上 下
53 / 66

闇に咲く花~王を愛した少年~53

しおりを挟む
 布団を敷いて倒れるように横たわると、改めて今日一日の出来事が甦り、涙が溢れた。
 尚善に手籠めにされ続けた間中、泣いていて、もう涙も涸れ果てたと思うほど泣いたのに、まだ涙が出ることが自分でも不思議に思える。
 どうして、御仏は自分にこんな酷い仕打ちをなさるのだろう。自分が何の罪を犯したからといって、あそこまでの辱めを受けねばならない?
 死にたいほど辛かった、恥ずかしかった。
 自分でも見るどころか触ったこともない箇所を容赦なく暴かれ、指や舌先でかき回されたのだ。とりわけ、あの男を初めて迎え入れたときの痛みは言葉に言い尽くせないほどだった―。あまりの衝撃と激痛に涙を振り散らし、跳ねる身体をあの男は容赦なく押さえ込み、自分自身を突き入れた。
 もう、二度とあんな想いはしたくない。
 我が身が女でなくて良かったと思ったのは、これが初めてだった。あれほど何度も交わったのだ、女の身であれば、もしや、あの男の胤を宿してしまったのかもしれないと余計な心配をすることになっただろう。
 あの男が自分の胎内深くに入り込み、何度も精を放ったのだと思い出しただけで、吐き気がしそうだ。あれほどの辱めを受けて、正気でいられる我が身がむしろ不思議だ。
 ああ、このまま息絶えることができたなら、どれほど幸せだろうか。
 もう、生きていたくない。こんな穢れたままの身体で、あの男にさんざん慰み者にされた自分を光宗に見せたくない。
 だが、死は許されない。あの男は誠恵の死をけして許しはしない。〝任務〟を遂げるまでは、唯一の安息を得られる手段としての死さえ、自分には許されないのだ。
 誠恵は掛け衾(ふすま)を頭からすっぽりと被ると、枕に顔を押し当て声を殺して泣いた。
 
 誠恵が久しぶりの里帰りから戻ってきたのとほぼ同じ時刻。
 大殿では、光宗が柳内官の訪問を受けていた。ここのところ、柳内官は留守が多い。
 大殿付き内官である柳内官は普段、光宗のすぐ傍に控えており、どこにゆくにも付き従う。だが、最近は他に用事があるらしく、昼間は姿を見せない。代わりに別の内官が大殿に詰めていた。
「柳内官、話とは何だ?」
 既に夜は更け、国王の就寝の時間が近づいていた。 
「殿下、怖れながら、お人払いをお願い致します」
 柳内官が頭を下げると、光宗が頷く。
 国王に促され、傍に控えていた内官は恭しく一礼した後、静かに出ていった。
「さて、これで予と二人きりになったぞ」
 光宗が屈託なく言うのに、柳内官は小声で話し始めた。
「殿下のお怒りを買うのを承知で、ご報告させて頂きます」
「不愉快になる話なら、止めてくれ。緑花についての話もするな」
 早くも不機嫌になった光宗にも柳内官は頓着しなかった。
「私はここ半月ばかり、町へ出ておりました」
 光宗の眼付きが警告するように険しくなった。
「どういうことだ? 宮殿の外に良い女でもできたのか」
 戯れ言めいた口調とは裏腹に、眼が笑っていない。
「そう申せば、監察部の内官たちもここ半月は町に出て何かを探っているようだな。一体、何を調べている? 予は何の命も出した憶えはないが」
 柳内官は丁重に返した。
「内侍府は常に殿下と密接な拘わりを持ち、殿下の手脚となって動くために存在します。従って、たとえ殿下のご命令がなくとも、殿下のおんためであると判断すれば、独自に動くこともございます」
「つまり、そなたは王命もないのに、勝手に何かを探ってきたということだな」
 光宗はプイとそっぽを向いた。
「もう良い。今宵は退がれ。今夜は、これ以上、そなたと話さぬ方が互いのために良さそうだ」
 柳内官は取りつく島もない王の態度にも怯まなかった。
「私は、そのようには思いませぬ。殿下、どうか私の衷心よりの言葉に耳をお傾けになって下さいませ」
「衷心だと? 予の気持ちを無視したそなたの言動のどこが衷心だ?」
 光宗の烈しいまなざしが柳内官を射るように見据えた。
「殿下、私と監察部長を初め、数人の者たちで張女官について調べて参りました。ここのところ、町に頻繁に出ていたのは、そのためにございます」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

Please,Call My Name

叶けい
BL
アイドルグループ『star.b』最年長メンバーの桐谷大知はある日、同じグループのメンバーである櫻井悠貴の幼なじみの青年・雪村眞白と知り合う。眞白には難聴のハンディがあった。 何度も会ううちに、眞白に惹かれていく大知。 しかし、かつてアイドルに憧れた過去を持つ眞白の胸中は複雑だった。 大知の優しさに触れるうち、傷ついて頑なになっていた眞白の気持ちも少しずつ解けていく。 眞白もまた大知への想いを募らせるようになるが、素直に気持ちを伝えられない。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

処理中です...