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第一話 生ける屍からの依頼
10 汐見くんは死体について何かを知っている
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ゲスな声や視線を浴びせられた中で得られた情報はでかかった。
「……うちの市でそこそこ高い山、あるだろ。あれの中腹に、その霊はいるらしい。2、30代の男の霊」
「中腹と言ったって、かなりの広さだろう。しらみ潰しに探していたら日が暮れるんじゃないか?」
「それは大丈夫だ、目ぼしい場所にピンさしてもらったから」
おもむろに晴瀬が取り出したスマホの画面を見せると、マップ上の山奥の一点にピンが刺さっている。
「幽霊ってスマホ操作できるんですか?」
汐見が発したのは至極全うな質問だ。
俺だって面食らった、晴瀬が差し出したスマホを霊の女が器用にスワイプし始めた時は。
晴瀬はスマホをポケットに突っ込んで、よいしょっと立ち上がった。
「とりあえずここに向かってみようと思うが、異論はないか?」
「あぁ、わくわくしているよ。そこに霊がいれば、死んだ場所、死に方、その時の感情、全て鮮明に語ってもらおう」
「………………そう、ですね」
歯切れの悪くそう答える汐見。
どうしたのだろう、先ほどから汐見は妙に調子が悪そうだ。
とは言っても表情は相変わらず死んでいて、感情は見せていないが。
葛宮と晴瀬は汐見の変化に気づいていないらしい。
気のせいか……?
俺は思わず声をかけていた。
「汐見さん、もし霊との接触が怖いなら、ここに残っていても大丈夫ですよ」
「……怖い、ですか?」
「心霊体験をするなんて、普通の神経だったら怖いに決まってます。この二人のちょっとおかしいんです。俺は麻痺してるけど、ほんとは死ぬほど怖い」
「久遠、いきなり何言ってんだ」
「汐見さんは表情に出ませんが、明らかに最初の様子が違う。それに、何かのために自分を律したり、簡単に犠牲にしたり、しそうだから」
「俺は別に……」
「嫌だとか、怖いとか、やりたくない、行きたくない、もしあるなら言っていいんです」
「ダメだ」、俺の言葉を遮ったのは葛宮だった。
「汐見くんにも同行してもらう」
「オーナー!汐見さんが躊躇っているのに気がつきませんか?客に無理強いするつもりですか!」
「汐見くんも捜索に参加する。それが依頼を引き受ける条件だ。契約を反故にするつもりかい?」
「……はい。もちろん、俺は行きます」
汐見が目を伏せながら抑揚のない声でそう告げた。
その瞳はさらに色を失って濁っていくようだった。
俺はうぐぐと唸る。
葛宮は呆れたように笑うと俺の肩を抱き寄せて、後ろの晴瀬に言った。
「ちょっと久遠くんと話してくるから、ここで待ってて」
店の裏側、誰にも声が聞こえないであろう場所。
「葛宮さん、いくら貴方が傍若無人の奇人だからって、本当に大事なことは見失わない人だと思ってましたよ!」
「落ち着いて、僕だって彼の変化には気づいてる。だけどその感情は、恐怖や嫌悪ではないと考えてる」
「なんですって?」
「まぁ、感情の読めない男だから難しいが……君、彼が何故うちに依頼をしたか考えたことはあるかい?」
「何故って、霊の声でノイローゼになって……」
「宅急便の配達員である彼が6人家族の家計を支えている、つまり副収入でもない限り余程金には困っていると見える」
「それがなんだって……」
「さらに自分より家族を優先し自分を律するような彼が、わざわざ自分に取り憑いた何者かもわからない他人、それも生きていない霊を消すために金を使うだろうか」
それは……確かにそうだけど。
「それに霊を消すならまず除霊師のところにいくだろう。なんでわざわざしがない怪しい葬儀屋に来ることがある」
「……何が言いたいんですか」
葛宮は思わせぶりに俺の耳元に口を寄せて吐息たっぷりに囁いた。
「汐見くんは死体について何かを知っている」
唖然、開いた口が塞がらない。
荒唐無稽にも思えた言葉は、考えるほどそれらしく思えてくる。
「……だから、汐見くんに最後まで見届けさせたい。どうだろうか?」
そう言ってにこりと笑った。
俺はそれ以上何も言えなかった。
「……喧嘩は終わったか?」
部屋の中に戻ってきた俺たち二人を見るなり、ソファにぐでんと座った晴瀬はにやついて皮肉を吐いた。
「そりゃあ仲を深めあってきたよ。こーんな風にね」
同じく笑いながら葛宮はあろうことか俺の頭を掴み抱き寄せた。
「…!?!?」
「仲良くなったよね?」
「当て付けかよオーナー」
晴瀬の言葉の意味はよくわからんが俺は反射で葛宮を突き飛ばした。
「セクハラですよ!?!?」
キレる俺のことなんか気にもせず葛宮は、
「大事なものは手の中に入れておかないと」
と晴瀬に呟く。
「話し聞け!……はぁ、もう行きましょう。汐見さんも、辛くなったらすぐ言ってくださいね」
「……わかりました」
俺たちはついに「カソウして」ほしいという霊を探しに出た。
「……うちの市でそこそこ高い山、あるだろ。あれの中腹に、その霊はいるらしい。2、30代の男の霊」
「中腹と言ったって、かなりの広さだろう。しらみ潰しに探していたら日が暮れるんじゃないか?」
「それは大丈夫だ、目ぼしい場所にピンさしてもらったから」
おもむろに晴瀬が取り出したスマホの画面を見せると、マップ上の山奥の一点にピンが刺さっている。
「幽霊ってスマホ操作できるんですか?」
汐見が発したのは至極全うな質問だ。
俺だって面食らった、晴瀬が差し出したスマホを霊の女が器用にスワイプし始めた時は。
晴瀬はスマホをポケットに突っ込んで、よいしょっと立ち上がった。
「とりあえずここに向かってみようと思うが、異論はないか?」
「あぁ、わくわくしているよ。そこに霊がいれば、死んだ場所、死に方、その時の感情、全て鮮明に語ってもらおう」
「………………そう、ですね」
歯切れの悪くそう答える汐見。
どうしたのだろう、先ほどから汐見は妙に調子が悪そうだ。
とは言っても表情は相変わらず死んでいて、感情は見せていないが。
葛宮と晴瀬は汐見の変化に気づいていないらしい。
気のせいか……?
俺は思わず声をかけていた。
「汐見さん、もし霊との接触が怖いなら、ここに残っていても大丈夫ですよ」
「……怖い、ですか?」
「心霊体験をするなんて、普通の神経だったら怖いに決まってます。この二人のちょっとおかしいんです。俺は麻痺してるけど、ほんとは死ぬほど怖い」
「久遠、いきなり何言ってんだ」
「汐見さんは表情に出ませんが、明らかに最初の様子が違う。それに、何かのために自分を律したり、簡単に犠牲にしたり、しそうだから」
「俺は別に……」
「嫌だとか、怖いとか、やりたくない、行きたくない、もしあるなら言っていいんです」
「ダメだ」、俺の言葉を遮ったのは葛宮だった。
「汐見くんにも同行してもらう」
「オーナー!汐見さんが躊躇っているのに気がつきませんか?客に無理強いするつもりですか!」
「汐見くんも捜索に参加する。それが依頼を引き受ける条件だ。契約を反故にするつもりかい?」
「……はい。もちろん、俺は行きます」
汐見が目を伏せながら抑揚のない声でそう告げた。
その瞳はさらに色を失って濁っていくようだった。
俺はうぐぐと唸る。
葛宮は呆れたように笑うと俺の肩を抱き寄せて、後ろの晴瀬に言った。
「ちょっと久遠くんと話してくるから、ここで待ってて」
店の裏側、誰にも声が聞こえないであろう場所。
「葛宮さん、いくら貴方が傍若無人の奇人だからって、本当に大事なことは見失わない人だと思ってましたよ!」
「落ち着いて、僕だって彼の変化には気づいてる。だけどその感情は、恐怖や嫌悪ではないと考えてる」
「なんですって?」
「まぁ、感情の読めない男だから難しいが……君、彼が何故うちに依頼をしたか考えたことはあるかい?」
「何故って、霊の声でノイローゼになって……」
「宅急便の配達員である彼が6人家族の家計を支えている、つまり副収入でもない限り余程金には困っていると見える」
「それがなんだって……」
「さらに自分より家族を優先し自分を律するような彼が、わざわざ自分に取り憑いた何者かもわからない他人、それも生きていない霊を消すために金を使うだろうか」
それは……確かにそうだけど。
「それに霊を消すならまず除霊師のところにいくだろう。なんでわざわざしがない怪しい葬儀屋に来ることがある」
「……何が言いたいんですか」
葛宮は思わせぶりに俺の耳元に口を寄せて吐息たっぷりに囁いた。
「汐見くんは死体について何かを知っている」
唖然、開いた口が塞がらない。
荒唐無稽にも思えた言葉は、考えるほどそれらしく思えてくる。
「……だから、汐見くんに最後まで見届けさせたい。どうだろうか?」
そう言ってにこりと笑った。
俺はそれ以上何も言えなかった。
「……喧嘩は終わったか?」
部屋の中に戻ってきた俺たち二人を見るなり、ソファにぐでんと座った晴瀬はにやついて皮肉を吐いた。
「そりゃあ仲を深めあってきたよ。こーんな風にね」
同じく笑いながら葛宮はあろうことか俺の頭を掴み抱き寄せた。
「…!?!?」
「仲良くなったよね?」
「当て付けかよオーナー」
晴瀬の言葉の意味はよくわからんが俺は反射で葛宮を突き飛ばした。
「セクハラですよ!?!?」
キレる俺のことなんか気にもせず葛宮は、
「大事なものは手の中に入れておかないと」
と晴瀬に呟く。
「話し聞け!……はぁ、もう行きましょう。汐見さんも、辛くなったらすぐ言ってくださいね」
「……わかりました」
俺たちはついに「カソウして」ほしいという霊を探しに出た。
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