葛宮葬儀屋の怪事件

クズ惚れつ

文字の大きさ
上 下
21 / 47
第二話 兄弟喧嘩は葛宮しか食わない

1 あぁ剣!どこ行ってたんだ!

しおりを挟む


第二話 兄弟げんかは葛宮しか食わない





つるぎ、お前が殺したんだ」
「……ちが……俺は……」
「父さんと母さんと、兄弟を見捨てた」
「見捨ててなんか…ない……」
「お前は幸せになっちゃいけない人間なんだ」
「…兄さん……っ!」


「だけど……俺だけは、お前を許してやる、剣」


「っ!……はぁ…はぁ……は……」

 覚醒。
 汐見は勢いよく瞳を開け、先までの出来事が夢だったと自覚する。
 目が覚めた瞬間、うなされる汐見を嬉々として爛々として覗き込む葛宮と目が合う。
 うっすら汗をかく汐見を見つめて、葛宮はニンマリと笑った。

「悪夢なんて見るんだねえ!」
「……見ますよ、人間ですから」

 荒い呼吸を一瞬で抑えて、汐見はいつもの冷淡な口調で至極当たり前のことを答えた。
 そんな二人と同じ空間で、俺と晴瀬も仕事をしている。
 もとい、晴瀬は手持ち無沙汰でスマホをいじっているだけだが…。
 汐見は一時間ほど前に、葛宮葬儀屋の事務所のソファで寝落ちしてしまった。
 悪夢を見てうなされていたから起こそうとしたのだが、オーナーに「起こしたら殺すぞ」と言わんばかりの殺気立った目で止められてしまった。
 本当に悪趣味だ。
 忍耐強く、自分を殺して家族のために生きている男だ、密かに心労も溜まっているのだろう。
 せめてここでは、神経を張り詰めずにリラックスして過ごしてほしいものだ。

「お水、机に置いときましたよ」
「……ありがとうございます」

 俺が先ほど用意した水を一口。
 無表情に見えるが、嬉しいのかちょっと微笑んでいる。
 0.1ミリの口角の動きを見逃さない。
 俺はここ一ヶ月ほどで、汐見の表情には敏感になった。
 ちょっとした笑み、怒り、悲しみなどをなんとなく察せるようになってきた。
 感情が少しでも見えてくると、さらにこの男の好感が持てるところが露になる。
 本当に素直で、純粋なものだ。
 三つ上の23歳で、身長190cm越えだとしても、なんだか田舎の無垢な子供のようで可愛くすら思えてくる。
 まあ、犯罪者じゃなければもっと可愛いのだが。
 そうだ、この男は一ヶ月前ここ、葛宮葬儀屋に客として訪れた。
 「自分に取り憑いた霊を火葬してほしい」と。
 霊の声を聞くことで事件の真相に近づいていくと、この男が家族ぐるみで殺人の隠蔽工作に加担していたことが判明した。
 なんやかんやあって、その男がうちで働くことになった。
 なんだよなんやかんやって!話飛びすぎだろ!
 殺人はしていないまでも、犯罪者と同じ空間にいること自体が俺にとっては恐怖以外の何者でもない。
 しかしまぁ、家族を守るためにやったのだという動機はわからんでもないから、とりあえずは例の事件のことは忘れて、新しい同僚と良好な関係を築くつもりはある。

 さて、その被害者のことなんだが……。
 今は捜索願いが出されているようだ。
 しかし警察も親族も本気で探しているような素振りはない。
 本当かは定かではないが、泥酔して道に転がっていたくらいだから、日頃の素行に両親も呆れていたようだ。
 本気で捜索する気がないなんて話もある。
 それかあるいは、実家の太い葛宮が圧力で揉み消している……などという妄想まで抱く。
 いや、妄想ではないかもしれないが。

「汐見くん、もっと顔をよく見せてくれ」

 汗が滲み束になって額に張り付く前髪を、葛宮が優しい手つきで搔きわける。
 汐見はどう反応したらいいのかわからず、目を伏せながら、ただ照れて頬が赤くなるのを押さえつけていた。

「初めてここに来た時よりも人間らしい顔になったね」
「……人間らしくなったら俺には興味がなくなりますか?」
「とんでもない。それでもなお死を纏っている君の存在が愛おしくてたまらない」

 うげ~~~昼間っからやめてくださいよぉ。
 この一ヶ月間、ずっとこんな感じだ。
 半住み込みで働く汐見とは、ほぼ同居状態だと聞く。
 さぞ友情(愛情?)も深まっているのだろう。
 
「おっ、おっぱじまるか?久遠、俺らも混ざって4Pしようぜ」
「ちんこもげろ」
「……言うようになったな」

 俺は作業の手を止めずに晴瀬をあしらう。
 結局汐見の事件の件で約束通り100万円のボーナスを貰った。
 実際には借金の額が減っただけなので現金を手にした訳ではないが、負債が300万から200万に減っただけでも最高にありがたい。
 そもそも利息ゼロで借金を肩代わりしてくれているのがとんでもないことだ。
 葛宮に利はないから完全に慈善事業なのではないかと思うが、その代わり俺をバイトとしてこきつかっているのでおあいこだと信じたい。

 そんな俺たちの日常を、バタンと大きな扉の音が遮った。
 誰かが入店。
 俺は反射で挨拶。

「いらっしゃいませ~、葬儀のご依頼で……す……か?」

 その客は俺のことなんか見えていないかのように、無遠慮にズンズンズンと奥に入り込んできた。
 身の丈が高く全身真っ黒で、まるで黒い影のように、バサリと外套を翻したかと思えば、キョトンとした顔で立ち尽くしている葛宮の肩をぐいっと押し退ける。
 衝撃の強さで華奢な葛宮の体はふらりとよろめいた。
 葛宮とは違うベクトルの非常識人の登場に一同面食らう。
 
「あぁ剣!どこ行ってたんだ!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

上司と俺のSM関係

雫@更新予定なし
BL
タイトルの通りです。

処理中です...