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宇宙(ソラ)の扉

ぐうの音も出ない

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 気配を感じて、圭は目を覚ました。
 すっと立ち上がって頭を下げ、タブレット端末をルクフェネに手渡す。

(いちおう解くだけは解いた……と)

 ルクフェネは、面倒くさそうにタブレット端末のスリープを解く——が、復帰した画面の内容に、とき色のそうぼうを見開いた。

 そこに表示された翻訳結果は完璧だった。

「な……」

 驚いて言葉が出てこない。

「あの……。やっぱり、間違っていますか?」
(むむむ……)

 間違っているどころではないし、揚げ足を取りようにも、場所によっては字のままに翻訳した上で、現代的な視点ではこれこれこういう意味だ、といったような注釈まで入っている……。

 ぐうの音も出ない、とはこういうことで、ルクフェネは認めざるを得なかった。

「いや……まったく正しい……。1か所も誤りはない……」

 すると、それまで不安そうにしていた圭は、安心したように表情を緩めた。

「よかったです。こことここなんですけど……」

 問題文の7か所を次々に指し示す。

「スペルや格変化、用法が通説とは異なっていたので、どう解釈すべきか迷ったんです。やっぱりこのあたりも試されていたんですね!」
「……」

 すべて、ルクフェネの書き誤りだった。

「と、ともかく……」

 その場で書いたのだから仕方あるまい、と胸の中で言い訳する——が、何も知らないのにどうやって……? 
 大いに疑問ではあるものの、いまは冷静に考えられそうにもないので後回し。

 ルクフェネは、手首の通信機で選考方法をもう一度確認した。
 残りは健康診断だけ。
 小箱から取り出した、腕輪状のデバイスを差し出す。

「これを付けたまえ。身長、体重、視力、血圧のほか、細かな身体的特徴を計測させてもらう。疾患の有無も診ることになる。よいか?」
「もちろん、構いません」

 圭はソファに腰を下ろし、計測器を腕にはめた。
 結果を待つまでもないか——とルクフェネは思った。

 見る限り、そうけいは健康そのものだ。
 不合格になるとは思えない。

(仕方ないわね……)

 ルクフェネは観念した。
 それに、ひどく動揺したり、その反動で急に落ち着いたりしたせいか、いつのまにか、圭に対する悪い感情は消えていた。

 任用してもらおうという相手であることを差し引いても、圭のルクフェネに対する言葉遣いは丁寧で、態度に嫌みはない。

 最初の印象は気のせいだったのだろうか——?

 と、不意に鼻先へ戻ってきたに、ルクフェネは眉間にしわを寄せた。
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