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神々のうた
覚悟と告白
しおりを挟む二十日兎は自分の命をどうとも思っていない——というより、機会があるのなら奪おうとしている。
一方で、もはやカルナも圭を守る余裕はない——が。
「すべてを理解した上で、このまま行動させてください——僕の意志で。それでもシモウサを守りたいから」
「……それが結論だね?」
「すいません、せっかくの心遣いに」
圭は謝るけれども、カルナは表情を崩した。
「いいんだよ、いったように、圭クンの意志を尊重する」
川の流れに視線を向けて、少し考える。
「でも、それなら、ちょっとだけアドバイス」
「はい」
「もっと自分を褒めて、信じてあげること。そして、もし誰かに聞きたいこと、伝えたいことがあるのなら、後回しにしないこと」
命の保証がない——つまりその先にあるのは。
「死」
圭は具体的に口にする。
その言葉は重い。
そして、いちど口にすれば、胸にずしりと居座ってもう離れない。
二十日兎に操られたリバに脇腹をえぐられ、さらに振りかぶった前脚の攻撃。
このときは間一髪、駆けつけてくれたルクフェネに救われた。
完全に位置をロストしたジェレンに真上から襲われ、ジェレンは地面に激突。
このときはリバが寸前でかっさらってくれた。
押し寄せるルレンの大群——その最後の1体の急襲。
このときは、カルナが放った一条の光線に助けられた。
——と。
「あー、あのね」
まるで見透かすようにカルナは否定した。
「ルクフェネが駆けつけられたのは、ルクフェネも知らなかったセグレンデの二つ耳の本質を、圭クンが見抜いたから。リバくんが圭クンをかっさらえたのは、〝風のように隼のように〟の力の行く先をリバくんに振り向ける——なんてことを、圭クンがあの一瞬に考えついて、そしてそれを実行できたから。ルレンに関しては、あたしが介入しなければしなかったで、あのとき、何かしらの戦略は組み上げてたでしょ?」
「……そうかもしれませんが、僕の力なんて——」
「それ!」
「……?」
「いったように、もっと自分を褒めて、信じてあげて。命の保証はない、とはいったけど、言葉のとおりの意味——それだけで、あたしは圭クンを足手まといとは思ってない。むしろ重要な戦力として、このままいてほしい。——なによりもルクフェネのためにね」
「?」
カルナはふと表情を崩す。
「ま、10年かそこら、長く生きている人間の言葉だから、それなりに役に立つと思うんだ」
「あ……それはもちろん」
「じゃ、そゆことだから」
ひとりになって、圭はこころのなかにカルナの言葉を繰り返した。
もっと自分を褒めて、信じてあげること。
もし誰かに聞きたいこと、伝えたいことがあるのなら、後回しにしないこと。
(自分を褒めるのは難しいけど、信じてあげるのはできるかもしれない。そのほうがルクフェネを助けてあげられると思うから。そして、誰かに聞きたいこと、伝えたいこと——)
圭はこころの内でいい直す。
(ルクフェネに聞きたいこと、伝えたいこと。僕はルクフェネのことが好きだし、ずっと一緒にいられたら、って願ってる。ルクフェネは同じように想ってくれているのだろうか——?)
ルクフェネは沈んだこころのまま、通信機で情報を整理していた。
アヤメちゃんが心配そうに顔をのぞき込む。
「……顔色が優れませんが、だいじょうぶですか?」
「え、あ、うん、だいじょうぶだよ」
我ながら無理に笑顔をつくっているのはわかる。
圭はただ職務に忠実に働いているだけ。
自分のことはどうとても思っていないし、女の子として——恋愛対象としてさえ、見ていない。
ひとりで勝手に盛り上がって、舞い上がって、浮かれていただけのこと——。
(……)
それでも視線は自然と圭に向いてしまう。
会話のなかにふと、「つぐみ」という単語が聞こえる。
ルクフェネは無意識に唇を噛みしめた。
あまり、いま聞きたい単語ではなかった。
と、圭は、ルクフェネのほうに視線を向け、歩いてきた。
「ちょっといい? 出発の前に聞いておきたいことがあって」
任用決定を告げたときの件だろうか——とルクフェネは思う。
あのとき、本来はいうべき任地への歓迎の言葉をルクフェネは忘れてしまった。
理由は覚えていない。
そもそも慌ただしく不慣れな中で忘れ、侵入者もあってうやむやになっただけだとは思う。
『シモウサへようこそ』——なんてこともない一言だ。
でもいまはいいたくない。
ここ下総は圭が生まれ育った場所だ。
そこがいま奪われようとしているのだから、圭が奮闘するのは当然のこと。
そして、だから自分に対しても一生懸命になってくれるのだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
考えるとその現実がぎゅっと締めつけ、胸が苦しくなる。
だからいいたくない。
「ご、ごめん! いまは急いだほうがいいと思うから!」
「そうか……そうだね」
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