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闇に咲く花~王を愛した少年~㉝
しおりを挟む露見
孫大妃が何故、誠徳君をああまで厳しく仕付けているかは、直に知れた。誠恵は暇があると、趙尚宮の部屋で老いた尚宮の脚腰を揉むことがある。誠恵が光宗の寵愛を受けるようになって、趙尚宮は〝殿下のご寵愛をお受けする方にそのようなことをして頂くとは畏れ多い〟と恐縮した。
だが、誠恵は笑った。
―私は、ただの女官にございます。趙尚宮さまには孫のように可愛がって頂いているのです。せめて、ご恩返しにこれくらいのことはさせて下さいませ。
この趙尚宮もまた、誠恵に一日も早く側室としての位階を賜るようにと勧める一人だ。むろん、誠恵の立場を思ってのことである。
思いがけず世子と遭遇した誠恵は、どうしてもあの傷のことが気になった。それで、いつものように肩を揉むついでに、趙尚宮に訊ねたのだ。
宮廷生活の長い彼女は後宮どころか、宮殿の生き字引のような存在である。複数の尚宮を統率する提調尚宮(チェジヨサングン)(後宮女官長)でさえ、この趙尚宮よりは若いのだ。
誠恵は自分が見たままを正直に打ち明けた。
「何故、大妃さまは、ご実子でいらっしゃる世子邸下を鞭打たれるのでしょう?」
「それは、そなたも子を生めば判ることでしょう」
趙尚宮は気持ち良さそうに眼を瞑り、しみじみと言った。
「もっとも、私も子など生んだこともないゆえ、実のところ、推測するしかないことですがね」
趙尚宮の言葉遣いが変わったのは、やはり、誠恵が王と夜を過ごすようになってからのことだ。最初は照れ臭いから止めて欲しいと頼んだのだが、流石に趙尚宮もこればかりは受け容れてくれなかった。
「鞭打つことが大妃さまなりの愛情なのですよ」
趙尚宮の言葉に、誠恵は我が身が幼い王子に言ったことを思い出した。
―親は子が可愛いからこそ、必要以上に厳しくなるものにございます。
だが、あれほど酷い傷痕が残るまで鞭打つのは行き過ぎではないだろうか。
誠恵の心を見抜いたように、趙尚宮は続ける。
「大妃さまは二十二歳のお若さで未亡人となられ、先代さまの崩御と共に、世子邸下はお父君を失われました。頼りにする良人に先立たれた大妃さまは懸命なのですよ。早くに父君を失い、母親の手一つだけで育てていると侮られてはならないと世子邸下を殊更厳しくお育てしておいでなのです。それでなくとも、大妃さまの回りには色々なことを申す者たちがいます。国王殿下が実の兄君のお子である世子邸下を蔑ろになさるはずもないのに、廃世子になるかもしれぬ、などと余計なことを吹き込むのです。それで、大妃さまは余計に思いつめられるのでしょう」
「殿下は世子邸下のことをお心より大切に思われておいでです」
誠恵が呟くと、趙尚宮は深く頷いた。
「私もよく存じ上げていますよ。それに、いつも殿下のお側にいるあなたがそう仰るのなら、間違いはないでしょうからね。張女官、女の幸せとは心からお慕いする殿方に添うことですよ。女官として入宮したその日から、私たちは〝咲いて散る花〟の哀しい宿命を負うことになります。後宮にあまたの女官がひしめいてはいても、殿下のお眼に止まることができるのは、ほんの一人か二人。あなたは、その稀なる幸運な方として選ばれたのだから、もっと素直になって殿下の御意を一日も早くお受けすることです」
それからほどなく、誠恵は趙尚宮の部屋から下がった。
―女の幸せとは心からお慕いする殿方に添うことですよ。
趙尚宮の言葉が心に痛い。
だが、自分は〝女〟ではない。幾ら布を胸や腰に巻いて人眼をごまかし少女の姿をしていても、所詮は男にすぎない。男である自分がどうして光宗の愛を受け容れることができるだろう。
光宗が普通の男であれば、誠恵はとっくに押し倒され、手籠めにされかかっていただろう。国王の地位にあり、望めば何でも意のままにできる人が一介の女官の意思を尊重して、辛抱強く誠恵の方から光宗の胸に飛び込んでゆくのを待ち続けている。
衣服を脱がされれば、男だと露見してしまうから、その時、〝任務〟は失敗に終わるはずだ。〝任務〟が今も続行しているのは、光宗の優しさゆえかもしれない。光宗を暗殺するための〝任務〟を遂げる機会が生命を狙われる当の光宗の優しさによって与えられているとは―。あまりにも哀しいことだ。
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