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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~㉘

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 艶やかな黒髪は後ろで一つに編んで、やはり緑の髪飾りを付けている。どうやら、彼女は緑が好きらしいと、流石にチュソンも理解し始めていた。
 これから婚約者に何か贈るときは、是非、参考にしようと心に書き留める。
 さて、こんな場合、何と挨拶するべきか。チュソンはしばし迷った。
 できるだけ優しい印象を与えたくて、微笑を浮かべる。
「突然の結婚話に、愕かれたでしょう」
 もう一人の自分が囁く。何と我ながら、能が無い科白だ! しっかりしろ、自分。
 王女は女性にしてはかなり背が高かった。初めて見たときは遠目でよく判らなかったけれど、あのときも姉姫よりは頭一つ分、上背があった。
 央明翁主が姉姫に手取り足取り矢の投げ方を教えていたから、チュソンは央明王女が姉だと思い込んだのだ。しかし、婚約が内定後、チュソンは父から王女の生い立ちについて詳しく聞かされ、彼女が実はあまり幸福ではないのを知った。
 更に、出逢いの日、王女と一緒にいたのは妹姫ではなく姉姫で、央明翁主の方こそが妹だったのだと知ったのだ。
 央明翁主は何も言わない。特に不機嫌というわけではなさそうだが、薄く形の良い唇を引き結び、前を見つめている。
 チュソンは仕方なく言葉を継いだ。
「初めまして、というのも変ですね」
 その科白に、初めて王女が彼をまともに見た。チュソンは勇気を得て、また話し出す。
「実は私たちは、既に一度出逢っているのです」
「ーっ」
 王女には意外な言葉であったらしい。彼女の美しい面にはあからさまな驚愕が浮かんでいた。
 喋り過ぎる男は女人に嫌われると聞いた記憶がある。チュソンは急いて軽薄な男だと思われないよう、務めてゆっくりと話した。
「ふた月ほど前でしたか、私が任官して初めて王宮に上がった日です。父から中宮殿の伯母上に挨拶に伺うように言われていたので、後宮を歩いておりました。その際、あなたをお見かけしたのです」
 さて、どのような返答が返ってくるか。チュソンは楽しみに待ったが、しばらくして素っ気ない返事があっただけだ。
「そう、ですか」
 内心落胆と焦りを憶えるも、ここで撃沈するわけにもゆかない。これから夫婦として長い年月を連れ添う伴侶なのだ。互いによそよそしい関係では、チュソンだけでなく彼女にとっても不幸な結婚生活になるだろう。
 そこで、チュソンはふと思った。
 チュソンはもとより王女に恋い焦がれ、この結婚を望んだ。だが、王女の方は、どうなのだろう。恋愛結婚ではないのだから、今すぐ自分を好きになってくれと言うつもりはない。だが、顔を見るのも嫌だと言われるのでは、この先に見込みはないのだ。
 これまでは初恋が叶った歓びばかりに気を取られ、相手の気持ちまでは慮れなかった。しかし、夫婦となるなら、せめて嫌われていないことは大前提だ。
 チュソンは腹を決めた。機会を見て、彼女に訊ねてみなければならない。望まぬ結婚は、彼女を不幸にするだけだ。折角、父が纏めてくれた縁談が破談になるかもしれないが、彼女の意思を無視するわけにもゆかない。
「では、参りましょう」
 チュソンが先に立ち階段を上り始め、王女も後に続いた。最後に女官が続く。チュソンは途中で何度か振り返り、王女を気遣うのも忘れなかった。
 門をくぐると、予想外に広い敷地に立派な邸宅が建っていた。庭には使用人らしい男女が老若取り混ぜて十人ほど勢揃いしている。
 彼らは二列に向かい合い、恭しく頭を下げてチュソンと王女を迎えた。
 五十近い背の高い男が深々と頭を下げた。
「ようこそ、旦那さま。私が使用人頭を務めさせて頂くチョンスと申します」
 チュソンは愛想良く言った。
「こちらこそ、よろしく頼む」
 チョンスが慇懃に言った。
「早速、お屋敷内をご案内致します」
 チュソンはチョンスに案内され、屋敷に足を踏み入れた。王女と女官も続いた。
「こちらが旦那さまの書斎と居室です」
 チョンスは最初に屋敷の主人となるチュソンの居室に一行を連れてゆき、次に王女の居室に行った。
「こちらは奥さまのお部屋になります」
 四月のうららかな朝である。八角形に填め込まれた障子窓はすべて開け放たれ、脇に寄せられた淡い緑の帳がかすかな風に揺れていた。帳の傍らにはやはり濃い緑の蝶飾りが揺れている。
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