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宇宙(ソラ)の扉
物語のはじまり
しおりを挟むプロローグ
203X年4月、首相官邸上空。
春霞の空に、正体不明の飛行体が浮かぶ。
巨大な影は、官邸はおろか、この国の立法・行政の中枢たる永田町を完全に覆い、両端は銀座と赤坂にまで及んでいた。
要求は国土の割譲。
指定されたのは、なぜか茨城県南部と千葉県北部にまたがる一帯。
ただちに招集される臨時閣議、そして首相官邸で行われる記者会見。
内閣総理大臣は、清々しいほどに思い切りよく宣言した。
「要求に応じる!」
かくて、茨城県南部と千葉県北部にまたがる一帯は、日本政府からあっさり見捨てられたのだった……。
1. 宇宙の扉
セーグフレード。
正式には、
花咲く国、風薫る故郷、
セグレンデの忘れ形見、
セグレンデの高く誇らかな二つ耳に触れる息吹、
雅びやかであり、慎ましやかで、
紡いだ言の葉を遍く宇宙へ広げる、
セグレンデが水の神コアナに仰せ付け、お創りになった国、
セーグフレード。
——という。
もともとは、交易の種族セヴァが興した小国家——というより同業者組合に過ぎず、いくつかの星系間を移動しながら商うくらいの規模だった。
けれども、あるとき偶然に発見した、空間転移をともなう航法によって爆発的に勢力を拡大、現在では複数の銀河系にまたがる多民族国家になっている。
そのセーグフレードの新たな領土に加わったのが〝セーグフレード領シモウサ〟。
下総は一帯の古名だ。
総督府は、香取市(元千葉県)の香取神宮に置かれ、地理的な中央に近い、取手市(元茨城県)に防衛局が開かれた。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
その防衛局で、ルクフェネ・ティッセは、満足そうにオフィスを見渡した。
「ま、こんなものね」
がらんとした室内にはデスクと椅子、そして来客用のソファとローテーブルがあるだけ。
防衛局とはいっても、いまところ所属するのは彼女ひとりだから、これで充分なのだ。
それでもルクフェネは満足していた。
ようやくここまで来た——という想いがあったから。
ルクフェネは、いつでも微笑んでいるような、それでいて、何かにしじゅう怒っているようにも見える、不思議な印象の少女だった。
歳は、誕生日を迎えたばかりの16歳。
微笑んでいるように見えるのは、柔らかな口許と優しい鴇羽色の瞳がそうさせるから。
怒っているように見えるのは、考えごとをすると、つい眉間に皺を寄せてしまう癖がそうさせるから。
淡い桃色の髪は、少し癖のあるショートボブ。
眉間の皺を目立たないようにするためか、前髪は厚め。
1人勤務でもやっていける——とルクフェネは思う。
新たに開かれた〝宇宙の扉〟はまだ安定していない。
しかも、シモウサは、広大なセーグフレードから見れば辺境も辺境だ。
だから侵入者は多くないし、やってくるのはせいぜい斥候くらいだろう。
ひとりで何とでもなる。
そもそも、ひとりのほうが動きやすいのだ。
誰かに足を引っ張られることもない。
もちろん、はじめ、できないことは多いかもしれない。
けれども、それは自分の責任であって、ほかの誰のせいでもない。
自分自身の力によって乗り越えればいいだけの話であり、実際、すべてそうやって歩んできた。
これからも同じだろう——。
雪色の縁取りがある、深い夜の色のツーピース。
これに、鮮やかではあるものの、ごく暗いワインレッドのケープ——目立たない程度に金色のアクセントが入っている——を、合わせたのがルクフェネの制服だ。
動きやすいように、スカートには小さなスリットが入る。
ルクフェネはデスクの上の帽子を手に取った。
制服と同じように深い夜の色の帽子。
両側には、雪色の大きな羽飾りが付いている。
——と、ドアをノックする音が聞こえた。
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