3 / 108
秘花③
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
しおりを挟む
そして、王から聞かされた真実。その重みに、乾はどれほど驚愕したことか。
あの秘密を知ってしまえば、乾がこれまで抱いていた疑問はあっさりと解けた。何故、同じ歳の従兄がいつまでも線が細く華奢なのか? もっとも、十歳といえばまだ子どもだ。特にこの時期の成長は個人差があるから、従兄がいまだに少女のような体軀なのは、さほど不自然とはいえないかもしれない。
それでも、何かが違うと感じていた違和感の正体は明らかになった。
だからと、あの日の王とのやり取りを思い出していた乾は長い物想いから我が身を解き放った。
賢が〝女みたいに花冠を作って悦んだ〟としても、それはおかしなことではない。
乾は視線をそれとなく従兄に移した。賢はどうやら花冠が出来上がったらしく、乾の視線に気付くと、にっこりと花冠を掲げて笑った。
乾は眩しいものでも見るようにその笑顔を見つめた。
賢、俺だけの従兄。伯父から従兄の秘密を聞かされた日から、乾は従兄をこれまでのように〝兄〟と呼ぶのを止めようとした。けれど、事情を知らない賢は哀しげな表情(かお)をした。
―乾、何故、僕を兄とは呼んでくれないんだ?
大好きな賢の泣きそうな顔は見たくないから、乾は今までのように〝兄〟と今も呼んでいる。
「ね、綺麗だろう? こっちへ来て」
促され、乾は従兄に近づいた。従兄がそっと乾の頭に花冠を乗せる。
「うわあ、よく似合うよ?」
無邪気に悦ぶ従兄に、乾はむくれてみせる。
「おい、俺はこんなものを頭に被って歓びはしないぞ」
「そうか? 僕が見る限り、とてもよく似合ってるけどね」
「こいつ」
乾は従兄の身体を引き寄せて、殴る真似をする。もちろん、乱暴な真似はしない。こんなか弱い存在は守ってやらねばならないのだから。
引き寄せた従兄の身体は柔らかく、どこか優しく甘い花の香りがした。ずっとこのまま抱きしめていたい想いに駆られたものの、従兄が窮屈そうに身を捩るので、仕方なく放した。
「僕はここが大好きだ」
従兄が嬉しげに周囲を見回す。その声に応えるかのように、二人を囲む一面の花たちが優しく風にそよいだ。
「木春菊(マーガレット)、か」
初夏から夏にかけて咲く木春菊は、この辺りに自生する花だ。ここは王都から馬を走らせて一時間ほどの郊外、人家も農家がまばらにある長閑な田舎である。この川のほとりは殊に賢のお気に入りの場所であった。
二人とも、王族男子のたしなみとして、乗馬の稽古は早くから受けている。それぞれの身体の大きさに合った駿馬を王から与えられていた。
そこで、乾はふと思いついて木春菊の花冠を賢の頭に乗せた。白い可憐な小花を繋いだ冠は、賢にこそふさわしく、よく似合う。蒼い男子の服を着ていても、その花冠を付けただけで、賢の少女めいた可憐な容姿は花の精のように見えた。
「綺麗だ」
乾はうっとりとその可憐な姿に見惚れた。
「まるで花嫁のようだな」
一ヶ月前、王族の娘が臣下に降嫁したときのことを思い出す。自分たちより五つ年上の少女が婚礼の日に纏っていた花嫁衣装は美々しかったけれど、今の賢の方がよほど綺麗だと乾は思った。
と、賢はその褒め言葉が気に入らなかったらしい。
「僕は女じゃないよ、乾」
頬を膨らませる賢が可愛くて、乾はそのふっくらとした頬をつついた。
「うん、そうだな。でも、兄だって、いつか結婚するだろ?」
「結婚?」
まるで未知の世界の言葉を初めて聞いたかのように、従兄は可愛い顔をしかめた。
「そう、兄はいずれ、この国の王となるんだぞ。王は妃を迎えて跡継ぎを儲けなきゃいけないんだ」
乾自身もまだ十歳の子どもだ。その子どもが世を知ったような訳知り顔で言った。
だが、ふと、その時、思った。秘密を抱えた賢が果たして結婚できるのだろうか。その相手は賢の秘密を知った者でなければならないはずだ―。
「僕は結婚はしないよ」
いきなりの発言に、乾は引いた。一国の王太子としては、あまりにも己れの立場を顧みない言葉だ。
あの秘密を知ってしまえば、乾がこれまで抱いていた疑問はあっさりと解けた。何故、同じ歳の従兄がいつまでも線が細く華奢なのか? もっとも、十歳といえばまだ子どもだ。特にこの時期の成長は個人差があるから、従兄がいまだに少女のような体軀なのは、さほど不自然とはいえないかもしれない。
それでも、何かが違うと感じていた違和感の正体は明らかになった。
だからと、あの日の王とのやり取りを思い出していた乾は長い物想いから我が身を解き放った。
賢が〝女みたいに花冠を作って悦んだ〟としても、それはおかしなことではない。
乾は視線をそれとなく従兄に移した。賢はどうやら花冠が出来上がったらしく、乾の視線に気付くと、にっこりと花冠を掲げて笑った。
乾は眩しいものでも見るようにその笑顔を見つめた。
賢、俺だけの従兄。伯父から従兄の秘密を聞かされた日から、乾は従兄をこれまでのように〝兄〟と呼ぶのを止めようとした。けれど、事情を知らない賢は哀しげな表情(かお)をした。
―乾、何故、僕を兄とは呼んでくれないんだ?
大好きな賢の泣きそうな顔は見たくないから、乾は今までのように〝兄〟と今も呼んでいる。
「ね、綺麗だろう? こっちへ来て」
促され、乾は従兄に近づいた。従兄がそっと乾の頭に花冠を乗せる。
「うわあ、よく似合うよ?」
無邪気に悦ぶ従兄に、乾はむくれてみせる。
「おい、俺はこんなものを頭に被って歓びはしないぞ」
「そうか? 僕が見る限り、とてもよく似合ってるけどね」
「こいつ」
乾は従兄の身体を引き寄せて、殴る真似をする。もちろん、乱暴な真似はしない。こんなか弱い存在は守ってやらねばならないのだから。
引き寄せた従兄の身体は柔らかく、どこか優しく甘い花の香りがした。ずっとこのまま抱きしめていたい想いに駆られたものの、従兄が窮屈そうに身を捩るので、仕方なく放した。
「僕はここが大好きだ」
従兄が嬉しげに周囲を見回す。その声に応えるかのように、二人を囲む一面の花たちが優しく風にそよいだ。
「木春菊(マーガレット)、か」
初夏から夏にかけて咲く木春菊は、この辺りに自生する花だ。ここは王都から馬を走らせて一時間ほどの郊外、人家も農家がまばらにある長閑な田舎である。この川のほとりは殊に賢のお気に入りの場所であった。
二人とも、王族男子のたしなみとして、乗馬の稽古は早くから受けている。それぞれの身体の大きさに合った駿馬を王から与えられていた。
そこで、乾はふと思いついて木春菊の花冠を賢の頭に乗せた。白い可憐な小花を繋いだ冠は、賢にこそふさわしく、よく似合う。蒼い男子の服を着ていても、その花冠を付けただけで、賢の少女めいた可憐な容姿は花の精のように見えた。
「綺麗だ」
乾はうっとりとその可憐な姿に見惚れた。
「まるで花嫁のようだな」
一ヶ月前、王族の娘が臣下に降嫁したときのことを思い出す。自分たちより五つ年上の少女が婚礼の日に纏っていた花嫁衣装は美々しかったけれど、今の賢の方がよほど綺麗だと乾は思った。
と、賢はその褒め言葉が気に入らなかったらしい。
「僕は女じゃないよ、乾」
頬を膨らませる賢が可愛くて、乾はそのふっくらとした頬をつついた。
「うん、そうだな。でも、兄だって、いつか結婚するだろ?」
「結婚?」
まるで未知の世界の言葉を初めて聞いたかのように、従兄は可愛い顔をしかめた。
「そう、兄はいずれ、この国の王となるんだぞ。王は妃を迎えて跡継ぎを儲けなきゃいけないんだ」
乾自身もまだ十歳の子どもだ。その子どもが世を知ったような訳知り顔で言った。
だが、ふと、その時、思った。秘密を抱えた賢が果たして結婚できるのだろうか。その相手は賢の秘密を知った者でなければならないはずだ―。
「僕は結婚はしないよ」
いきなりの発言に、乾は引いた。一国の王太子としては、あまりにも己れの立場を顧みない言葉だ。
1
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説




それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる