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第四話 水川弓月とエセ占い師
7 愛してる、愛してるからね
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『こっちにおいで、弓月、幸せになろう』
『お父さんとお母さんのところに、さあ』
『もう寂しくないよ、苦しまなくていいんだよ』
「……ヅキっ……ユヅキッ!」
劉の声ではっと目を覚ました。
汗だくで、息は荒くて、いつもの悪夢を見ていた。
「家族の元に逝きたい」なんて、そんな愚かで弱者の思考をしていると認めたくなくて、否定し続け、目を背け続けた。
そうしたら、幻聴が聞こえるようになった。
ーー貧乏でも、家族と一緒なら幸せでしょう?
だから早く、早くコッチニオイデ
連れていかれる、死の世界に。
そのうち俺は気が狂って、殺される。
怖くて怖くて仕方がなかった。
「家族の元に逝きたい」という本心を無意識に正当化しようとして、俺は俺自身に呪いをかけたんだと思う。もちろんこれは比喩だが。
貧乏を抜け出さなければ、幸せにならなければと思った。
金を稼いで、誰よりも裕福で充実した暮らしをすれば、俺は連れていかれない。
でも、そうなろうとすればするほど俺は孤独になった。
そのアナを埋めようとして、また金を稼いで。
剣は……
剣は、俺の孤独を埋める、俺のアナを埋められる。
俺と幸せになれる、唯一の存在だったんだ。
なのに……なのに、あいつは…俺を拒んだ……
もう、だめだ……俺は死ぬ、殺される、家族の悪霊に連れていかれる
精神を壊されて……発狂して………死ぬ…
弓月は頭を抱えながら、震える声でそう言った。
一方劉は、思わず出かかった言葉をかろうじて飲み込んだ。
孤独を癒せるなら、誰でもいいの…?
僕でも。
僕なら、君の孤独を埋められるのに。
弱みに付け込む悪い男かな、僕は。
弟とどんな喧嘩別れをしたのかは知らないけど、
話を聞く限りは、ユヅキが自分勝手に支配しようとしただけに思える。
きっと自分の行動を省みさせたり、
叱咤し目を覚まさせる人間が彼には必要だ。
だけど、僕は否定しない。
ユヅキの全てを受け入れる。
君を愛し続けると誓うよ。
だから、僕を選んで。
劉は黙ったまま、弓月の体を抱きしめた。
劉は誰かに電話すると言って、いったん部屋を出た。
弓月の方は、寝ている間に服を整えられたものの、もう疲弊して力が出ずただベッドに座っていることしかできなかった。
電話を終えた劉が部屋に戻ってきてしばらくして、部屋のチャイムが鳴った。
「ワタシの知り合い霊媒師、呼んできたヨ」
「ども~葛宮葬儀屋から派遣されてきた晴瀬でーす」
訪れたのは、葛宮葬儀屋ー剣が働いている葬儀屋ーの従業員、晴瀬唯人だった。
葛宮葬儀屋とは数週間前に剣の件でひと悶着あった。
もう会うことなどないと思っていたのに。
弓月は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「お前……!あの時の!!」
「ナニ?知り合いなら話早いネ。ワタシが知る中で一番の実力者よ」
弓月は小声で劉に声をかける。
「そもそも、なんであのエセ占い師口調に戻っているんだ」
「ハルセはこっちのワタシしか知らないカラ」
劉は晴瀬に本題を切り出した。
「ちっちゃい時から死んだ家族の声、聞こえるゆうネ」
「だからそれは…!俺自身の……」
「マンビョーは口に苦しヨ」
「……備えあれば患いなし、か?」
「ソレネ~」
「せめてもっとわかりやすく間違えろ…」
話を聞いていると、劉が晴瀬に「家族の霊がついていたら除霊してくれ」と依頼したらしい。
晴瀬はさっそく、弓月に意識を集中させた。
しかし、しばらくして言いづらそうに口を開いた。
「あ”~、どんな結果でも依頼料くれますよね?金持ちなんだから」
「モチのロンよ」
劉が代わりに答える。
「あんね、悪霊なんかこれ~ぽっちも憑いてない。本人の自覚通り、声が聞こえるとしたらアンタの心理的な要因の幻聴だ」
晴瀬がそう言うと、劉は一言「よかった」と呟いた。
「……だからこんなことは無意味だったん」
「ユヅキの心の問題なら、僕が治してあげられる」
「は……?」
「僕が、君の孤独埋めてあげる、君の心救ってあげる」
劉が弓月の体を愛おしそうに抱きしめた。
「あーあのー……依頼料は後日請求させていただきます~」
二人のただならぬ関係を目の当たりにし、静かにとんずらしようとする晴瀬に、劉は逃がすまいといった様子で声をかけた。
「契約書、ご覧になるネ。依頼料違うよ、『除霊料』としっかり書いてるヨ。アンタ今日除霊したカ?してないね~」
「は!?嘘だろ!」
劉がひらりと落とした契約書を慌てて拾い確認する晴瀬。
「っていうかこれ遊びで書いたやつだろ!?いちいち除霊に契約書とか書かねーよ普通は」
「ハルセが足元見て高額吹っ掛けてくるからデショ?」
「くっそれは……相手があの水川弓月だって言ったからあわよくばと思って…」
「除霊してないんだからそのままオトリヒキねがおうか」
「お引き取りな……」
「あ”~もう最悪、ただ働きかよ。しかもこんな奴に」
ぶつぶつ文句を垂れながらも裁判を起こすなんて大それたことをすることもないわけで、晴瀬は壁を蹴りながらその場を後にした。
部屋がしんと静まり返った。
劉は両手を弓月の頬へ伸ばし、愛おしそうに撫でた。
「……君を守るよ、君を傷つける全てから」
「……ぁ……」
「君の恐怖も歪みも寂しさも、全部晒け出して。空いたところ僕に入らせて?」
額と額をコツンと合わせた。
はー、と震える吐息を漏らし呼吸を整える。
上目遣いの瞳が弱々しく揺れた。
完璧で高慢で強くあろうとする彼が、弱くて欠けている剥き出しの本当の表情を見せている
それだけで劉にとっては、一つ前に進んだようで嬉しかった。
「愛してる、愛してるからね」
「ぅ”……ぁ……ゃ…」
「嫌…?」
弓月は唇をぎゅっと結んだまま、ふるふると首を横に振った。
怖いけど、受け入れようとしている。
愛に飢えながらも愛を恐れる孤独な人間が、10年も前から愛されていたことを知る。壊されて乱されて、やっと気づく。
二人はそのまま、いつまでも体温を分け合っていた。
第四話 水川弓月とエセ占い師 完
『お父さんとお母さんのところに、さあ』
『もう寂しくないよ、苦しまなくていいんだよ』
「……ヅキっ……ユヅキッ!」
劉の声ではっと目を覚ました。
汗だくで、息は荒くて、いつもの悪夢を見ていた。
「家族の元に逝きたい」なんて、そんな愚かで弱者の思考をしていると認めたくなくて、否定し続け、目を背け続けた。
そうしたら、幻聴が聞こえるようになった。
ーー貧乏でも、家族と一緒なら幸せでしょう?
だから早く、早くコッチニオイデ
連れていかれる、死の世界に。
そのうち俺は気が狂って、殺される。
怖くて怖くて仕方がなかった。
「家族の元に逝きたい」という本心を無意識に正当化しようとして、俺は俺自身に呪いをかけたんだと思う。もちろんこれは比喩だが。
貧乏を抜け出さなければ、幸せにならなければと思った。
金を稼いで、誰よりも裕福で充実した暮らしをすれば、俺は連れていかれない。
でも、そうなろうとすればするほど俺は孤独になった。
そのアナを埋めようとして、また金を稼いで。
剣は……
剣は、俺の孤独を埋める、俺のアナを埋められる。
俺と幸せになれる、唯一の存在だったんだ。
なのに……なのに、あいつは…俺を拒んだ……
もう、だめだ……俺は死ぬ、殺される、家族の悪霊に連れていかれる
精神を壊されて……発狂して………死ぬ…
弓月は頭を抱えながら、震える声でそう言った。
一方劉は、思わず出かかった言葉をかろうじて飲み込んだ。
孤独を癒せるなら、誰でもいいの…?
僕でも。
僕なら、君の孤独を埋められるのに。
弱みに付け込む悪い男かな、僕は。
弟とどんな喧嘩別れをしたのかは知らないけど、
話を聞く限りは、ユヅキが自分勝手に支配しようとしただけに思える。
きっと自分の行動を省みさせたり、
叱咤し目を覚まさせる人間が彼には必要だ。
だけど、僕は否定しない。
ユヅキの全てを受け入れる。
君を愛し続けると誓うよ。
だから、僕を選んで。
劉は黙ったまま、弓月の体を抱きしめた。
劉は誰かに電話すると言って、いったん部屋を出た。
弓月の方は、寝ている間に服を整えられたものの、もう疲弊して力が出ずただベッドに座っていることしかできなかった。
電話を終えた劉が部屋に戻ってきてしばらくして、部屋のチャイムが鳴った。
「ワタシの知り合い霊媒師、呼んできたヨ」
「ども~葛宮葬儀屋から派遣されてきた晴瀬でーす」
訪れたのは、葛宮葬儀屋ー剣が働いている葬儀屋ーの従業員、晴瀬唯人だった。
葛宮葬儀屋とは数週間前に剣の件でひと悶着あった。
もう会うことなどないと思っていたのに。
弓月は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「お前……!あの時の!!」
「ナニ?知り合いなら話早いネ。ワタシが知る中で一番の実力者よ」
弓月は小声で劉に声をかける。
「そもそも、なんであのエセ占い師口調に戻っているんだ」
「ハルセはこっちのワタシしか知らないカラ」
劉は晴瀬に本題を切り出した。
「ちっちゃい時から死んだ家族の声、聞こえるゆうネ」
「だからそれは…!俺自身の……」
「マンビョーは口に苦しヨ」
「……備えあれば患いなし、か?」
「ソレネ~」
「せめてもっとわかりやすく間違えろ…」
話を聞いていると、劉が晴瀬に「家族の霊がついていたら除霊してくれ」と依頼したらしい。
晴瀬はさっそく、弓月に意識を集中させた。
しかし、しばらくして言いづらそうに口を開いた。
「あ”~、どんな結果でも依頼料くれますよね?金持ちなんだから」
「モチのロンよ」
劉が代わりに答える。
「あんね、悪霊なんかこれ~ぽっちも憑いてない。本人の自覚通り、声が聞こえるとしたらアンタの心理的な要因の幻聴だ」
晴瀬がそう言うと、劉は一言「よかった」と呟いた。
「……だからこんなことは無意味だったん」
「ユヅキの心の問題なら、僕が治してあげられる」
「は……?」
「僕が、君の孤独埋めてあげる、君の心救ってあげる」
劉が弓月の体を愛おしそうに抱きしめた。
「あーあのー……依頼料は後日請求させていただきます~」
二人のただならぬ関係を目の当たりにし、静かにとんずらしようとする晴瀬に、劉は逃がすまいといった様子で声をかけた。
「契約書、ご覧になるネ。依頼料違うよ、『除霊料』としっかり書いてるヨ。アンタ今日除霊したカ?してないね~」
「は!?嘘だろ!」
劉がひらりと落とした契約書を慌てて拾い確認する晴瀬。
「っていうかこれ遊びで書いたやつだろ!?いちいち除霊に契約書とか書かねーよ普通は」
「ハルセが足元見て高額吹っ掛けてくるからデショ?」
「くっそれは……相手があの水川弓月だって言ったからあわよくばと思って…」
「除霊してないんだからそのままオトリヒキねがおうか」
「お引き取りな……」
「あ”~もう最悪、ただ働きかよ。しかもこんな奴に」
ぶつぶつ文句を垂れながらも裁判を起こすなんて大それたことをすることもないわけで、晴瀬は壁を蹴りながらその場を後にした。
部屋がしんと静まり返った。
劉は両手を弓月の頬へ伸ばし、愛おしそうに撫でた。
「……君を守るよ、君を傷つける全てから」
「……ぁ……」
「君の恐怖も歪みも寂しさも、全部晒け出して。空いたところ僕に入らせて?」
額と額をコツンと合わせた。
はー、と震える吐息を漏らし呼吸を整える。
上目遣いの瞳が弱々しく揺れた。
完璧で高慢で強くあろうとする彼が、弱くて欠けている剥き出しの本当の表情を見せている
それだけで劉にとっては、一つ前に進んだようで嬉しかった。
「愛してる、愛してるからね」
「ぅ”……ぁ……ゃ…」
「嫌…?」
弓月は唇をぎゅっと結んだまま、ふるふると首を横に振った。
怖いけど、受け入れようとしている。
愛に飢えながらも愛を恐れる孤独な人間が、10年も前から愛されていたことを知る。壊されて乱されて、やっと気づく。
二人はそのまま、いつまでも体温を分け合っていた。
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