ手に入らないという元国渡りの珍しい絹布も持っていた。
燭台だけ照らす狭い室で、今、賢とジュチは向かい合って端座していた。ジュチも賢も共に木春菊で編んだ花冠を被っている。賢が彼と違っているのは隣家で調達してきた紗の薄布(ベール)を花冠の下に付けて垂らしているところだ。
薄布は長く賢の腰の辺りまで届く。艶やかな黒髪がその下を流れ、乙女の純潔を象徴するかのような純白の小花の冠がその頭上を飾っていた。
その他は二人とも普段着のままである。婚礼衣装も何もない。立ち合い人も誰ひとりおらず、本当に新郎新婦だけの祝言であった。
向かい合った二人は互いに深々と一礼した。ジュチが酒瓶から盃に酒を注ぎ、賢に渡す。今度は賢がジュチの盃に注いだ。もう一度礼をしてから、盃に口をつける。ジュチが一挙に煽ったのに対し、賢はひと口含んだだけで忽ち噎せてしまった。
王子として育ちはしたが、酒は受け付けない質なのだ。コホコホと咳き込む賢を見て、ジュチが側に寄った。
「苦しいですか? 無理はしないで下さいと申し上げましたのに」
長年、側に仕えたジュチは賢が酒を受け付けないことを知っている。だから、無理をする必要はないと言ってくれたのに、せめて夫婦固めの誓いの盃だけは飲むと言ったのは賢の方だ。
「大丈夫」
賢は涙眼でジュチを見上げた。
薄い闇の中で、二人のまなざしが交わる。ふいに、ジュチがゴクリと喉を鳴らした。
「口付けても良いですか?」
賢は頬を染めて頷いた。
ふいに強い力で抱き寄せられ、唇を奪われた。途中で息苦しくなっても、昼のようにジュチは止めなかった。後頭部にはジュチの手が回され、しっかりと固定されているため、身動きもできない。
ジュチは角度を変えながら、深く口付けられる体勢を探しているようだ。不思議なことに、賢の方も昼間のようにジュチを怖いとは思わなかった。飢えた獣に喰らい尽くされるような獰猛な口付け(キス)も、ここまでジュチが自分を求めてくれていると思えば嬉しい。
長い口付けを解(ほど)いた後、ジュチはついに彼のものとなった賢を見つめた。長い口付けで、賢の紅を乗せた唇はぷっくりと腫れ、黒曜石の瞳は潤んでいた。
「信じられない。あなたが私の妻になって下さっただなんて。まだ夢を見ているようだ。次に目覚めれば、あなたはいなくなって、私は幸せな夢を見ていただけではないのでしょうか」
賢は微笑む。
「僕はどこにも行かない。ずっとジュチの側にいる」
これは夢じゃないよ。賢は囁き、ジュチの頬をつたう涙を手のひらでぬぐった。その小さな手をジュチの大きな手が捉えた。
「済みません、初めての夜だから、ちゃんと手順を踏んだ方が良いとは思うのですが、どうも布団を敷くまで待てそうにありません。ここでも構いませんか?」
律儀に訊いてくるのが、いかにもジュチらしい。賢はクスリと笑って頷いた。ジュチならば、安心して、すべてを委ねられる。心配は要らないと思った。
それでも、優しい男は自らの上衣を脱いで床にひろげた。
「固い床では、賢華さまが痛いでしょうゆえ」
言葉が終わらない中に、賢は床に静かに押し倒された。ジュチの手によって、身に付けている衣装が次々と脱がされてゆく。ここでも、賢は自分でも信じられないことに、脱ぐのを厭うどころか、途中からはジュチに協力して彼が脱がせやすい体勢を取ったりした。
やがて、淡い燭台に賢の清らかな裸身が浮かび上がった。冬に降り積もる雪のように透き通るすべらかな膚、胸の双つの膨らみはまだ発達途上ではあるが、既にこんもりと小山のように盛り上がって頂は春に咲く桜色に染まっている。
狭い室内はどこか荘厳ともいえる空気が満ちている。灯りといえば燭台一つしかない。淡い光がやわらかな影を壁に映し出す。
川から帰ってきた後、二人は数匹釣れた魚を料理して、ささやかな夕餉を早めに済ませた。それからジュチは残りの魚を籠に入れて、四半刻かけて隣家まで赴いた。
戻ってきたジュチの腕には魚の代わりに、安物の酒と鄙の村には不似合いすぎるようにな美しい薄物の布が後生大切そうに抱えられていた。
ジュチは隣家まで行き、魚の代わりに酒と美しい布を得てきたのである。隣家の女房は仕立屋を生業(なりわい)としている。そのため、様々な布を持っていて、中には隣町どころか都まで行かなければ手に入らないという元国渡りの珍しい絹布も持っていた。
燭台だけ照らす狭い室で、今、賢とジュチは向かい合って端座していた。ジュチも賢も共に木春菊で編んだ花冠を被っている。賢が彼と違っているのは隣家で調達してきた紗の薄布(ベール)を花冠の下に付けて垂らしているところだ。
薄布は長く賢の腰の辺りまで届く。艶やかな黒髪がその下を流れ、乙女の純潔を象徴するかのような純白の小花の冠がその頭上を飾っていた。
その他は二人とも普段着のままである。婚礼衣装も何もない。立ち合い人も誰ひとりおらず、本当に新郎新婦だけの祝言であった。
向かい合った二人は互いに深々と一礼した。ジュチが酒瓶から盃に酒を注ぎ、賢に渡す。今度は賢がジュチの盃に注いだ。もう一度礼をしてから、盃に口をつける。ジュチが一挙に煽ったのに対し、賢はひと口含んだだけで忽ち噎せてしまった。
王子として育ちはしたが、酒は受け付けない質なのだ。コホコホと咳き込む賢を見て、ジュチが側に寄った。
「苦しいですか? 無理はしないで下さいと申し上げましたのに」
長年、側に仕えたジュチは賢が酒を受け付けないことを知っている。だから、無理をする必要はないと言ってくれたのに、せめて夫婦固めの誓いの盃だけは飲むと言ったのは賢の方だ。
「大丈夫」
賢は涙眼でジュチを見上げた。
薄い闇の中で、二人のまなざしが交わる。ふいに、ジュチがゴクリと喉を鳴らした。
「口付けても良いですか?」
賢は頬を染めて頷いた。
ふいに強い力で抱き寄せられ、唇を奪われた。途中で息苦しくなっても、昼のようにジュチは止めなかった。後頭部にはジュチの手が回され、しっかりと固定されているため、身動きもできない。
ジュチは角度を変えながら、深く口付けられる体勢を探しているようだ。不思議なことに、賢の方も昼間のようにジュチを怖いとは思わなかった。飢えた獣に喰らい尽くされるような獰猛な口付け(キス)も、ここまでジュチが自分を求めてくれていると思えば嬉しい。
長い口付けを解(ほど)いた後、ジュチはついに彼のものとなった賢を見つめた。長い口付けで、賢の紅を乗せた唇はぷっくりと腫れ、黒曜石の瞳は潤んでいた。
「信じられない。あなたが私の妻になって下さっただなんて。まだ夢を見ているようだ。次に目覚めれば、あなたはいなくなって、私は幸せな夢を見ていただけではないのでしょうか」
賢は微笑む。
「僕はどこにも行かない。ずっとジュチの側にいる」
これは夢じゃないよ。賢は囁き、ジュチの頬をつたう涙を手のひらでぬぐった。その小さな手をジュチの大きな手が捉えた。
「済みません、初めての夜だから、ちゃんと手順を踏んだ方が良いとは思うのですが、どうも布団を敷くまで待てそうにありません。ここでも構いませんか?」
律儀に訊いてくるのが、いかにもジュチらしい。賢はクスリと笑って頷いた。ジュチならば、安心して、すべてを委ねられる。心配は要らないと思った。
それでも、優しい男は自らの上衣を脱いで床にひろげた。
「固い床では、賢華さまが痛いでしょうゆえ」
言葉が終わらない中に、賢は床に静かに押し倒された。ジュチの手によって、身に付けている衣装が次々と脱がされてゆく。ここでも、賢は自分でも信じられないことに、脱ぐのを厭うどころか、途中からはジュチに協力して彼が脱がせやすい体勢を取ったりした。
やがて、淡い燭台に賢の清らかな裸身が浮かび上がった。冬に降り積もる雪のように透き通るすべらかな膚、胸の双つの膨らみはまだ発達途上ではあるが、既にこんもりと小山のように盛り上がって頂は春に咲く桜色に染まっている。
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