闇に咲く花~王を愛した少年~

めぐみ

文字の大きさ
上 下
29 / 66

闇に咲く花~王を愛した少年~㉙

しおりを挟む
 緑花は後ろめたさの全くない晴れやかな瞳で王を見た。その心の奥底を幾ら覗き見ようとしても、何も見つけられず、澄んだ双眸には、ひとかけらの嘘も浮かんではいなかった。
 感情の窺えない瞳の奥で、一瞬、王の眼が閉じられた。それから彼は眼を開けて、すべてを受け容れるように微笑んだ。
「そなたの申すとおりだ。運命は、そなたを予に与えてくれた。そなたという、かけがえのなき想い人を手に入れただけで、予は十分幸せだ。たとえ、そなたが側室の立場にあろうとなかろうと、我が妻は緑花、そなた一人だけなのだ」
 それを聞いて、緑花の顔に明るい笑みがひろがった。
 やはり、毒を盛ったのは緑花ではなかった。当然だ、自分たちはこれほど愛し合っているのだから、女が恋い慕う男をどうして毒殺しようなどと考えるだろう?
 王の胸に安堵がひろがる。束の間でも緑花を疑ったことを恥じた。
 自分は愛する女を信じることさえできないのか。そんなことで、緑花のように心清らかな女を愛する資格があるのかと自問自答する。
 光宗は懐から手巾を取り出し、緑花の眼に溜まった涙の雫を拭った。
「畏れ多いことにございます」
 緑花が恐縮するのに、光宗は笑った。
「予とそなたは、いずれ夫婦となる。ならば、さしずめ、今は婚約期間中ということか? 許婚者同士であれば、恥ずかしがらずとも良かろう」
 〝婚約者〟、その言葉が王の心に甘いときめきと幸福をもたらす。改めて緑花への愛おしさが込み上げてきて、王は腕の中の緑花を力一杯抱きしめた。
「殿下?」
 愕いた緑花が身を捩るのに、光宗は笑いながら言った。
「せめて今だけは、そなたが予のものである悦びに存分に浸らせてくれぬか。予の気が済めば、また伽耶琴をつま弾いて、予を愉しませてくれ」
 腕の中に閉じ込めた緑花が抗うのを止めて、大人しくなる。
 しばらくして、夜の闇に再び伽耶琴の深い音色が響き渡った。

 こうして、誠恵は無邪気な娘のふりを装い王に近づき、次第に王の心を掴んでいった。彼女の企みは大いに功を奏し、若き国王光宗は張緑花に傾倒し、ますます寵愛は深まった。
 国王毒殺事件は、内密裡に処理された。何しろ、公にするには証拠がなさすぎる。それに、柳内官の言を引用すれば、疑いは当然ながら緑花に向けられる。光宗がそれを最も怖れたのは明らかだった。
 それから十日ほどを経たある日の朝、誠恵は趙尚宮の遣いで大妃殿に赴いた。孫大妃は今年、二十七歳、先代永宗の中殿であり、領議政孫尚膳の娘に当たる。尚膳は永宗の在世中は中殿の父として、更に永宗の崩御後、娘が大妃となって以後は、大妃の父、世子の外祖父として朝廷でも絶大なる権力を誇っている。通称は〝清心(チヨンシン)府(プ)院(インクン)君〟、特に許された称号である。
 趙尚宮からの用向きというのは、永宗の第三王女貞祐翁主の結婚に関するものだった。永宗は子宝に恵まれ、十一人の后妃との間に十六人の子女を儲けた。二十四歳の若さで崩御した際、既にそれだけの数の子どもの父であったのである。
 貞祐翁主は現在、貴人の位を賜っていた生母とともに母の実家の金(キム)氏の屋敷で暮らしている。光宗は早くに逝った兄の代わりとして、また、兄の遺児たちの身の処し方にも気を配った。姪には相応の嫁入り先を見つけ、十分な持参金と支度を整え送り出した。
 貞祐翁主は今年、十二歳になる。永宗に初めての御子が誕生したのは、永宗が十五歳の春であった。第一王女誕生の翌年、それぞれ別の妃から第一王子、第二王女がほぼあい前後して生誕、更にその翌年に生まれたのが貞祐翁主だ。
 その頃、巷では、こんな抗議文が記され、都の至る所に貼られていたという。
―国王殿下の寝所には夜毎、違う妃が侍り、女の喘ぎ声が聞こえる。宮殿では常に産室が儲けられ、毎年、複数の妃から何人もの御子が生まれる。
 大臣たちに政を任せきりで暗愚だとさえ囁かれた永宗の好色な一面を皮肉ったものだが、当時の若い王の乱れた生活を偲ばせる。
 つまり、兄が今の光宗の歳には既に十人近い子どもの父となっていたわけで、同じ両親を持つ兄弟で、何故、兄と自分がこれほどまでに違うのかと光宗自身が苦笑してしまうことがある。
 兄は無類の好色な王、自分は堅物どころか、緑花を寵愛するようになるまでは
―国王殿下は、もしや男としての機能をお持ちではないのでは?
 と陰で囁かれたほどの潔癖な暮らしぶりであった。十九歳になる今まで結婚したこともなければ、妃の一人も置いたことがない。
しおりを挟む
☆ついに若き国王が寵姫の正体を知る! 美しき女官は実は、領議政が国王暗殺のために後宮に送り込んだ刺客の少年であった。真実を知った光宗は、緑花が男と知りながら、敢えて寝所に呼ぶがー。残酷な運命に翻弄される二人。朝鮮王朝時代、激動の中で美しく開き、一瞬で散った儚い恋のゆくえはー。ご覧頂き、ありがとうございます。大体、週に一度くらいの更新です。よろしければ、ご覧戴けますと幸いです。
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【本編完結】明日はあなたに訪れる

松浦そのぎ
BL
死してなお隣にいたい。ワンコ系×マイペース ※一応死ネタですが、最後まで二転三転するのでぜひ最後まで。 死を望む人達と生を望む人達、その両方のために 心臓さえも生きている人からの移植が認められた世界。 『俺』の提供者になってくれるというおにいさんは提供を決意したきっかけのお話をしてくれました。 それは、甘酸っぱくて幸せで、儚い、お話。 -------------------- 別サイトで完結済みのものを移動。 モデル×(別のモデルの)マネージャー 執着強めイケメン×担当モデルにぞっこん美人

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

処理中です...