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秘花③
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
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そして、王から聞かされた真実。その重みに、乾はどれほど驚愕したことか。
あの秘密を知ってしまえば、乾がこれまで抱いていた疑問はあっさりと解けた。何故、同じ歳の従兄がいつまでも線が細く華奢なのか? もっとも、十歳といえばまだ子どもだ。特にこの時期の成長は個人差があるから、従兄がいまだに少女のような体軀なのは、さほど不自然とはいえないかもしれない。
それでも、何かが違うと感じていた違和感の正体は明らかになった。
だからと、あの日の王とのやり取りを思い出していた乾は長い物想いから我が身を解き放った。
賢が〝女みたいに花冠を作って悦んだ〟としても、それはおかしなことではない。
乾は視線をそれとなく従兄に移した。賢はどうやら花冠が出来上がったらしく、乾の視線に気付くと、にっこりと花冠を掲げて笑った。
乾は眩しいものでも見るようにその笑顔を見つめた。
賢、俺だけの従兄。伯父から従兄の秘密を聞かされた日から、乾は従兄をこれまでのように〝兄〟と呼ぶのを止めようとした。けれど、事情を知らない賢は哀しげな表情(かお)をした。
―乾、何故、僕を兄とは呼んでくれないんだ?
大好きな賢の泣きそうな顔は見たくないから、乾は今までのように〝兄〟と今も呼んでいる。
「ね、綺麗だろう? こっちへ来て」
促され、乾は従兄に近づいた。従兄がそっと乾の頭に花冠を乗せる。
「うわあ、よく似合うよ?」
無邪気に悦ぶ従兄に、乾はむくれてみせる。
「おい、俺はこんなものを頭に被って歓びはしないぞ」
「そうか? 僕が見る限り、とてもよく似合ってるけどね」
「こいつ」
乾は従兄の身体を引き寄せて、殴る真似をする。もちろん、乱暴な真似はしない。こんなか弱い存在は守ってやらねばならないのだから。
引き寄せた従兄の身体は柔らかく、どこか優しく甘い花の香りがした。ずっとこのまま抱きしめていたい想いに駆られたものの、従兄が窮屈そうに身を捩るので、仕方なく放した。
「僕はここが大好きだ」
従兄が嬉しげに周囲を見回す。その声に応えるかのように、二人を囲む一面の花たちが優しく風にそよいだ。
「木春菊(マーガレット)、か」
初夏から夏にかけて咲く木春菊は、この辺りに自生する花だ。ここは王都から馬を走らせて一時間ほどの郊外、人家も農家がまばらにある長閑な田舎である。この川のほとりは殊に賢のお気に入りの場所であった。
二人とも、王族男子のたしなみとして、乗馬の稽古は早くから受けている。それぞれの身体の大きさに合った駿馬を王から与えられていた。
そこで、乾はふと思いついて木春菊の花冠を賢の頭に乗せた。白い可憐な小花を繋いだ冠は、賢にこそふさわしく、よく似合う。蒼い男子の服を着ていても、その花冠を付けただけで、賢の少女めいた可憐な容姿は花の精のように見えた。
「綺麗だ」
乾はうっとりとその可憐な姿に見惚れた。
「まるで花嫁のようだな」
一ヶ月前、王族の娘が臣下に降嫁したときのことを思い出す。自分たちより五つ年上の少女が婚礼の日に纏っていた花嫁衣装は美々しかったけれど、今の賢の方がよほど綺麗だと乾は思った。
と、賢はその褒め言葉が気に入らなかったらしい。
「僕は女じゃないよ、乾」
頬を膨らませる賢が可愛くて、乾はそのふっくらとした頬をつついた。
「うん、そうだな。でも、兄だって、いつか結婚するだろ?」
「結婚?」
まるで未知の世界の言葉を初めて聞いたかのように、従兄は可愛い顔をしかめた。
「そう、兄はいずれ、この国の王となるんだぞ。王は妃を迎えて跡継ぎを儲けなきゃいけないんだ」
乾自身もまだ十歳の子どもだ。その子どもが世を知ったような訳知り顔で言った。
だが、ふと、その時、思った。秘密を抱えた賢が果たして結婚できるのだろうか。その相手は賢の秘密を知った者でなければならないはずだ―。
「僕は結婚はしないよ」
いきなりの発言に、乾は引いた。一国の王太子としては、あまりにも己れの立場を顧みない言葉だ。
あの秘密を知ってしまえば、乾がこれまで抱いていた疑問はあっさりと解けた。何故、同じ歳の従兄がいつまでも線が細く華奢なのか? もっとも、十歳といえばまだ子どもだ。特にこの時期の成長は個人差があるから、従兄がいまだに少女のような体軀なのは、さほど不自然とはいえないかもしれない。
それでも、何かが違うと感じていた違和感の正体は明らかになった。
だからと、あの日の王とのやり取りを思い出していた乾は長い物想いから我が身を解き放った。
賢が〝女みたいに花冠を作って悦んだ〟としても、それはおかしなことではない。
乾は視線をそれとなく従兄に移した。賢はどうやら花冠が出来上がったらしく、乾の視線に気付くと、にっこりと花冠を掲げて笑った。
乾は眩しいものでも見るようにその笑顔を見つめた。
賢、俺だけの従兄。伯父から従兄の秘密を聞かされた日から、乾は従兄をこれまでのように〝兄〟と呼ぶのを止めようとした。けれど、事情を知らない賢は哀しげな表情(かお)をした。
―乾、何故、僕を兄とは呼んでくれないんだ?
大好きな賢の泣きそうな顔は見たくないから、乾は今までのように〝兄〟と今も呼んでいる。
「ね、綺麗だろう? こっちへ来て」
促され、乾は従兄に近づいた。従兄がそっと乾の頭に花冠を乗せる。
「うわあ、よく似合うよ?」
無邪気に悦ぶ従兄に、乾はむくれてみせる。
「おい、俺はこんなものを頭に被って歓びはしないぞ」
「そうか? 僕が見る限り、とてもよく似合ってるけどね」
「こいつ」
乾は従兄の身体を引き寄せて、殴る真似をする。もちろん、乱暴な真似はしない。こんなか弱い存在は守ってやらねばならないのだから。
引き寄せた従兄の身体は柔らかく、どこか優しく甘い花の香りがした。ずっとこのまま抱きしめていたい想いに駆られたものの、従兄が窮屈そうに身を捩るので、仕方なく放した。
「僕はここが大好きだ」
従兄が嬉しげに周囲を見回す。その声に応えるかのように、二人を囲む一面の花たちが優しく風にそよいだ。
「木春菊(マーガレット)、か」
初夏から夏にかけて咲く木春菊は、この辺りに自生する花だ。ここは王都から馬を走らせて一時間ほどの郊外、人家も農家がまばらにある長閑な田舎である。この川のほとりは殊に賢のお気に入りの場所であった。
二人とも、王族男子のたしなみとして、乗馬の稽古は早くから受けている。それぞれの身体の大きさに合った駿馬を王から与えられていた。
そこで、乾はふと思いついて木春菊の花冠を賢の頭に乗せた。白い可憐な小花を繋いだ冠は、賢にこそふさわしく、よく似合う。蒼い男子の服を着ていても、その花冠を付けただけで、賢の少女めいた可憐な容姿は花の精のように見えた。
「綺麗だ」
乾はうっとりとその可憐な姿に見惚れた。
「まるで花嫁のようだな」
一ヶ月前、王族の娘が臣下に降嫁したときのことを思い出す。自分たちより五つ年上の少女が婚礼の日に纏っていた花嫁衣装は美々しかったけれど、今の賢の方がよほど綺麗だと乾は思った。
と、賢はその褒め言葉が気に入らなかったらしい。
「僕は女じゃないよ、乾」
頬を膨らませる賢が可愛くて、乾はそのふっくらとした頬をつついた。
「うん、そうだな。でも、兄だって、いつか結婚するだろ?」
「結婚?」
まるで未知の世界の言葉を初めて聞いたかのように、従兄は可愛い顔をしかめた。
「そう、兄はいずれ、この国の王となるんだぞ。王は妃を迎えて跡継ぎを儲けなきゃいけないんだ」
乾自身もまだ十歳の子どもだ。その子どもが世を知ったような訳知り顔で言った。
だが、ふと、その時、思った。秘密を抱えた賢が果たして結婚できるのだろうか。その相手は賢の秘密を知った者でなければならないはずだ―。
「僕は結婚はしないよ」
いきなりの発言に、乾は引いた。一国の王太子としては、あまりにも己れの立場を顧みない言葉だ。
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