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闇に咲く花~王を愛した少年~㉗
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「私はその時、趙尚宮さまのお薬を頂きに上がったのです。趙尚宮さまは今朝からずっと頭痛がすると仰って、お部屋で伏せっていらっしゃったのです。いつもお元気で〝疲れた〟などと一度も仰ったことのないお方がいつになくお疲れのご様子でしたので」
心底心配そうに訴えるその表情、声からも、ひとかけらの嘘も感じられない。
「そうか。趙尚宮ももうトシだからな。あまり無理は禁物だ」
と、光宗は当人が聞けば、〝心外な。私はまだまだ、殿下にそのようなご心配頂く歳ではございませぬ〟と激怒するようなことを笑いながら言った。
老年の趙尚宮は、光宗がまだ襁褓にくるまれた赤児の頃から知っているのだ。国王となった今でも、光宗は趙尚宮に一目置き、時には〝怖いお婆さま〟と揶揄する。
実は、今日の夕刻、光宗は他ならぬ当の趙尚宮を直々に大殿に呼び、頭痛はどうかと体調を訊ねた上で、頭痛薬を特に賜っている。
趙尚宮は国王が自分の頭痛を知っていることに愕いていたが、王手ずから薬を賜ったことで、恐縮して下がっていった。
つまり、少なくとも毒を盛ったか云々は別として、緑花は嘘は言ってはいないということになる。
そこで、光宗は小さな溜息を零した。
「いかがなされました? とてもお疲れのご様子でございます。お顔の色が優れませぬ」
緑花が心配そうに言うのに、光宗は力なく笑った。
「いや、別に疲れてなどはおらぬゆえ、そなたが案ずることはない。ただ、今日、少し気になることを耳にしたのだ」
光宗は大きく首を振った。
「緑花、予は、どうも隠し事のできる質ではないらしい。およそ上手く立ち回るすべなど心得ぬ愚直な男だ。両班家に生まれたれば、多分、承相どころか、中級官吏にもなれず、一生出世などできなかったであろうな」
半ば自嘲めいた笑みを浮かべ、緑花を見る。
「そのようなことはございませぬ! 私は、緑花は、殿下のそのような―真っすぐで大らかなところが大好きでございます」
緑花は慌てて真っ赤になり、恥ずかしげに面を伏せた。
「言葉が過ぎました。どうか、お許しを」
「いやいや、なかなか嬉しいことを申してくれるではないか。緑花、可愛らしい頬が熟した林檎のように紅いぞ?」
「そんな、真にございますか?」
両手で頬を押さえ、更に紅くなっているところがまた、何とも愛らしい。
「緑花、予が悪かった。たとえ一瞬でも、そなたを疑った予が悪かったのだ」
これほどまでに愛らしい暗殺者がいるものか。ここまで一途に自分を慕う女が他ならぬ自分を毒殺などできるはずがない。
「緑花」
名を呼んで、両手をひろげると、恥ずかしそうにしながらも近寄ってくる。華奢な身体を引き寄せ、抱えて膝に乗せると、光宗は緑花の顔を覗き込んだ。
「予は隠し事はできぬゆえ、単刀直入に話そう。今日の昼、そなたが薬房にいたのは、予の呑む煎薬に毒を入れるためだと申すものがおってな」
そんなことを言ったのが誰なのかは、聞かずとも判るだろう。緑花は聡明な娘だ。
「現実として、予の薬を煎じていた土瓶には毒が混入していた。そのことを予に報告してきた者が直接、味を調べて確かめたそうだ」
光宗の話に聞き入っていた緑花の大きな瞳が見る間に潤んだ。その眼に溢れた透明な雫が王の心を鋭く抉る。
「殿下は、私をお疑いなのでございますね?」
「疑っているわけではない。疑っておれば、予を殺そうとしたそなたに、この話をするはずがなかろう」
光宗は緑花の艶やかな黒髪を撫でた。
女官は皆、お仕着せの制服がある。一応、紅は入っているものの、薄鼠色の地味なチョゴリに、海老茶色のチマで、髪は後ろで一つに編んで、やはり紅い飾りで束ねる。動きやすい実用的なスタイルだ。
国王の妃―王妃や側室ともなれば、きらびやかなチマ・チョゴリを纏い、髪にも手にも綺羅綺羅しい飾りや宝玉をつける。
光宗は、よく華やかに装った緑花の姿を想像してみることがある。まだ年若い彼女には上品な桃色の衣裳が似合うに相違ない。チョゴリはいっそのこと少し落ち着いた鶯色で、チマは華やかな桃色というのは、どうだろう。
髪も成人した証として高々と結い上げ、惜しげもなく高価な簪で飾れば、いかほど見映えがするだろう。十五歳でこれほど美しいのだ、あと数年経てば、大輪の牡丹が一挙に花開くように艶やかでいて、可憐な美貌を持つ貴婦人に育つに相違ない。
心底心配そうに訴えるその表情、声からも、ひとかけらの嘘も感じられない。
「そうか。趙尚宮ももうトシだからな。あまり無理は禁物だ」
と、光宗は当人が聞けば、〝心外な。私はまだまだ、殿下にそのようなご心配頂く歳ではございませぬ〟と激怒するようなことを笑いながら言った。
老年の趙尚宮は、光宗がまだ襁褓にくるまれた赤児の頃から知っているのだ。国王となった今でも、光宗は趙尚宮に一目置き、時には〝怖いお婆さま〟と揶揄する。
実は、今日の夕刻、光宗は他ならぬ当の趙尚宮を直々に大殿に呼び、頭痛はどうかと体調を訊ねた上で、頭痛薬を特に賜っている。
趙尚宮は国王が自分の頭痛を知っていることに愕いていたが、王手ずから薬を賜ったことで、恐縮して下がっていった。
つまり、少なくとも毒を盛ったか云々は別として、緑花は嘘は言ってはいないということになる。
そこで、光宗は小さな溜息を零した。
「いかがなされました? とてもお疲れのご様子でございます。お顔の色が優れませぬ」
緑花が心配そうに言うのに、光宗は力なく笑った。
「いや、別に疲れてなどはおらぬゆえ、そなたが案ずることはない。ただ、今日、少し気になることを耳にしたのだ」
光宗は大きく首を振った。
「緑花、予は、どうも隠し事のできる質ではないらしい。およそ上手く立ち回るすべなど心得ぬ愚直な男だ。両班家に生まれたれば、多分、承相どころか、中級官吏にもなれず、一生出世などできなかったであろうな」
半ば自嘲めいた笑みを浮かべ、緑花を見る。
「そのようなことはございませぬ! 私は、緑花は、殿下のそのような―真っすぐで大らかなところが大好きでございます」
緑花は慌てて真っ赤になり、恥ずかしげに面を伏せた。
「言葉が過ぎました。どうか、お許しを」
「いやいや、なかなか嬉しいことを申してくれるではないか。緑花、可愛らしい頬が熟した林檎のように紅いぞ?」
「そんな、真にございますか?」
両手で頬を押さえ、更に紅くなっているところがまた、何とも愛らしい。
「緑花、予が悪かった。たとえ一瞬でも、そなたを疑った予が悪かったのだ」
これほどまでに愛らしい暗殺者がいるものか。ここまで一途に自分を慕う女が他ならぬ自分を毒殺などできるはずがない。
「緑花」
名を呼んで、両手をひろげると、恥ずかしそうにしながらも近寄ってくる。華奢な身体を引き寄せ、抱えて膝に乗せると、光宗は緑花の顔を覗き込んだ。
「予は隠し事はできぬゆえ、単刀直入に話そう。今日の昼、そなたが薬房にいたのは、予の呑む煎薬に毒を入れるためだと申すものがおってな」
そんなことを言ったのが誰なのかは、聞かずとも判るだろう。緑花は聡明な娘だ。
「現実として、予の薬を煎じていた土瓶には毒が混入していた。そのことを予に報告してきた者が直接、味を調べて確かめたそうだ」
光宗の話に聞き入っていた緑花の大きな瞳が見る間に潤んだ。その眼に溢れた透明な雫が王の心を鋭く抉る。
「殿下は、私をお疑いなのでございますね?」
「疑っているわけではない。疑っておれば、予を殺そうとしたそなたに、この話をするはずがなかろう」
光宗は緑花の艶やかな黒髪を撫でた。
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