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第一話 生ける屍からの依頼
1 ようこそ、葛宮葬儀屋へ!
しおりを挟む第一話 生ける屍からの依頼
「ようこそ、葛宮葬儀屋へ!ささ、お座りください」
人が良さそうというのか、胡散臭そうというのか、ニッコリと笑みを浮かべたスーツベストの男は訪れた客を速やかにソファへと誘導した。
ハンカチを握りしめ、目を伏せる華奢な女は、促されるままにストンと腰を落とす。
対面のソファにすでに座っていた俺は、軽く腰を上げ、小さく会釈をする。
その横に腰掛けた男は内ポケットから美しい所作で名刺を取り出し、客に差し出した。
「オーナー兼店長の葛宮と申します。こちらはバイトの久遠くん。さて、早速ですが今回はどのようなご用件で?」
「昨日、母が亡くなりまして……」
「それはそれは、ご愁傷様です。それで、死体の状態は?」
「はい、それは」
「溺死?焼死?失血死?衰弱死ですか?」
「は?」
「損壊状態は?木っ端微塵ですか?腐り落ちてますか?」
キョトンと目を丸くして絶句している客。
焦った俺は、机に置いてあった冊子を手にとって、バチコーンと音でもしそうな勢いで、葛宮の頭をぶっ叩いた。
「オーナー!!!…すみません!忘れてください!それで、亡くなったお母様のご葬儀ですね!?」
「いやまあ検討中って言うかぁ…また来ます~」
「あ、ちょっとっ」
女は俺の制止を無視して、一旦置いたカバンをそそくさと手に取る。
高いヒールをコツコツと鳴らしながら、逃げるように店から出て行った。
思わず客の方に上げた右手を力なく下ろしながら、俺は葛宮の方に向き直って叫んだ。
「11月入ってもう3回目ですよ!?死体好きなのは勝手ですが、客の前で本性出さないでください!」
葛宮。
27歳の若さにして、ここ、葛宮葬儀屋のオーナー兼店長。
人間の死とは何か、を考えているうちに、死体を愛好するようになってしまった、なんとも異常な人物。
そのため激安葬儀屋を開業し、客、もとい死体を集めている。
聞くところによれば、実家が太くて財力があるため、好き勝手しているらしい。
面白いことにはなんでも首をつっこむ性格で、身近な人間を死体にしたくて仕方がないし、客に対してもデリカシーがないのはいつものことだ。
「こちらにも客を選ぶ権利はある」
「母親を亡くされて傷心したところなのに可哀想じゃないですか!」
「あの客の服装見たか?ブランド物のバッグに高級そうな靴。外には外車が停まっていた」
「それがどうしたんです?」
「金持ちなのにこんな激安葬儀屋に仕事を頼むくらい、母親のことはなんとも思ってないってことだよ」
「だとしても客は客でしょう!?こちらも商売なんだからちょっとは営業してください」
俺はこれから使うはずだった、机の上に散らかった書類をそそくさと片付けながら叫ぶ。
そんな俺の様子を見て、ソファの背にもたれかかり両腕を組みながら、ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべる葛宮に、苛立ちすら覚える。
「借金を返すため嫌々バイトさせられてるのかと思えば、案外乗り気じゃないか」
「あぁもういいもん!そんなに?言うんだったら?出て行きますけど??」
「辞めたらその日からトイチだ。今日が11月7日だから、17日には330万だな」
「だあああ金の奴隷生活から逃れられない!」
俺の名前は久遠。
近所の大学に通う20歳。
平々凡々な、一般通過大学生。
ちょっと特徴的なことといえば、物心ついた時から、かなりの不幸体質で、やたらと事件に巻き込まれることくらいだ。
ちょうど一年前、俺は不慮の事故でヤクザに莫大な借金をしてしまった。
そしてヤミ金に追われていたところを、オーナーに肩代わりされ助けられたのだ。
まあ、その話はまた今度。
その不幸体質は、俺の霊感体質からくるものらしい。
まあ要するに俺の不運は『霊に取り憑かれやすい体質』が原因で、悪霊の仕業なのだそうだ。
金を返すために、霊感を生かして、霊をおびき寄せる囮やイタコ代わりとして働かされている。
いかんせん、霊を呼び寄せるだけで、戦う力は持ち合わせていないのが問題だ。
もちろんこんなイカれた葬儀屋に縛り付けられるのは不本意そのもの。
隙あらば逃げようと、機会を伺っているがヤバい人間に目をつけられてしまったものだ。
あの手この手で俺を手放すまいとする葛宮に、毎回捕まっている。
一刻も早く自由な生活を手に入れるため、俺はここで必死にバイトをしている、ということだ。
「絶対に今年度中に借金返して、この地獄から解放されてやる!」
「うるせえなあ。朝から何騒いで……って久遠じゃん。今日シフト入ってたっけ?」
「げっ…晴瀬さん」
俺が晴瀬と呼んだその男は、のそのそと重い足取りで灰色の伸びきったトレーナー越しに背中をかきながら、店の奥から出てきた。
サラサラの綺麗な濃い紫に染められたワンレングスの髮が、憎たらしいほど整った顔にだらりとかかる。
晴瀬は大きなあくびを漏らした。
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