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恋の季節にぬくもりを

語らい

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 とりじんぐう。——その歴史は神話の時代まで遡るとされる古社だ。
 境内は小高い丘の上にあって、ながく神域として大切にされてきたから、いまもなお、手つかずの自然に守られている。

 深いもりを、初夏の風が通り抜け、さわやかに緑の香りを運ぶ。

 その一画——社務所を間借りした執務室に、カルナとルクフェネはいた。

「いいね~、そういう甘酸っぱいの~♥」

 ひととおり話を聞いて、カルナはこころの内で、ぬふふん♪ と笑みを浮かべた。
 ルクフェネがあまりにも切実な表情なので、顔には出さなかったものの。

(青春だねえ……♨)

「カ、カルナも同じ症状になったことがあるの!? いったいどうしたら——!!」
「焦らなーい、焦らない」
「でも、だって——!!」

 カルナは、急き立てるルクフェネをさえぎって、それから、遠い日を思い起こすように見つめた。

 ここ数年のルクフェネは、カルナから見ても辛かった。

 特別扱いなんてされたくない。
 ほかのどのようなことでもなく、ただ自分が自分であることで認められたい。
 ——これが、ルクフェネのすべてだ。

 そのために、ひたむきに努力を重ね、せいいっぱい走ってきたのだけれど、思うようにはいかなくて、打ちひしがれて、傷ついて、それでも、走ることをやめなくて。

 もっとまわりを見てもいい。
 たまには振り返ってもいい。
 だけど、ルクフェネはそうすることはなくて。

 自ら視野を狭めていたことは否めない。
 ただ、それほどまでに、追いつめられていたのだろう——と、カルナは理解する。

 そんなルクフェネが、不意に芽生えた新しい感情に戸惑い、おろおろしているのは、愛おしい以外のなにものでもない。

 ルクフェネは、いまここにいるのは逃げた結果だ、という。
 そんなことはない——と、カルナは否定する。
 が、どちらにせよ、逃げた結果であれ、なんであれ、そこで大切なものを見つけられたのならそれは勝ちだ——と、カルナは思う。

 多少の茶目っ気はあったけれども、カルナは、真剣な表情で答えた。

「ひとついえるのは、病気ではないし、心配するようなことでもない、ってこと」
「それなら、いったい——」
「すぐにわかるよ。それに、こういうのは、自分で気づいたほうがいい」
「気づくって何が……。それに、このままでは、まともに職務を遂行できない……」
「それは心配ご無用。いざとなったら、あたしもバックアップするし」
「……」
「一息つくようなものだよ、いままで突っ走ってきたんだから」
「……」

 カルナは、慈愛に満ちた双眸でルクフェネを見つめた。
 すぐに、総督の表情に戻ってしまったけれども。

「防衛局司令ルクフェネ・ティッセ雀鷹士グルレーシュ
「……はい」
「任務遂行不可能だと、あるいは、貴君がいまの職位にそぐわないと、わたしが判断するのなら、わたしは躊躇なくその任務を解くし、遠慮なく降格させる。それがどんな相手であろうとも」
「それはよく知っている……」

 だからこそ、誰よりも信頼しているのだから。
 言葉にはしないけれども、ルクフェネの素直な気持ちだ。

 カルナは、表情を緩めた。

「もし、自分の気持ちに気がついて、それでも、どうしたらいいのかわからなくなったら、またおいで」
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