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秘花②

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

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 しかし、皇女といっても、皇帝の縁戚である王室の娘が送られてくることが多く、皇帝直系の娘が嫁いでくることは稀であった。元国人は高麗人を見下しているし、元の王室の娘たちは皆、好んで高麗に嫁いできたがるはずもない。実際、高麗王に嫁いできた皇女たちの中には高麗の後宮で孤立し、良人である王からさえも冷遇されて、不遇の中に亡くなった姫も少なくはない。
 だが、王尚の妻となった永国公主は違った。
―父上、私は是非、海の向こうの高麗という国に行ってみとうございます。
 黒い瞳を輝かせて父皇帝に自ら頼み込んだ。当初はやはり先例にのっとり、王族の適当な娘を遣わすつもりだった皇帝は相当に渋った。大切な愛娘を高麗なぞにくれてやることはできないと、永国公主に告げた。
 けれど、皇女は諦めず、ついには皇帝が折れて輿入れが実現したのだった。
 新しいものが好きで、好奇心旺盛な永国公主は先入観に囚われることなく、すぐに高麗に馴染んだ。そんな皇女を高麗王もこよなく愛し、夫婦仲は極めて円満であった。政略結婚でありながら、仲睦まじい国王夫妻に重臣たちも安堵と歓びを感じた。
 だが―。永国公主は一年後、第一皇子を出産後、数日を経て亡くなった。当時の出産は女性にとって生命賭けであった。凄まじい難産で生まれた皇子もまた仮死状態で、産声さえあげなかった。母子共に絶望かと周囲が落胆した中、赤児が弱々しい泣き声を上げた。
 愛娘の出産と訃報を順帝は遠く離れた元で聞くことになった。
―高麗なぞにやるのではなかった。
 皇帝は涙を流し、高麗にはるばる嫁ぐときに抱擁を交わした娘を思い出した。
―あれが最後になるとは、よもや想像だにしなかったものを。
 その分、愛娘が残した幼い王子に対する関心と愛情は大きかった。高麗では王の即位だけでなく、王太子の冊立ですら元の承認を必要とする。通常であれば、使者を出してもなかなか元の容認を得られないのに、賢の場合は違った。順帝は生後まもない賢を直ちに世子に立てるように高麗王に命じた。
―娘が我が生命と引き替えにこの世に送り出した皇子ぞ。たとえ王子の父である高麗王だとて、朕(わたし)の孫を粗略に扱えば、ただでは済まさぬ。
 皇帝のひと言で、賢は生後一ヶ月で世子に冊立された。
 つまり、王太子賢は元の皇帝を外祖父に持ち、元の嫡出の皇女を母に持つゆえに、高麗の王子とはいえ、その半分の血は元国人であった。
 しかし、実のところ、ほんの子どもにすぎない賢と乾にとって、大人たちの思惑も高麗と元の関係も、たいした意味は持たなかった。乾は優しい従兄を兄のように慕っていたし、高麗王は王太子と乾を分け隔て無く息子のように扱って育てた。だから、乾と王太子はいつどこに行くにも一緒だったのだ。
 乾は従兄にとって自分がいちばん近い存在であると自負していた。
 そんなある日、伯父である王に呼び出されたのだが―、その場に当然同席すると思っていた王太子がいないことには少なからず不信感を憶えずにはいられなかった。
―殿下、世子(セジヤ)邸下(チョハ)は?
 賢と二人きりのときには慣れ親しんだ〝兄(ヒヨン)〟と呼ぶが、流石に王の御前では世子邸下と呼ぶ。だが、王は浮かぬ顔で首を振った。
―今日は、そなたとだけ話したかったのだ。
 その短い科白に、乾は俄に緊張を漲らせた。普段は穏やかで笑みを絶やさぬ伯父の顔は白く、表情は固かった。これから自分が聞こうとしている話がけして良いものではないと悟るほどの分別はある歳になっていた。
―一体、何なのでしょう?
 伯父のただならぬ様子に、つい乾までもが低声(こごえ)になっていた。
 王はゆっくりと首を振った。
―これから話すことは、けして他言は無用。
―もちろんです。国王(チユサン)殿下(チヨナー)が申してはならぬと仰せならば、私は誰にも話したりは致しません。
 その頼もしい言葉に、王は頷き、わずかに手でこめかみを揉んだ。
―また頭が痛まれるのですか?
 この頃から、病は既に王をむしばんでいたのだろうか。まだ三十代の王はしばしば頭痛を訴えることが多くなっていた。
 王は力ない笑みを浮かべた。
―いや、たいしたことはない。それより乾よ、私はそなたと世子をこれまで我が息子だと思って接してきた。
 乾は即座に頷いた。王が従兄と自分をけして区別したことがないのは当人である我が身がいちばんよく知っている。
―ゆえに、これから私が話すことは永遠にそなた一人の胸にとどめて、王太子を守ってやって欲しい。
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