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秘花㉙
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
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そうやってほぼ一日中、休むこともなく働き通しだ。ジュチに比べて、賢はろくに役に立ちもしない。せいぜいが近くの川で洗濯をしたりする程度のものだ。料理も満足にできないため、ジュチは三度の食事まで拵えていた。
その合間には村を回り、薬草や草鞋を売るが、小さな村の人口はたかが知れていて、それだけは儲けにもならない。そのため、更に歩いて一刻もかかる一番近い町まで薬草と草鞋を売りに行っていた。
「昔からジュチには何でも見抜かれてたものね」
賢は笑いながら言った。
「何で泣いていたのですか?」
ジュチは採ってきた薬草を手際よくより分けている。賢は早口で言った。
「何でもない」
ジュチが心配そうに見ているのにも気付かず、賢は並べられた薬草に眼を丸くした。
「ジュチは本当に何でもできるんだね」
「たいしたことは何もできないですけどね」
追っ手の眼を欺く目的で、賢はずっと娘姿で過ごしている。また村でも夫婦で通しているからには、女の格好でなければ不自然だ。都から着てきた絹の服はジュチに町で売ってきて貰った。田舎暮らしで豪奢な服は無用だ。何もできない代わりに、せめて服でも売って生活の足しにして欲しいと自ら頼んだのである。
もちろんジュチは良い顔をしなかった。
―賢華さまはそんなことを心配なさらないで良いんですよ。
優しくたしなめたが、これだけは賢も譲らなかった。
ジュチは代わりに庶民の娘が着る質素な衣服を調達してきてくれた。今は、それを身につけている。
粗末ではあるけれど明るい色柄の服は、十八歳という賢の娘らしさを引き立てている。髪も垂らして両脇だけを結んで小さなリボンをつけていた。
ジュチがそんな賢を見て、眩しげに眼を細めた。
「その花冠、よくお似合いです」
「これ―」
賢は花冠を付けたままだったことを思い出した。
「すっかり忘れてたよ」
笑いながら花冠を外そうとするのに、ジュチが止めた。
「折角よく似合っているのに、勿体ない」
「でも、子どもじゃあるまいし、いつまでも付けているのも変だ」
ジュチが眼を細めたまま呟いた。
「子どもには見えませんよ。そうですね、嫁ぐ晴れの日を迎えた花嫁といった風情です」
ジュチがどこか、はるか彼方を見つめるような瞳になった。
「私が幼い頃、まだ宦官になる前ですが、隣の綺麗なお姉さんに憧れていました。七つ、八つくらい年上でしたか。ある日、突然、いなくなって随分と泣きましたっけ」
「その女(ひと)は、どうしたの?」
興味を誘われて問えば、ジュチは苦笑した。
「嫁にいったんです。それはもう綺麗な花嫁さんでした。いつもは質素な服しか着ていませんでしたけど、その日は華やかな婚礼衣装を着て輝くように綺麗に見えました」
賢は微笑んだ。
「ジュチが子どもの頃のことを話してくれるなんて、珍しいな」
「そうですね、宦官になったときから、私はそれまでの人生はすべて棄てたつもりでしたから」
生活のために、男であること、男として生きることを諦めたジュチの心根を思うと、居たたまれない。どこか諦観と哀しみの滲んだ呟きに、賢は切なくなった。
「ジュチ―」
呼びかけると、ジュチが笑った。
「申し訳ありませんでした。つまらない昔話をお聞かせしてしまいました」
「ううん、そんなことはないよ。ジュチの子どもの頃の話をもっと聞きたい」
それは本心からの言葉だった。まだ宦官になる前のジュチだって、ジュチの人生の大切な一部に違いない。それを棄ててしまうだなんて、哀しすぎる。
賢が小首を傾げてジュチを見つめると、ジュチが頬を赤らめた。
「賢華さま、このようなことを申し上げたら、きっとお怒りになるのは承知でお願いします」
ジュチは彼らしくもなく紅い顔でそっぽを向いた。
「その花冠を被って、花嫁になっては頂けませんか」
「それはどういう意味?」
賢は丸い大きな瞳を一杯に見開いてジュチを見つめた。
その合間には村を回り、薬草や草鞋を売るが、小さな村の人口はたかが知れていて、それだけは儲けにもならない。そのため、更に歩いて一刻もかかる一番近い町まで薬草と草鞋を売りに行っていた。
「昔からジュチには何でも見抜かれてたものね」
賢は笑いながら言った。
「何で泣いていたのですか?」
ジュチは採ってきた薬草を手際よくより分けている。賢は早口で言った。
「何でもない」
ジュチが心配そうに見ているのにも気付かず、賢は並べられた薬草に眼を丸くした。
「ジュチは本当に何でもできるんだね」
「たいしたことは何もできないですけどね」
追っ手の眼を欺く目的で、賢はずっと娘姿で過ごしている。また村でも夫婦で通しているからには、女の格好でなければ不自然だ。都から着てきた絹の服はジュチに町で売ってきて貰った。田舎暮らしで豪奢な服は無用だ。何もできない代わりに、せめて服でも売って生活の足しにして欲しいと自ら頼んだのである。
もちろんジュチは良い顔をしなかった。
―賢華さまはそんなことを心配なさらないで良いんですよ。
優しくたしなめたが、これだけは賢も譲らなかった。
ジュチは代わりに庶民の娘が着る質素な衣服を調達してきてくれた。今は、それを身につけている。
粗末ではあるけれど明るい色柄の服は、十八歳という賢の娘らしさを引き立てている。髪も垂らして両脇だけを結んで小さなリボンをつけていた。
ジュチがそんな賢を見て、眩しげに眼を細めた。
「その花冠、よくお似合いです」
「これ―」
賢は花冠を付けたままだったことを思い出した。
「すっかり忘れてたよ」
笑いながら花冠を外そうとするのに、ジュチが止めた。
「折角よく似合っているのに、勿体ない」
「でも、子どもじゃあるまいし、いつまでも付けているのも変だ」
ジュチが眼を細めたまま呟いた。
「子どもには見えませんよ。そうですね、嫁ぐ晴れの日を迎えた花嫁といった風情です」
ジュチがどこか、はるか彼方を見つめるような瞳になった。
「私が幼い頃、まだ宦官になる前ですが、隣の綺麗なお姉さんに憧れていました。七つ、八つくらい年上でしたか。ある日、突然、いなくなって随分と泣きましたっけ」
「その女(ひと)は、どうしたの?」
興味を誘われて問えば、ジュチは苦笑した。
「嫁にいったんです。それはもう綺麗な花嫁さんでした。いつもは質素な服しか着ていませんでしたけど、その日は華やかな婚礼衣装を着て輝くように綺麗に見えました」
賢は微笑んだ。
「ジュチが子どもの頃のことを話してくれるなんて、珍しいな」
「そうですね、宦官になったときから、私はそれまでの人生はすべて棄てたつもりでしたから」
生活のために、男であること、男として生きることを諦めたジュチの心根を思うと、居たたまれない。どこか諦観と哀しみの滲んだ呟きに、賢は切なくなった。
「ジュチ―」
呼びかけると、ジュチが笑った。
「申し訳ありませんでした。つまらない昔話をお聞かせしてしまいました」
「ううん、そんなことはないよ。ジュチの子どもの頃の話をもっと聞きたい」
それは本心からの言葉だった。まだ宦官になる前のジュチだって、ジュチの人生の大切な一部に違いない。それを棄ててしまうだなんて、哀しすぎる。
賢が小首を傾げてジュチを見つめると、ジュチが頬を赤らめた。
「賢華さま、このようなことを申し上げたら、きっとお怒りになるのは承知でお願いします」
ジュチは彼らしくもなく紅い顔でそっぽを向いた。
「その花冠を被って、花嫁になっては頂けませんか」
「それはどういう意味?」
賢は丸い大きな瞳を一杯に見開いてジュチを見つめた。
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