71 / 167
恋の季節にぬくもりを
語らい
しおりを挟む香取神宮。——その歴史は神話の時代まで遡るとされる古社だ。
境内は小高い丘の上にあって、ながく神域として大切にされてきたから、いまもなお、手つかずの自然に守られている。
深い杜を、初夏の風が通り抜け、さわやかに緑の香りを運ぶ。
その一画——社務所を間借りした執務室に、カルナとルクフェネはいた。
「いいね~、そういう甘酸っぱいの~♥」
ひととおり話を聞いて、カルナはこころの内で、ぬふふん♪ と笑みを浮かべた。
ルクフェネがあまりにも切実な表情なので、顔には出さなかったものの。
(青春だねえ……♨)
「カ、カルナも同じ症状になったことがあるの!? いったいどうしたら——!!」
「焦らなーい、焦らない」
「でも、だって——!!」
カルナは、急き立てるルクフェネを遮って、それから、遠い日を思い起こすように見つめた。
ここ数年のルクフェネは、カルナから見ても辛かった。
特別扱いなんてされたくない。
ほかのどのようなことでもなく、ただ自分が自分であることで認められたい。
——これが、ルクフェネのすべてだ。
そのために、ひたむきに努力を重ね、せいいっぱい走ってきたのだけれど、思うようにはいかなくて、打ちひしがれて、傷ついて、それでも、走ることをやめなくて。
もっとまわりを見てもいい。
たまには振り返ってもいい。
だけど、ルクフェネはそうすることはなくて。
自ら視野を狭めていたことは否めない。
ただ、それほどまでに、追いつめられていたのだろう——と、カルナは理解する。
そんなルクフェネが、不意に芽生えた新しい感情に戸惑い、おろおろしているのは、愛おしい以外のなにものでもない。
ルクフェネは、いまここにいるのは逃げた結果だ、という。
そんなことはない——と、カルナは否定する。
が、どちらにせよ、逃げた結果であれ、なんであれ、そこで大切なものを見つけられたのならそれは勝ちだ——と、カルナは思う。
多少の茶目っ気はあったけれども、カルナは、真剣な表情で答えた。
「ひとついえるのは、病気ではないし、心配するようなことでもない、ってこと」
「それなら、いったい——」
「すぐにわかるよ。それに、こういうのは、自分で気づいたほうがいい」
「気づくって何が……。それに、このままでは、まともに職務を遂行できない……」
「それは心配ご無用。いざとなったら、あたしもバックアップするし」
「……」
「一息つくようなものだよ、いままで突っ走ってきたんだから」
「……」
カルナは、慈愛に満ちた双眸でルクフェネを見つめた。
すぐに、総督の表情に戻ってしまったけれども。
「防衛局司令ルクフェネ・ティッセ雀鷹士」
「……はい」
「任務遂行不可能だと、あるいは、貴君がいまの職位にそぐわないと、わたしが判断するのなら、わたしは躊躇なくその任務を解くし、遠慮なく降格させる。それがどんな相手であろうとも」
「それはよく知っている……」
だからこそ、誰よりも信頼しているのだから。
言葉にはしないけれども、ルクフェネの素直な気持ちだ。
カルナは、表情を緩めた。
「もし、自分の気持ちに気がついて、それでも、どうしたらいいのかわからなくなったら、またおいで」
0
お気に入りに追加
337
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
大好きな母と縁を切りました。
むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。
領地争いで父が戦死。
それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。
けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。
毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。
けれどこの婚約はとても酷いものだった。
そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。
そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる