葛宮葬儀屋の怪事件

クズ惚れつ

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第四話 水川弓月とエセ占い師

1 オニイサン、今、幸せカ?

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※番外編です、葬儀屋はほぼ出てきません
※汐見の兄、水川弓月が受けです
※エロ強め(当作品比)




第四話 水川弓月とエセ占い師





 仕事終わりの23時。普段なら絶対に入らない安居酒屋で、普段なら敬遠する安いビールを浴びるように飲んだ。

 お兄さん、もうその辺にしときなあ

 酔い潰れかけて目元を腫らす男に店主は心配そうに声をかけるも、ただ睨み付け返した。

ーー貧乏人が偉そうに俺に指図するな

 頭の中によぎるその言葉を口に出さないだけの社会性はあったが、他者を拒絶する態度は抑えきれていなかった。
 ジョッキがいくつも並ぶ机に突っ伏すと、少し前に蹴り飛ばされた鼻がまだ痛む。
 ここ数日は目も当てられないほどボロボロで、業務中も上の空で心ここに非ずだった。
 普段、容姿も態度も完璧な仕事人間であったからなおさら。

ーー完璧だったはずだ、これまでの人生。

 確かに、小学校から高校までは散々だった。
 修学旅行で家を不在にした3日の間に、父親と母親、3人の兄弟が死んだ。
 借金関係のいざこざで、やくざまがいのゴロツキに殺されたのだ。
 霊安室に真っ白な布をかけられた5つの遺体が並ぶ光景が、未だに脳裏にこびりついている。
 ほぼ天涯孤独の状態を親戚に引き取られたが、養父母は補助金目当てに俺を引き取っただけで、家でもほぼネグレクト状態だった。
 高校に入る頃には、時折憂さ晴らしのように身体的な暴力も加えられた。
 しかしそこで気づいたのだ。
 貧乏だからいけないんだ、金がないから不幸なんだ。
 地位がないから不幸なんだ、権力がないから不幸なんだ。
 自分だけの幸福な国を作らなければ。
 死に物狂いで勉強して、偏差値の高い大学に入って。
 幸いなことに大学の頃になると養父母も面倒さが勝ったのか、ほったらかしの状態だった。
 一部上場企業の大手IT企業に就職、数年後個人でやっていたサービスが軌道に乗りそのままITベンチャーを起業。
 順風満帆、まさに思い描いていた幸せ。
 完璧な人生。

 ただ時折、得も言われぬ虚しさのような何かが心臓を掠める。
 心の底から笑ったのはいつだったか。
 反芻すると、高校までさかのぼる。
 放課後、唯一心を開けた友人と、机を挟んで座りながら、他愛のない話をして。
 相手の顔は……うまく思い出せない。
 地位を手に入れるために邪魔なものは、全て自分の中から消し去って生きてきた。

「………………剣」

 思い出せない代わりに、弟の名前をうわ言のように呟く。
 唯一の肉親、可哀想だった弟。
 もう絶対に手に入れられないところに行ってしまった弟。



 よれよれのスーツを身にまとい、涼しげな縁なしメガネの奥に酷いクマをためた男ーー水川弓月は深夜の裏通りをふらふらと歩いていた。

「オニイサン、今、幸せカ?」

 裏通りからさらに入った薄暗い路地の奥、30cmほどの竹串のようなものを数十本持った、色の着いた金縁丸眼鏡の男はいた。
 他に人間はいない。自分に話しかけているのを認識し、弓月は一瞬脚を止めた。

「……宗教の類いは信じない質なんだ、他を当たれ」

 通常であれば素通り、ましてや返事を返すことなど絶対になかったであろうが、弓月は今人に飢えていたのかもしれない。
 退廃的な、あるいは憐れみの瞳で胡散臭い男をよく見る。

「宗教違う八卦ヨ、これ筮竹ゆうネ。お兄サンのこと、なんでもわかるよぉ」
「占いも信じない、迷惑だ」
「あなた幸せじゃないネ?幸せ度マイナス120%ってところ」

 占い師はおちゃらけた物言いで近づいてきて、弓月の腕を掴んだ。妙に熱を持った手が離さないとでも言うようにぎりぎりと締め付ける。
 しまったな、何も考えず会話などしたばかりに厄介なのに目をつけられた。
 弓月は少し語調を強めた。

「よっぽど俺が金を持ってそうに見えたか?だがあいにく俺は貧乏だ。たかるなら他を
「……ふん。ベンチャー企業のシャチョサンがビンボーなんて聞いて呆れるネ」
「……っ!?俺を知っているのか?」
「なんでもワカルゆうたでしょ?」

 改めて占い師の顔を見ると、優しそうな笑みを浮かべていて思わず心臓がどくりと音を立てた。

 なんてことはない……これはただの気まぐれだ、暇潰しだ。

 腕を掴まれたまま、顔を伏せて弓月は声を絞り出した。

「ぉ…………弟は、俺を憎んでいるか……?」
「!」
「……俺のもとに……帰って…………くるか?」

 酔いで潤む瞳、朦朧とする頭、不安げに揺れる声。
 占い師は黙ったまま掴んでいた腕を離し、その手で弓月の首を撫で顎をくいっと持ち上げた。

「は?」
「アイヤー何したねあんた、そりゃもう恨まれまくりヨ。もうお兄ちゃんなんて知らない!ゆうてるよ。今ちょうど藁人形の用意してるネ」

 あまりのことに弓月は一瞬思考が停止した。
 占いもクソもない、だいたい剣は「お兄ちゃん」などとは呼ばない。

「……その八卦とやらで占うんじゃないのか」
「当たるもハッケ当たらぬもハッケネ」
「いやそもそも何もしてないだろう」
「自己流八卦ヨ」

 弓月は首を撫でる占い師の手を払いのけた。

「はぁ、あんたと話してると俺までバカになってくる……」
「ちょっちゅネ~」
「もういい、時間の無駄だ」

 弓月がその場から立ち去ろうとした瞬間、再び占い師に腕を掴まれた。
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