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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~㉞

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「殿下は中殿さまに遠慮されているのです」
「ー」
 王女が言わんとしていることは判らないでもなかった。央明翁主は王妃の生んだ娘ではない。彼女の生母はかつて王の寵愛を後宮で独占したという側室だ。
 正妻たる王妃が良人の愛を奪い、あまつさえ子を産んだ女を憎んでいたとしても当然だ。チュソンは王妃の美しいけれど、険のある眼許を思い出した。
 我が伯母ながら、王妃には底知れぬ怖ろしさを感じずにはいられない。気に入らぬ者、邪魔立てする者は容赦なく排除しそうな危うさもある。
 王女は淡々と言った。
「中殿さまは殿下が私に情を示すことを歓ばれません。ゆえに、普段は私に冷たい態度を示されますが、真実は違います」
 チュソンは頷いた。
「判りました。殿下は本当はお優しい父君なのですね」
 王女が微笑む。
「王妃の眼がありますから、父は私の許を大っぴらには訪れません。でも、折に触れ、珍しい果物やお菓子、時には玩具に手紙を添えて届けてくれました」
 チュソンは嘆息した。
「しかし、おかしいでしょう。殿下はこの国では至高のお方です。いかに中殿さまがご機嫌を損ねようと、そこまで遠慮される必要はないのでは」
 王女は首を振った。
「そういえば、中殿さまは吏曹正郎さまの伯母上でしたね。ですから、あの方がどれだけ怖ろしいかご存じない」
 含みのある言い方には、何か不穏なものを感じる。周囲には誰もいるはずがないのに、チュソンはつい声を落とした。
「何があったのですか」
 王女が感情の読めない瞳で彼を見た。
「私の母はお産が元で亡くなったのではありません」
「ーっ」
 チュソンは息を呑み、俄に背筋が粟立つのを感じた。
「まさか、中殿さまが」
 彼の呟きに、王女は頷いた。
「ご推察の通りです」
 翁主の母は、お産そのものは極めて軽かった。元々健康な女性で、産気づいてから一刻半で出産を終えたという。
 むろん、産後の回復も良かった。にも拘わらず、肥立ちが良くないと御殿に閉じこもったのは、ひとえに御子のためだった。
「ご存じかどうかは判りませんが、私の母とほぼ同時期に中殿さまもご出産されました。私には腹違いの兄になる御子を生まれたのですよ。ご自身の御子は儚くなったのに、私は元気そのものです。中殿さまは随分と悔しがり、死ぬなら何故、私の方が死ななかったのかとまで言われたそうです。母は中殿さまがいつ私を殺しにくるかと戦々恐々としていました」
 だから、王女を抱きしめ、日がな殿舎に閉じこもっていたというのか。
 チュソンには理解に苦しむ話だ。
「ですが、あなたは女の子でしょう。王位継承には関係ない。なのに何故、中殿さまがあなたを排除されるというのですか」
 幾ら嫉妬深い伯母でも、生後間もない赤児を手に掛けはすまい。
 王女がフと笑った。随分と儚げな笑みだ。
「ですから、あなたは王妃を理解していないと言うのです。私が一歳の誕生日を迎える前日、母は亡くなりました」
 その日、王妃から届け物があったそうだ。小麦粉と蜂蜜を混ぜて揚げた菓子で、表面には粉雪のように砂糖をまぶしてあった。
 淑媛は歓んでそれを食べ、半刻後、お付きの女官が居室を覗いたときは既に事切れていた。
 チュソンは声を震わせた。
「中殿さまが賜った揚げ菓子に毒が入っていたのですね」
 王女が静かな眼で彼を見た。
「いいえ。王妃が下さった菓子から毒は検出されませんでした」
 たとい王妃とはいえ、自らが贈った菓子を食べた直後、側室が死んだのだ。当然ながら、義禁府が一通りは調査したはずだ。
「では、何故、淑媛さまは亡くなられたのでしょう」
 チュソンの問いに、王女はうつむいた。
「揚げ菓子には、桃が細かく刻まれて練り込まれていました」
 チュソンの中で閃くものがあった。
「お母君は桃に対して拒絶反応を示す特異体質であられた?」
 王女が薄く笑う。
「流石は天下の俊英ですのね。大抵の方は、ここまでお話ししても理解はできないと思います」
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