闇に咲く花~王を愛した少年~

めぐみ

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闇に咲く花~王を愛した少年~⑦

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 誠恵が生まれ育った村は貧しかった。わずかばかりの痩せた土地を耕して何とか暮らしているのは、何も彼の家だけではなかった。
 毎年、春と秋に村を女衒が訪れる。必ず幾人かの若い娘が連れられていった。娘は力仕事もできず、たいした働き手にはならないので、親はてっとり早く金を手に入れるために我が子を人買いに売り飛ばすのだ。
 誠恵もまた、そうした女衒に買われた。その時、確かに、おかしいとは思ったのだ。自分は女ではないのに、何故、遊廓に売られる少女たちと共に行かねばならないのか、不審に思った。
 が、大切な商品である少女たちに優しい女衒は、誠恵にこう言った。
―なに、遊廓にも男手は必要だ。使い走りや雑用に使う子どもが不足して、適当なのがいたら頼むと言われてるのさ。
 世間知らずで無知な子どもは、優しげな笑顔と言葉にうかうかと騙されたのである。
 真実を知ってから、誠恵はしばらくは泣き暮らしたが、やがて悟った。
 月華楼は、けして悪いところではなく、むしろ極楽だ。三度の食事はちゃんと食べさせて貰えるし、酒を呑んでは暴れる父親もいない。女将は教養も備えた人だったから、文字も教えて貰えた。
 男に抱かれるというのがどのようなことなのか。それを考えると、総毛立つほどの恐怖に陥ったものの、身体だけなら何ということはない。村で幼なじみとして育ったか弱い少女たちでさえもがやっていることだ。心を殺して、ただ客に身体を開きさえすれば良い。
 そうして何年かを過ごせば、いずれ、晴れて自由の身になれる。と、割り切ったつもりでも、流石にひと月前、女将からいよいよ水揚げが決まったと告げられたときは身体が震えたけれど。
「しかしながら、断っておくが、私は衆道の趣味はない」
 尚善は誠恵の心を見透かしたように言う。
 が、続いての言葉にギョッとなった。
「だが、美しい者に心動かされるのに理由や真理などいるまい。愛し合うことに、男同士であることが何の障りになろう。美しい者を愛するのが罪というなら、私は歓んで禁忌を犯そう」
 物騒な科白に、思わず身体を後退させると、尚善は腹を抱えて笑った。
「正直な娘だ。そなたなら、見事、私の命ずる任務を果たしてくれるに相違ない」
 短い沈黙が落ちた。
 氷の針を含んだような沈黙が膚に突き刺さるようだ。場を持て余しかねて、誠恵は小卓の上の徳利を手にした。黙って差し出すと、尚善もまたそれに応じる。
 徳利を掲げ、盃を満たす誠恵の顔を意味ありげに眺めながら、おもむろに尚善が口を開いた。
「そなたは先刻、嬉しいことを言って私を歓ばせてくれたが、現実は変えられぬ。私はもう五十だ。あと幾年生き存えられるか判らぬ。歳を取ると、色々なことを考え、要らざる取り越し苦労までする羽目になる。殊に気になるのは、自分が死んだ後のことだ」
 再び沈黙がひろがった。重い静けさに押し潰されたかのように、蝋燭の焔が大きく揺れ、突如として消える。
 不意に、尚善が立ち上がった。何を思ったか、部屋を大股で横切り、表通りに面した窓を開け放った。既に深夜を回り、賑やかな往来にも人影はなかった。この界隈は概ね似たような妓楼がひしめき合っているが、遊女や客も深い眠りに沈んでいる刻限だ。
 宵には遊女と甘い一夜の夢を見ようとやって来る男たちと逆に男を誘う女たちの嬌声が響き渡り、実に生き生きと活気づく。静まり返った道は、そういった喧騒が嘘のように、しんとして、まるで色町そのものが廃墟と化したかのようだ。
 尚善は食い入るように闇を見つめながら想いに耽っている。殊に、今宵は月もない淋しい闇夜であった。
 不意に尚善が酒をひと息に煽り、空になった盃を深い闇の向こうに放り投げた。盃は垂れ込めた闇に吸い込まれ、地面に落ちる乾いた音が聞こえる。
「そなたが今し方、見たものが何であるか教えてやろう」
 尚善が抑揚のない声で囁くように言った。
「あれは殺生簿だ」
「―!」
 刹那、誠恵は息を呑む。見たときからおおよその見当はつけていたものの、こうして実際に我が耳で聞くと、それは実に禍々しい響きを持って誠恵の心に深々と突き刺さる。
 薄っぺらな本には、たった二人の名前しか記されてはいなかった。つまり、この男がその二人をこの世から抹殺したいと願っているということだ。
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☆ついに若き国王が寵姫の正体を知る! 美しき女官は実は、領議政が国王暗殺のために後宮に送り込んだ刺客の少年であった。真実を知った光宗は、緑花が男と知りながら、敢えて寝所に呼ぶがー。残酷な運命に翻弄される二人。朝鮮王朝時代、激動の中で美しく開き、一瞬で散った儚い恋のゆくえはー。ご覧頂き、ありがとうございます。大体、週に一度くらいの更新です。よろしければ、ご覧戴けますと幸いです。
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