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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~㊲

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「誤解しないで。私が縁談をお断りして欲しいのは、あなたを嫌っているからではなく、むしろ好ましいと思っているからです。あなたのためを思うからこそです」
 チュソンは力強い声で言った。
「そのお言葉を聞いたからには、尚更諦めることなどできません」
 王女がまた淋しげに笑った。
「あとで後悔することになっても知りませんよ」
 チュソンは、その言い方に引っかかりを憶えながらも言った。
「後悔などしません」
 それから、躊躇いがちに手を伸ばし、王女の白いほっそりとした手を取った。刹那、王女がビクッと身を震わせ手を引っ込めようとする。しかし、彼は敢えて手を離さなかった。
「ただ、あなたをお守りしたいだけなのです。
 いつか私の心をご理解頂けるように、全力を尽くすとしましょう」
「ー本当に、後悔しますよ」
 美しき王女はたったひと言残し、踵を返した。そのか細い背中はもうチュソンが何を言おうとも受け付けようとしない頑なさが滲み出ていた。
 チュソンは頭上を振り仰ぐ。今まで王女が熱心に眺めていた白藤がひっそりと彼を見下ろしている。
 叶うなら、あの花になれれば良いものを。さすれば、恋い焦がれる女人を熱い瞳でずっと見つめていられる栄誉を手にできるのに。
 チュソンは未練がましく、いつまでも藤棚の下に立っていた。
  王女に付いてきた女官は、チュソンたちの帰りが遅いので、かなり気を揉んでいたらしい。王女よりやや遅れて戻ったチュソンは、丸顔の女官から怖い顔で睨まれた。
 今日の予定はこれで終わり、王女は宮殿に輿で戻る。チュソンは馬で正門前まで送り届け、王女を乗せた女輿が正門を入るのを名残惜しい想いで見送った。

 その夜。チュソンは自室で布団に入ってからもなかなか寝付かれず、悶々とした。
 一つには、ついに意中の女人と対面できたこと、もう一つは何と言っても、王女が十年前に出逢った初恋の少女パク・ジアンであったこと。それらが彼をして興奮させていたのだ。
 だが、歓びの余波とはまったく別に、チュソンは何か釈然としないものを感じ始めていた。
 今日のやり取りを最初から反芻してみる。最初は王女にとって、自分は結婚をごり押しする嫌な男でしかないのだと思い込んでいた。けれど、どうやら王女は自分をそこまで嫌ってはいないらしい。
 むしろ、最後の方には、好ましいと思っているとまで言ってくれた。つまり好きとまではゆかなくても、好意は寄せて貰えているということだ。
 なのに何故、彼女はチュソンに縁談を断れと勧めるのか? 彼女が言うように、附馬となれば、生涯、政治の表舞台には出られないし、出世も閉ざされる。しかし、これはすべてチュソンが納得の上なのだから言うことはない。
 王女自身が自分を日陰の花に例える場面があり、あれが身を引こうとする理由かもと考えかけたけれど、どうも、しっくりこない。確かに要素の一つにはなるかもしれないが、決定的理由としては薄い気がする。
ーあとで後悔することになっても知りませんよ。
 別れ際に彼女が残したあの科白こそが、重要な手がかりになるような気がする。
 とはいえ、何を後悔する理由があるというのだろう。身分が高ければ高いほど、相思相愛で結ばれるのは難しくなる。仮に王女が本当に自分を好ましいと思うなら、男側の自分がここまで彼女を欲しいと言うのだ。滅多にないくらい理想的な結婚のはずである。
 彼女にしてみても、いつまでも嫁がず、王室の厄介者として後宮の片隅でうち捨てられる暮らしよりは、嫁ぐ方がよほど良い。王女の中には生涯を独身で通す方もごく僅かではあるがいる。しかし、大概は若い頃に国王が定めた相手に降嫁するのが倣いだ。
 降嫁先はやはり名門両班家が多く、附馬として白羽の矢が立つのは科挙の首席合格者、或いは優秀な成績で合格した若者が目立った。
ー何故なんだ?
 チュソンは何度目かの寝返りを打ち、ついに布団に身を起こした。四月下旬の深夜はまだ肌寒い。彼は室の明かりをつけ、ついでに手燭を点した。
 上着を肩から羽織り、室の扉を開けて廊下へ出る。手入れのゆき届いた廊下を辿ると、やがて廊下は吹き抜けの回廊になる。
 彼は回廊に座り込み、傍らに引っ繰り返さないように用心しながら手燭を置いた。
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