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闇に咲く花~王を愛した少年~56

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 更に三日を経た夜、国王光宗は突如として女官張緑花に夜伽を仰せ出(いだ)された。緑花はその夜、自室に光宗を迎えることになった。
 その前に、緑花は湯浴みを終えた。たっぷりと湯を湛えた湯舟に真紅の薔薇の花びらが浮いた風呂は、今宵、国王の褥に侍る女人のために特別に用意されたものだ。
 通常は数人の女官の介添えによって湯浴みが行われる。が、緑花が〝幼少時に患った水疱瘡の跡が酷く残っているから〟と、身体を他人に見られるのを厭うたため、結局、一人で湯浴みを終えることになった。
 湯浴みを済ませ、女官たちによって美しく化粧された緑花は白い夜着で国王を待つ。
 光宗は夜がかなり更けても、姿を現さなかった。それでも、待ち続けねばならず、整然と整えられた夜具の傍らに端座している中にも刻はどんどん過ぎてゆく。
 良い加減に待ちくたびれた頃、漸く
「国王殿下のおなり~」
 と先触れの内官の声が響き渡り、部屋の戸が外側から開いた。部屋の前の廊下には、趙尚宮を初め、提調尚宮、女官たちが控えているのだ。ここに女官長が立ち会うのは、今宵、国王との初夜を迎える緑花が首尾良く事を済ませるのを見届けるためである。
 翌朝、その事実確認を経て、緑花はやっと国王の女と認められるのだ。
 だが、その日、わざわざ待機した女官長や趙尚宮は光宗のひと声で退散せざるを得なくなった。というのも、光宗が人払いを命じたからだ。
 光宗は部屋に入ると、大股で歩いてくる。
 誠恵は端座したまま、平伏して王を迎え入れた。
 二人きりになるのは、随分と久しぶりのような気がする。九月の初めに光宗が緑花を手籠めにしようとしたあの一件、更に世子暗殺未遂と不穏な出来事が続き、到底、逢えるような雰囲気でも状態でもなかった。
 光宗が誠恵に近寄り、跪く。手をつかえたままの誠恵の頬にそっと触れると、その手はつうっと下降して顎にかかった。顎に手を添えて持ち上げられ、光宗の顔が間近に迫る。
 逢わなかったのはひと月にも満たないのに、もう一年、いや十年も逢わなかったように思えた。
「元気にしていたか?」
 穏やかな声音で問われ、誠恵は頷いた。
「そなたに逢わなかった日々がやけに長く感じられてならぬ。まるで十年も顔を見ていなかったようだ」
 誠恵はクスリと笑みを零した。
「どうした、予が何かおかしなことを申したのか?」
 光宗は意外そうに訊ねる。
 誠恵は小さく笑み、首を振る。
「ご無礼致しました。殿下、私も今、丁度、殿下と全く同じことを考えておりましたゆえ、二人とも同じであったことがおかしかったのです」
 それを聞き、光宗も笑った。
「なるほど、予もそなたも互いを恋しく思うていたと、そういうわけだな」
 その時、唐突に光宗の顔から笑みが消えた。
「―そなたは真に心からそのように思うているのか?」
 問いの意味が判らないというように小首を傾げる誠恵の表情は、あどけなくさえあった。
 時には純真無垢な少女の顔を持ち、時には色香溢れる妖艶な熟女の顔を持つ。そうやって、くるくると表情を変え、男の心を掴み意のままに操っていく魔性の女。
 それが、張緑花という少女、いや、少年だ。
 三日前、柳内官から一部始終の報告を受けた光宗はその夜、大殿から緑花の許へ渡る途中も二度とあの女(男)に騙されるものかと息巻いていた。
 だが、久しぶりに緑花の顔を見ると、どうにも柳内官の話がすべて偽りのような気がして、緑花の調子に乗せられてしまう。もちろん、内侍府の調査に間違いなど、あろうはずがない。義禁府ですら調べ得ないこと、手に負えぬ事件でも内侍府の監察部に任せれば、忽ちにして片付く―そう言われるほどの優秀な部隊なのだ。
 今もつい、緑花の顔を見た嬉しさのあまり、親しく声をかけてしまったことを悔いている。
 一方、誠恵は、急変した光宗の態度に嫌な予感を抱いていた。とはいっても、別にひと月前のように乱暴されるとか、その手の危機を感じたわけではない。ただ、光宗の自分を見る眼が以前と違って冷めたものであることに気付いたのだ。
 ひと月前のことがあるだけに、突然の夜のお召しを受けたときは不安でならなかった。が、現れた光宗の表情も態度も穏やかで、以前の誠恵がよく知る光宗に戻っていたので、ホッと胸撫で下ろしたばかりだった。
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