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第一話 生ける屍からの依頼
3 君の表情には感情が一つも感じられない
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葛宮は、大口を開けて欠伸を一つ漏らした。さぞつまらなそうに、冷めた目を客に向けて言った。
「それでー、誰だっけ?」
「汐見です」
「汐見くん、つまり君の話を聞くに、葬儀するべき死体は君の手にはないということだ」
「オーナー!お客様ですよ!!」
汐見と名乗った客への失礼な態度に俺は焦ったが、当の本人は何ひとつ気にする様子は無い。
長い爪でコツコツと机を叩きながら、営業スマイルとは程遠い、無愛想な顔で続ける。
「僕は霊には興味ないんだよ。『死んだ人間』にしかね」
「駄目、ですか」
悲しげに消えるような声でそう呟いた。
しかし、目を伏せる汐見の表情は、なおも感情を滲ませず、まるで死人のように、空っぽだった。
葛宮は汐見の顔から体まで舐めるように見回す。
その射抜く様な視線で見つめると、俺含め、大抵の人間は居心地悪そうに目を逸らす。
しかし、汐見は全く気にしていない様子で、逆に見つめ返してきた。
言うまでもない、葛宮は客である汐見に興味を抱き始めているようだった。
「君自身が、僕を満足させてくれるなら、仕事を受けてもいい」
『生きる屍』、すなわち『生きながらに死体』の様に見えた汐見自身を一つの死体の在り方として捉えようというのだ。
汐見は少々眉を顰めながらも、臆することなく言った。
「……どうしたら、貴方を満足させられるのか、わかりません。それに、俺は誰かを楽しませられるほど面白い人間ではありません」
品定めをするような悪趣味な視線にも、その死人のような顔を崩さず、真摯に見つめ返し続ける。
「ですが、俺の持っているもので、貴方を満足させられるなら、俺の全てを差し出します。それで……いかがでしょうか」
「まぁ、及第点かな」
「お客様ですよオーナー!!……汐見さん、是非お手伝いさせてください。霊の声が聞こえる辛さは俺もわかります!うちには他の葬儀屋にはなかなかいない、有能な霊媒師がいますから、きっと汐見さんのお役に立てるはずです」
「どーも、有能な霊媒師です~」
晴瀬が気の抜けた挨拶をした。
何としてでも客を確保したい。
俺はいつになく熱弁し、汐見を囲おうとした。
葛宮は長い脚を組み直し、汐見を見てわずかに笑って言った。
「汐見くん、『君の全てを差し出し』てくれるそうだが、具体的には何をくれる気だい。その程よく鍛えられた肉付きの良い体でご奉仕でもしてくれるのかな」
「何お客様にセクハラしてんですかこの脳足りんオーナー!!」
「……こんなものでよければ」
「脱ぐな脱ぐな!!」
上着を脱ぎ始める汐見の肩を俺は必死に掴み、その服を引き上げる。
「はあ、散々失礼をおかけしておいてこんなこと言うのも何なんですが、オーナーの悪ふざけに乗らなくて大丈夫ですから……」
「悪ふざけだったんですか」
相変わらずの調子で、生気のない顔で大真面目にそう返す。
そんな汐見の様子を見て、葛宮はふふっと笑みを零した。
「面白いね君。……冗談だよ、風邪引くから上着着てね。それで、君のことと、その『霊』のこと、教えてくれる?」
契約は成立した。
汐見はぽつりぽつりと話しながら、依頼書に個人情報を書き記していった。
汐見。
23歳、男。
自身に取り憑いているであろう霊の葬儀を依頼した客。
書類に書かれた住所を見ると、市内ではあるがかなり田舎の山奥の方だ。
父親、母親、妹、祖父、祖母との6人暮らしをしている。
現在は宅配便の配達員をして家計を支えているそうだ。
「それでいい体してるんですね!羨ましいな、俺筋肉つかなくて」
「勝手にこうなってました」
「それで、その顔は?」
葛宮の問いかけに、汐見は顔?と尋ね返す。
「君の表情には感情が一つも感じられない。さっきから君の口角が上がったのを見た覚えがないし、瞳は灰色に濁っている。まるで死人だ」
「……そんなことを言われましても、物心ついた時からこの顔なんですが」
「その理由は何だ、両親もそういう顔つきなのかい?それとも幼少期に何かトラウマがあって心が死んだとか、あるいは、」
「オーナー、客を質問攻めにするのはよしてください。汐見さんのことではなく、仕事の話に戻しましょう」
汐見は先ほどの霊の話を詳細に説明し始めた。
「なるほど、その霊は火葬をしてもらえず、この世に未練があるわけだ。つまり、死体はまだどこかに眠っている可能性があると」
葛宮は嬉々として、わずかに声を震わせながらそう言った。
「まぁ、そうかもしれませんね」
「いいじゃないか!霊の声を頼りに、その死体を見つけ出す。死体の状況は見つけてみるまでわからない!最高の余興だ!」
「あの、俺、遺体は探さなくても、成仏させられればそれでいいのですが…」
突然一人でテンションの上がり始める葛宮に、汐見は珍しく困惑した様子で言った。
しかしこうなった葛宮は止められないと俺は分かっていた。
汐見に折れてもらうしか、他に手はないだろう。
「すみません汐見さん、付き合っていただけませんか。お分かりかと思いますが、あの男死体愛好家でして…、自分の目で遺体を見て葬儀しないと気が済まないんです」
「しかし、俺は…」
渋る汐見の後ろから肩を組んで、晴瀬は耳元で囁いた。
「頼みますって、汐見さん。何でも差し出す覚悟があるんでしょ?霊は俺がしっかり成仏させますから、ね」
「…………わかりました。その代わり、明日、明日までに遺体が出てこなければ、葬儀をしていただけますか?」
「オーナー、どうします?」
「……あぁ、いいだろう。ではもちろん、君も捜索に参加してもらうよ」
葛宮は『生ける屍』である汐見を観察できるし、死体も探せるしラッキー、とご満悦な様子だ。
意気揚々とするオーナーを前に、汐見はさらに口を開いた。
「それともうひとつ。今日は俺、用事があるので帰ります。捜索は、明日からでもいいですか?」
「あぁ、待ち遠しいところではあるが、構わないさ。死体は逃げないからね」
「てことは、明日の捜索で見つからなかったら、オーナーは遺体を諦めて、霊の火葬をするという契約ですね」
俺は念のため確認する。
後で約束を反故にされては困るからな…。
「では明日の朝10時にここ、葛宮葬儀屋に集合だ。さっそく、死体捜索作戦開始だ!」
こうして俺たちは死体捜索作戦に乗り出すこととなったのだった。
「それでー、誰だっけ?」
「汐見です」
「汐見くん、つまり君の話を聞くに、葬儀するべき死体は君の手にはないということだ」
「オーナー!お客様ですよ!!」
汐見と名乗った客への失礼な態度に俺は焦ったが、当の本人は何ひとつ気にする様子は無い。
長い爪でコツコツと机を叩きながら、営業スマイルとは程遠い、無愛想な顔で続ける。
「僕は霊には興味ないんだよ。『死んだ人間』にしかね」
「駄目、ですか」
悲しげに消えるような声でそう呟いた。
しかし、目を伏せる汐見の表情は、なおも感情を滲ませず、まるで死人のように、空っぽだった。
葛宮は汐見の顔から体まで舐めるように見回す。
その射抜く様な視線で見つめると、俺含め、大抵の人間は居心地悪そうに目を逸らす。
しかし、汐見は全く気にしていない様子で、逆に見つめ返してきた。
言うまでもない、葛宮は客である汐見に興味を抱き始めているようだった。
「君自身が、僕を満足させてくれるなら、仕事を受けてもいい」
『生きる屍』、すなわち『生きながらに死体』の様に見えた汐見自身を一つの死体の在り方として捉えようというのだ。
汐見は少々眉を顰めながらも、臆することなく言った。
「……どうしたら、貴方を満足させられるのか、わかりません。それに、俺は誰かを楽しませられるほど面白い人間ではありません」
品定めをするような悪趣味な視線にも、その死人のような顔を崩さず、真摯に見つめ返し続ける。
「ですが、俺の持っているもので、貴方を満足させられるなら、俺の全てを差し出します。それで……いかがでしょうか」
「まぁ、及第点かな」
「お客様ですよオーナー!!……汐見さん、是非お手伝いさせてください。霊の声が聞こえる辛さは俺もわかります!うちには他の葬儀屋にはなかなかいない、有能な霊媒師がいますから、きっと汐見さんのお役に立てるはずです」
「どーも、有能な霊媒師です~」
晴瀬が気の抜けた挨拶をした。
何としてでも客を確保したい。
俺はいつになく熱弁し、汐見を囲おうとした。
葛宮は長い脚を組み直し、汐見を見てわずかに笑って言った。
「汐見くん、『君の全てを差し出し』てくれるそうだが、具体的には何をくれる気だい。その程よく鍛えられた肉付きの良い体でご奉仕でもしてくれるのかな」
「何お客様にセクハラしてんですかこの脳足りんオーナー!!」
「……こんなものでよければ」
「脱ぐな脱ぐな!!」
上着を脱ぎ始める汐見の肩を俺は必死に掴み、その服を引き上げる。
「はあ、散々失礼をおかけしておいてこんなこと言うのも何なんですが、オーナーの悪ふざけに乗らなくて大丈夫ですから……」
「悪ふざけだったんですか」
相変わらずの調子で、生気のない顔で大真面目にそう返す。
そんな汐見の様子を見て、葛宮はふふっと笑みを零した。
「面白いね君。……冗談だよ、風邪引くから上着着てね。それで、君のことと、その『霊』のこと、教えてくれる?」
契約は成立した。
汐見はぽつりぽつりと話しながら、依頼書に個人情報を書き記していった。
汐見。
23歳、男。
自身に取り憑いているであろう霊の葬儀を依頼した客。
書類に書かれた住所を見ると、市内ではあるがかなり田舎の山奥の方だ。
父親、母親、妹、祖父、祖母との6人暮らしをしている。
現在は宅配便の配達員をして家計を支えているそうだ。
「それでいい体してるんですね!羨ましいな、俺筋肉つかなくて」
「勝手にこうなってました」
「それで、その顔は?」
葛宮の問いかけに、汐見は顔?と尋ね返す。
「君の表情には感情が一つも感じられない。さっきから君の口角が上がったのを見た覚えがないし、瞳は灰色に濁っている。まるで死人だ」
「……そんなことを言われましても、物心ついた時からこの顔なんですが」
「その理由は何だ、両親もそういう顔つきなのかい?それとも幼少期に何かトラウマがあって心が死んだとか、あるいは、」
「オーナー、客を質問攻めにするのはよしてください。汐見さんのことではなく、仕事の話に戻しましょう」
汐見は先ほどの霊の話を詳細に説明し始めた。
「なるほど、その霊は火葬をしてもらえず、この世に未練があるわけだ。つまり、死体はまだどこかに眠っている可能性があると」
葛宮は嬉々として、わずかに声を震わせながらそう言った。
「まぁ、そうかもしれませんね」
「いいじゃないか!霊の声を頼りに、その死体を見つけ出す。死体の状況は見つけてみるまでわからない!最高の余興だ!」
「あの、俺、遺体は探さなくても、成仏させられればそれでいいのですが…」
突然一人でテンションの上がり始める葛宮に、汐見は珍しく困惑した様子で言った。
しかしこうなった葛宮は止められないと俺は分かっていた。
汐見に折れてもらうしか、他に手はないだろう。
「すみません汐見さん、付き合っていただけませんか。お分かりかと思いますが、あの男死体愛好家でして…、自分の目で遺体を見て葬儀しないと気が済まないんです」
「しかし、俺は…」
渋る汐見の後ろから肩を組んで、晴瀬は耳元で囁いた。
「頼みますって、汐見さん。何でも差し出す覚悟があるんでしょ?霊は俺がしっかり成仏させますから、ね」
「…………わかりました。その代わり、明日、明日までに遺体が出てこなければ、葬儀をしていただけますか?」
「オーナー、どうします?」
「……あぁ、いいだろう。ではもちろん、君も捜索に参加してもらうよ」
葛宮は『生ける屍』である汐見を観察できるし、死体も探せるしラッキー、とご満悦な様子だ。
意気揚々とするオーナーを前に、汐見はさらに口を開いた。
「それともうひとつ。今日は俺、用事があるので帰ります。捜索は、明日からでもいいですか?」
「あぁ、待ち遠しいところではあるが、構わないさ。死体は逃げないからね」
「てことは、明日の捜索で見つからなかったら、オーナーは遺体を諦めて、霊の火葬をするという契約ですね」
俺は念のため確認する。
後で約束を反故にされては困るからな…。
「では明日の朝10時にここ、葛宮葬儀屋に集合だ。さっそく、死体捜索作戦開始だ!」
こうして俺たちは死体捜索作戦に乗り出すこととなったのだった。
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