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第一話 生ける屍からの依頼
9 俺のことなんだと思ってんすか、コバエがホイホイじゃないんですよ!?
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俺たちはひとまず、来客用の客間で気を落ち着かせることにした。
俺は4人分の紅茶を机の上に置いて、ソファに座る。
「あの悪霊の言っていることが正しいとすると、汐見くんは地縛霊に取り憑かれてるってことかい?」
「汐見さん、声がするのはいつも決まった場所とか、そういうことはないか?悪霊は山奥で聞いたと言っていたが」
「…………わかりません。決まった場所では…ないと思います。場所も時も選ばず声が聞こえるので、困っているのですから」
悪霊と汐見の話は食い違う。
「まあ分霊体ってやつもある。霊がいくつかに分散して、一つは山の地縛霊、一つは汐見さんの周りにうろついている、ってこともなくはない」
手がかりなし、万事休す。
なんて思いつつ、元はと言えばオーナーの「死体を探したい」というわがままに3人揃って付き合わされているだけだ。
汐見は遺体がなくとも、霊が他人であろうと、「火葬させる」ことで成仏させられるなら金を払うと言ってくれている。
よく考えればその霊を晴瀬が除霊すればいいだけの話では、とも思いながらも、俺は久しぶりの客を逃したくはなかった。
銭ゲバよろしく稼ぎまくって早く借金を返し終えねば、俺は永遠にあの変人変態お坊ちゃんのパシリだ。
「かったりぃが、さっきみたいに聞き込みして回るしかねえようだな」
「誰に?」
「霊」
いやな予感。
俺はくるりと翻す。
「あ、俺ペン習字教室の時間だ、お先あがりま~
ガシッ
出口の方に歩き出した俺の襟首を晴瀬が掴むせいで、俺の歩みは強制的に止められた。
恐る恐る振り返ると晴瀬のとびきりの笑顔が眼前に飛び込んでくる。
「お前が霊おびき寄せなきゃ話きけねえだろうが」
「あーーー聞こえない聞こえない!!俺のことなんだと思ってんすか、コバエがホイホイじゃないんですよ!?」
「よくわめくおもちゃ」
「借金まみれのお茶汲み」
悪趣味な先輩からはおもちゃ呼ばわり、変態の雇い主からはお茶汲み扱い。
いやお茶汲みも借金まみれも実際正しいが、それにしてもひどい言われようである。
「ペン習字なんか習ってどうするつもりだ?」
「そりゃ事務職でも営業職でも使うとこはあるでしょ」
「うちに就職してもいいんだよ」
「俺のおもちゃに永久就職するか?」
「悪霊に取り殺された方がマシです」
しびれを切らした葛宮は紅茶を一口啜ると、棚から何かの束を手に持って俺の方に投げてくる。
思わず反射でキャッチすると、そこそこ重いそれは紙幣の束だった。
「…8、9、10……10万!?」
間髪入れずに数え始めた俺のがめつさにも恐れ入るが、いきなり10万を放り投げてきた奇人はこう言った。
「死体が見つかったら報酬100万、それは前金の10万」
聞いて驚け、俺の借金は現在300万円。
三分の一がたった一日二日で返せる。
俺の解放が三分の一早まるってわけだ。
「晴瀬さん、行きましょう」
「現金な奴だな……」
呆れた声で晴瀬はそう言ったが、まんざら悪い様子でもない。
俺はキリッとした顔でソファに座りなおす。
「借金があるんですか?」
いたって真剣な顔で汐見が俺に尋ねてくるのが、バツが悪すぎる。
「深くは聞かないでください……」
空気が読めないのか、読む気がないのか、純粋な瞳で俺を見てくる視線が痛い。
この男はきっと真面目に誠実に生きてきたのだろう。借金なんか当然のこと、ギャンブルや酒タバコに溺れるようなこともなさそうだ。
俺だって一限をサボるくらいで、そこそこ品行方正に生きてきたつもりだが、いかんせん運が悪すぎる。
だが汐見という男はそれ以上に、いや潔癖なまでに誠実で、純粋で、自律心の強い人間だと感じた。
「じゃあ晴瀬と久遠くんは外の霊に聞き込みに行ってくれ。僕と汐見くんは事務所で店番しながら作戦を立てよう」
「わかりました」
伏せ目がちにそう答えた汐見は目の前に出された紅茶に一口も手をつけていない。
まだ緊張しているのだろうか、それとも紅茶は苦手だったとか?
色々気にして考えが巡る俺の髪がつかみ引っ張られた。
「おら行くぞ。オーナー、タクシー代は経費で落とせよ」
「店の裏に自転車があるよ」
「イダダダダッ晴瀬さん髪抜ける!!」
いってらっしゃーい、などという呑気な声を聞きながら、俺たちは外に出た。
それからのことは語りたくもないが、結論から言うと収穫はあった。
俺はやたらめったらいい霊も悪い霊も呼び寄せまくって、グロッキー状態のまま町中を引きずり回された。
俺が呼び寄せたあらゆる霊に晴瀬は声をかけ、情報を集めていった。
薄気味悪い路地裏。
治安の悪そうなラブホ街。
シャッターが続く廃れた商店街。
霊がうじゃうじゃいそうな陰鬱な場所を次々に尋ねて回った。
『カソウだぁ?知らねえなあ。それより俺の頼み聞いてくれよ。俺を殺した女が…』
『ウォオォォ”ォォ”オ”オォ”ォォォ贄をよこせぇえエ”』
『そこの兄ちゃん、そんなガバガバで歩いてたら体ん中入れてくれって言ってるようなもんだぜえ?ケケケ』
ひぃっ!と思わず悲鳴をあげる俺の肩を引き寄せて庇いながら、晴瀬は淡々と霊と会話をしていた。
俺は4人分の紅茶を机の上に置いて、ソファに座る。
「あの悪霊の言っていることが正しいとすると、汐見くんは地縛霊に取り憑かれてるってことかい?」
「汐見さん、声がするのはいつも決まった場所とか、そういうことはないか?悪霊は山奥で聞いたと言っていたが」
「…………わかりません。決まった場所では…ないと思います。場所も時も選ばず声が聞こえるので、困っているのですから」
悪霊と汐見の話は食い違う。
「まあ分霊体ってやつもある。霊がいくつかに分散して、一つは山の地縛霊、一つは汐見さんの周りにうろついている、ってこともなくはない」
手がかりなし、万事休す。
なんて思いつつ、元はと言えばオーナーの「死体を探したい」というわがままに3人揃って付き合わされているだけだ。
汐見は遺体がなくとも、霊が他人であろうと、「火葬させる」ことで成仏させられるなら金を払うと言ってくれている。
よく考えればその霊を晴瀬が除霊すればいいだけの話では、とも思いながらも、俺は久しぶりの客を逃したくはなかった。
銭ゲバよろしく稼ぎまくって早く借金を返し終えねば、俺は永遠にあの変人変態お坊ちゃんのパシリだ。
「かったりぃが、さっきみたいに聞き込みして回るしかねえようだな」
「誰に?」
「霊」
いやな予感。
俺はくるりと翻す。
「あ、俺ペン習字教室の時間だ、お先あがりま~
ガシッ
出口の方に歩き出した俺の襟首を晴瀬が掴むせいで、俺の歩みは強制的に止められた。
恐る恐る振り返ると晴瀬のとびきりの笑顔が眼前に飛び込んでくる。
「お前が霊おびき寄せなきゃ話きけねえだろうが」
「あーーー聞こえない聞こえない!!俺のことなんだと思ってんすか、コバエがホイホイじゃないんですよ!?」
「よくわめくおもちゃ」
「借金まみれのお茶汲み」
悪趣味な先輩からはおもちゃ呼ばわり、変態の雇い主からはお茶汲み扱い。
いやお茶汲みも借金まみれも実際正しいが、それにしてもひどい言われようである。
「ペン習字なんか習ってどうするつもりだ?」
「そりゃ事務職でも営業職でも使うとこはあるでしょ」
「うちに就職してもいいんだよ」
「俺のおもちゃに永久就職するか?」
「悪霊に取り殺された方がマシです」
しびれを切らした葛宮は紅茶を一口啜ると、棚から何かの束を手に持って俺の方に投げてくる。
思わず反射でキャッチすると、そこそこ重いそれは紙幣の束だった。
「…8、9、10……10万!?」
間髪入れずに数え始めた俺のがめつさにも恐れ入るが、いきなり10万を放り投げてきた奇人はこう言った。
「死体が見つかったら報酬100万、それは前金の10万」
聞いて驚け、俺の借金は現在300万円。
三分の一がたった一日二日で返せる。
俺の解放が三分の一早まるってわけだ。
「晴瀬さん、行きましょう」
「現金な奴だな……」
呆れた声で晴瀬はそう言ったが、まんざら悪い様子でもない。
俺はキリッとした顔でソファに座りなおす。
「借金があるんですか?」
いたって真剣な顔で汐見が俺に尋ねてくるのが、バツが悪すぎる。
「深くは聞かないでください……」
空気が読めないのか、読む気がないのか、純粋な瞳で俺を見てくる視線が痛い。
この男はきっと真面目に誠実に生きてきたのだろう。借金なんか当然のこと、ギャンブルや酒タバコに溺れるようなこともなさそうだ。
俺だって一限をサボるくらいで、そこそこ品行方正に生きてきたつもりだが、いかんせん運が悪すぎる。
だが汐見という男はそれ以上に、いや潔癖なまでに誠実で、純粋で、自律心の強い人間だと感じた。
「じゃあ晴瀬と久遠くんは外の霊に聞き込みに行ってくれ。僕と汐見くんは事務所で店番しながら作戦を立てよう」
「わかりました」
伏せ目がちにそう答えた汐見は目の前に出された紅茶に一口も手をつけていない。
まだ緊張しているのだろうか、それとも紅茶は苦手だったとか?
色々気にして考えが巡る俺の髪がつかみ引っ張られた。
「おら行くぞ。オーナー、タクシー代は経費で落とせよ」
「店の裏に自転車があるよ」
「イダダダダッ晴瀬さん髪抜ける!!」
いってらっしゃーい、などという呑気な声を聞きながら、俺たちは外に出た。
それからのことは語りたくもないが、結論から言うと収穫はあった。
俺はやたらめったらいい霊も悪い霊も呼び寄せまくって、グロッキー状態のまま町中を引きずり回された。
俺が呼び寄せたあらゆる霊に晴瀬は声をかけ、情報を集めていった。
薄気味悪い路地裏。
治安の悪そうなラブホ街。
シャッターが続く廃れた商店街。
霊がうじゃうじゃいそうな陰鬱な場所を次々に尋ねて回った。
『カソウだぁ?知らねえなあ。それより俺の頼み聞いてくれよ。俺を殺した女が…』
『ウォオォォ”ォォ”オ”オォ”ォォォ贄をよこせぇえエ”』
『そこの兄ちゃん、そんなガバガバで歩いてたら体ん中入れてくれって言ってるようなもんだぜえ?ケケケ』
ひぃっ!と思わず悲鳴をあげる俺の肩を引き寄せて庇いながら、晴瀬は淡々と霊と会話をしていた。
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