葛宮葬儀屋の怪事件

クズ惚れつ

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第一話 生ける屍からの依頼

12 葛宮さんが俺に来いと言うなら、俺はどこまででもついて行きます

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「……それより汐見くん、大丈夫かい?」

 汐見は体を起こして地面に座り込む。
 汗だくの前髪をかきあげた。

「はっ…、はー……はい…大丈夫です、ご心配おかけしてすみません」
「そのブレスレットは一時的だが、霊力を払いのけることができる。しばらくはそれをつけているといい」
「……ありがとう…ございます」

 葛宮は立ち上がって尻についた土を払って言った。

「じゃあ晴瀬、声がする方に連れていってくれ」
「……そう言うと思ったぜ」

 こんな状態だぞ、クライアントはボロボロで、山奥で、もう完全に日は暮れている。
 それでもまだ、このいかれポンチのオーナーは霊を追おうと言うのだ。
 晴瀬は覚悟を決めた顔をしていた。

「汐見さん、久遠、お前らがいいならこのまま霊を追うが、どうする?」

 俺は正直、このまま帰りたかった。
 怖いし、俺まで憑かれたらと考えたら不安で仕方がない。
 それだけじゃない、霊がいなくとも、遭難、不審者、事故、夜の山奥なんてあらゆる危険があるだろう。
 なんだか、嫌な予感がする気がするのだ。
 俺には霊力もなければ、予知能力もさらさらないからこれはただの勘だけど、これ以上深入りするなと脳みそが警鐘を鳴らしている。
 だけど。

「霊に対峙して成仏させられれば、汐見さんが苦痛から解放されるなら、やりますよ」

 オーナーは満足そうに笑った。
 晴瀬は心配げに眉を寄せて尋ねる。

「本当にいいんだな、お前だけ事務所に置いてってもいいんだぞ」
「行きますよ、俺だって葛宮葬儀屋の従業員です。ただ、条件があります。」

 俺は葛宮に向き直ってそう言うと、相手も俺の方を向いて興味ありげに続きを促した。

「言ってみな」
「汐見さんを置いていってください。彼が霊と会うのは絶対に危険です。誰かが霊で苦しんでいる姿を、俺は見たくないんです」
「自分と重なるから?」
「……そうです。苦しみの元凶と戦う術を持っていないのは怖いんです。だから戦えないなら、逃げればいい」
「自分だけ向き合って、汐見くんには逃げろなんて、残酷じゃないかい?」

 葛宮のその言葉に、俺は何も返せなくなってしまった。
 俺は従業員だけど、汐見はただの客だ。
 これ以上、巻き込むのは違うんじゃないのかと、俺の心は叫んでいる。
 その静寂を破ったのは、汐見だった。

「俺は行きます。……戦いとか、逃げ方とか、俺にはわかりませんが、俺は約束を破るほど不誠実ではない。葛宮さんを満足させるために、俺の全てを差し出します。葛宮さんが俺に来いと言うなら、俺はどこまででもついて行きます」
「なんで、そんなに……」

 人間味がないほどに純粋なのだろう。

「それに、俺にも見届けさせてください。ちゃんとこの霊を火葬できたのか、依頼人である俺には見届ける権利があるでしょう」

 汐見が行くと言うのなら俺に止めることはできない。
 重い空気を晴瀬のおちゃらけた声が破った。

「まぁ、いざとなりゃ汐見さんも久遠も俺が守ってやるから、安心してついてこいよ」
「あんたが一番油断ならないんですよ」

 そんな皮肉を吐きながら、俺たちは晴瀬に連れられて山を降りていく。

「じゃあ結局あの場所に霊はいなかったってことかい?」
「そうだな、声の大きさ的にある程度離れているだろうが、そんなに遠くじゃない」
「なんすかそのニアミスは」

 なんにせよ探していた霊の声が聞こえたと言うことは、俺たちのやってきたことは無駄じゃなかったわけだ。

「ところで汐見くん、何かその霊に取り憑かれたきっかけとかあったのかい?」
「………いえ、覚えていません」
「なんにせよかなり怨念の強い悪霊だったな。久遠、心してかかれよ」
「やめてくださいよ脅すの」

 とりとめのない会話をしながら、数十分ほど歩いていると山の麓の方まで来た。
 そう霊感のない俺ですら、何か禍々しい邪気のようなものが強まっているのを感じた。
 一歩一歩踏みしめるたびに、極悪の元凶に近づいているような感覚を覚える。
 不吉な予感。

「ここだ」

 晴瀬が足を止めた。
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