51 / 57
番外編 嘘つき達の夜
嘘つき達の夜 その後
しおりを挟む
土曜日のバー。
「本当に大丈夫なの?南さん。」
「え、えぇ。ちょっと疲れが溜まってるだけで、マスターの顔を見たら元気出ますよ。」
「そうじゃなくて、あなたの後ろにくっついてるそれよ。」
カウンター席でウイスキーに口をつける南。
その後ろから、おんぶされる子どものように、南の首に両腕を回して抱きしめているのは、緑の髪、カラフルなパーカー、黒のサルエル。
奇抜な格好をした男、深川夜に間違いなかった。
「後ろ?何のことでしょうか?」
「ねーねー暁人さん!何で一回も電話出てくれないの?電話帳に入れといてって言ったよね。」
「背中に怨霊がくっついてるわよ。」
「オンリョーって俺のこと?ねえ暁人さんオンリョーって何?」
「…夜くん?……私の本名を連呼しないでもらえるかな?」
眉間に皺を寄せながらも、いつもの冷静さを崩さないように諌める。
「何でえ?南だって本名だから変わんないじゃん。」
上の名前も下の名前も無神経に暴露する夜に、南はやり場のない怒りでぷるぷると震える。
「だから言ったでしょうが~、関わるんじゃないのって。アタシが忠告したじゃないのよお。」
嫌味を漏らすマスターに、返す言葉もなくバツの悪い南。
深川夜をすぐにでも出禁にして欲しかった。
迷惑客。
レイプドラッグの使用。
合意のないセックス。
勝手に個人情報を盗み見る。
告発すればバーを出禁にできるだけの要素は揃っているはずだ。
しかし出来なかった。
南は「弱みを握られている」。
ウケにされたこと。
ぐちゃぐちゃに乱されたこと。
何度もメスイキさせられたこと。
住所、生年月日、電話番号。
夜だけが握っている秘密を暴露されれば、絶対的なタチのSとして通っている南の立場は危うくなり、夜遊びなどできなくなる。
それどころか、自分の尻を狙ってくる輩だって出始めかねない。
そんな気色の悪いことになれば、このバーにいられなくなるのは自分。
夜を刺激するわけにはいかないのだ。
それに、もっとタチが悪いのは、夜がそれを秘密だとも思っていないことだ。
秘密を握って脅迫、ならまだ対応のしようがある。
しかし本名の暴露からも分かる通り、本人はこれを秘密だなんて微塵も思っていない。
何の悪気もなく、ちょっとした雑談で、あらゆる人間に、あらゆる場所で、南との一晩を1から10まで話してしまう可能性がある。
口が軽いなんてもんじゃない。
夜の機嫌を損ねず、かつ、監視をしなければならないのだ。
先のことを考えて、意識が遠のきそうになる。
「んで、夜ちゃん。数多のマゾヒストが狙う紳士とのアバンチュールは楽しかったかしら?」
「あば?あばばんちゅーるはよくわかんないけど、暁人さんと遊ぶの楽しかったよ。」
「面白い子ね。アバンチュールよ、一夜限りの恋の火遊びってこと。」
「一夜限りじゃないよ!暁人さん、俺と恋人になるって言ってくれたもん。」
「あらやだ何それ、詳しく教えてちょうだい。」
「言葉の綾だ……忘れてくれ……。」
南は額に手を当てて、ため息交じりに呟く。
無理やり言わせた恋人宣言を、こんなところで使うんじゃない。
「そうだ、俺今日パチで当たったんだよね~。この間のお返し、暁人さんに奢ってあげる!」
南に抱きつきながら、夜は上機嫌な様子である。
「マスター、なんか甘くて黒いカクテル作って、二つね!」
「わかったわ。」
トモヤはカウンターで手を動かしながら言った。
「でもまあ、南さんが夜ちゃんの手綱握ってくれたら、アタシも安心だわあ。」
「何のご冗談を。嫌ですよ。」
「誰彼構わず声かけまくるの、ちょっと迷惑だったのよねえ。店の評判にも関わるし、でももう、夜ちゃんは南さんにゾッコンみたいだから。」
「俺の大事な人、見つけたからもう他の人はいらないんだー!」
マスターは二つのグラスを机に差し出した。
真っ黒なカクテル、そのグラスの上にはピンに刺さったチェリーが添えられている。
「『エンジェル・キッス』。カカオリキュールと生クリームのカクテルよ。」
「はい暁人さん!」
夜が差し出すグラスを、南は渋々受け取る。
甘い酒は好きではない。
しかし、夜は出会いの酒を覚えているらしく、南も自分と同様に甘い酒が好きだと思い込んでいる。
手がグラスから離れるその瞬間、夜は南の耳元で小さな声で囁いた。
「今日はお薬入ってないから、だいじょーぶだよ。」
耳元で囁かれると先日の情事の感覚がフラッシュバックし、がくんっ、と体に力が入らなくなる。
グラスを傾けそうになるのを、夜が素早い動きで支える。
南の手を支えながら、夜はもぞもぞと体を動かす。
ずっと言いたかった言葉を、意を決して口に出した、そんな雰囲気だった。
「暁人さんの黒髪によく似合うね!」
「馬鹿……日本人はほとんど黒髪だろう。」
満面の笑みで笑う夜に、南は思わず困惑したように苦笑した。
そんな二人をトモヤは微笑ましく見ながら、カクテルを指差して付け加えた。
「甘いお酒だけど、度数高めだから気をつけてね。天使の口づけは、甘いだけじゃないのよ。」
「本当に大丈夫なの?南さん。」
「え、えぇ。ちょっと疲れが溜まってるだけで、マスターの顔を見たら元気出ますよ。」
「そうじゃなくて、あなたの後ろにくっついてるそれよ。」
カウンター席でウイスキーに口をつける南。
その後ろから、おんぶされる子どものように、南の首に両腕を回して抱きしめているのは、緑の髪、カラフルなパーカー、黒のサルエル。
奇抜な格好をした男、深川夜に間違いなかった。
「後ろ?何のことでしょうか?」
「ねーねー暁人さん!何で一回も電話出てくれないの?電話帳に入れといてって言ったよね。」
「背中に怨霊がくっついてるわよ。」
「オンリョーって俺のこと?ねえ暁人さんオンリョーって何?」
「…夜くん?……私の本名を連呼しないでもらえるかな?」
眉間に皺を寄せながらも、いつもの冷静さを崩さないように諌める。
「何でえ?南だって本名だから変わんないじゃん。」
上の名前も下の名前も無神経に暴露する夜に、南はやり場のない怒りでぷるぷると震える。
「だから言ったでしょうが~、関わるんじゃないのって。アタシが忠告したじゃないのよお。」
嫌味を漏らすマスターに、返す言葉もなくバツの悪い南。
深川夜をすぐにでも出禁にして欲しかった。
迷惑客。
レイプドラッグの使用。
合意のないセックス。
勝手に個人情報を盗み見る。
告発すればバーを出禁にできるだけの要素は揃っているはずだ。
しかし出来なかった。
南は「弱みを握られている」。
ウケにされたこと。
ぐちゃぐちゃに乱されたこと。
何度もメスイキさせられたこと。
住所、生年月日、電話番号。
夜だけが握っている秘密を暴露されれば、絶対的なタチのSとして通っている南の立場は危うくなり、夜遊びなどできなくなる。
それどころか、自分の尻を狙ってくる輩だって出始めかねない。
そんな気色の悪いことになれば、このバーにいられなくなるのは自分。
夜を刺激するわけにはいかないのだ。
それに、もっとタチが悪いのは、夜がそれを秘密だとも思っていないことだ。
秘密を握って脅迫、ならまだ対応のしようがある。
しかし本名の暴露からも分かる通り、本人はこれを秘密だなんて微塵も思っていない。
何の悪気もなく、ちょっとした雑談で、あらゆる人間に、あらゆる場所で、南との一晩を1から10まで話してしまう可能性がある。
口が軽いなんてもんじゃない。
夜の機嫌を損ねず、かつ、監視をしなければならないのだ。
先のことを考えて、意識が遠のきそうになる。
「んで、夜ちゃん。数多のマゾヒストが狙う紳士とのアバンチュールは楽しかったかしら?」
「あば?あばばんちゅーるはよくわかんないけど、暁人さんと遊ぶの楽しかったよ。」
「面白い子ね。アバンチュールよ、一夜限りの恋の火遊びってこと。」
「一夜限りじゃないよ!暁人さん、俺と恋人になるって言ってくれたもん。」
「あらやだ何それ、詳しく教えてちょうだい。」
「言葉の綾だ……忘れてくれ……。」
南は額に手を当てて、ため息交じりに呟く。
無理やり言わせた恋人宣言を、こんなところで使うんじゃない。
「そうだ、俺今日パチで当たったんだよね~。この間のお返し、暁人さんに奢ってあげる!」
南に抱きつきながら、夜は上機嫌な様子である。
「マスター、なんか甘くて黒いカクテル作って、二つね!」
「わかったわ。」
トモヤはカウンターで手を動かしながら言った。
「でもまあ、南さんが夜ちゃんの手綱握ってくれたら、アタシも安心だわあ。」
「何のご冗談を。嫌ですよ。」
「誰彼構わず声かけまくるの、ちょっと迷惑だったのよねえ。店の評判にも関わるし、でももう、夜ちゃんは南さんにゾッコンみたいだから。」
「俺の大事な人、見つけたからもう他の人はいらないんだー!」
マスターは二つのグラスを机に差し出した。
真っ黒なカクテル、そのグラスの上にはピンに刺さったチェリーが添えられている。
「『エンジェル・キッス』。カカオリキュールと生クリームのカクテルよ。」
「はい暁人さん!」
夜が差し出すグラスを、南は渋々受け取る。
甘い酒は好きではない。
しかし、夜は出会いの酒を覚えているらしく、南も自分と同様に甘い酒が好きだと思い込んでいる。
手がグラスから離れるその瞬間、夜は南の耳元で小さな声で囁いた。
「今日はお薬入ってないから、だいじょーぶだよ。」
耳元で囁かれると先日の情事の感覚がフラッシュバックし、がくんっ、と体に力が入らなくなる。
グラスを傾けそうになるのを、夜が素早い動きで支える。
南の手を支えながら、夜はもぞもぞと体を動かす。
ずっと言いたかった言葉を、意を決して口に出した、そんな雰囲気だった。
「暁人さんの黒髪によく似合うね!」
「馬鹿……日本人はほとんど黒髪だろう。」
満面の笑みで笑う夜に、南は思わず困惑したように苦笑した。
そんな二人をトモヤは微笑ましく見ながら、カクテルを指差して付け加えた。
「甘いお酒だけど、度数高めだから気をつけてね。天使の口づけは、甘いだけじゃないのよ。」
15
お気に入りに追加
394
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる