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兄編 SMバーに行こう
SMバーに行こう 5
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目が覚めると、ベッドの上だった。
横には、先ほど紹介されたkeiとかいう女が椅子に座って本を読んでいた。
「あ、起きた?ずっと寝てたから、濡れタオルで拭いておいたけど、大丈夫?」
「……す。」
「さっきのバーの休憩室だから、安心して。」
あったばかりの人間と二人きり、しかも今までに関わったことのないタイプ。
何を話せばいいのか、気まずさを感じながらも一綺は沈黙していた。
「君はさ、何しにここに来たの?」
「……?」
「ああいう酷いことがされたくて、久留米くんについて来たの?」
「……んなわけ。」
答える一綺の声は先ほどの絶叫のせいか、掠れていた。
「じゃあ久留米くんに執着が?」
keiの探るような物言いに、一綺は反発したように言った。
「俺にはあんたらみたいな特殊性癖はわからねえ。俺がここに来たことが、馬鹿にしてると捉えられるのなら、今すぐここを出て行くから。」
「ちょっと待ってとんでもない。ここはどんな人でも楽しめるバーがウリなんだ。少し落ち着いて。」
一綺は言葉を選んでいるようだったが、自分は普通で、お前らが特殊なんだと言いたげなのがひしひしと伝わってくる。
SM愛好家たちだって、食い入るように見るほどの恥態を晒しておいて、今更ノーマルなんて。
keiはそう思いつつも、先程までの一綺の態度から、認められない本人の意思を尊重した。
そうだ、マスターは安全面に配慮して止めたが、客たちは内心歓喜に満ち満ちていた目をしていた。
kei自身も、ぬるいごっこ遊びではなく、生粋のサドマゾキズムを見たのは久しぶりだった。
おそらく、大抵の客が「もっとやれ」と思っていたに違いない。
久留米の調教の過激さもさることながら、一綺の我を忘れて、支配と暴力的な快楽を求める姿は客たちの情欲を酷く煽っていた。
もし彼が次にこのバーを訪れることがあれば、数々のサディストが声をかけるだろう。
「仕事柄、SもMも会う機会が多いんだけど、マゾヒストにも色んなタイプがいてね。そのうちの一つが、耐え難い日常のストレスを、痛みと羞恥と快楽で塗り潰したいだけの人。」
「そういう人は、わざわざSMを選ぶ必要はないと思うんだよね。根本のストレスの原因を消す方が、精神衛生上いいというか。」
それはkeiなりのお返しだった。
自分が「普通」だというなら、普通に生きればいい。
でもどうしても普通に生きられない人がここに来るのだと。
あやふやなまま、自分と向き合う覚悟もない一綺への忠告でもあった。
一綺は、本人の名を出せば、脊髄反射で否定してしまうだろう。
だから、「マゾヒストの一種」という一般論で、一綺の「客観的意見」という体で言葉を交わす。
「わざわざ痛い思いする必要もないし、苦痛を強いられることもない、そうだと思わない?」
「……そのストレスの原因とやらから逃げられないことだってたくさんあるだろ。」
「逃げられないにしても、優しくて、幸福な手段でストレス発散する方が良くない?」
「……じゃあなんであんたは緊縛師なんてやってるんだ。」
「決まっている。ストレス発散なんかじゃなく、『純粋に緊縛を楽しんでいる』から。」
「久留米くんも同じだよ。求めるものに痛みを与え、羞恥を与え、快楽を与えることに、喜びを見出している、奉仕のサディスト。」
「もし万が一君が、ストレス発散のために久留米くんについて来たのならば、もうちょっと考えた方がいいと思う。自分が本当は何を求めているのか、どうして否定したいのか。」
「……。」
「今は、自分の心と体が訳わかんなくて苦しんでるように見えたから。自分を理解するだけでも、少しは楽になれるよ。」
「……。」
「……マスターと久留米くん呼んでくるね。遅くなると危ないし。」
椅子から立ち上がり、歩き出そうとしたkeiの袖を一綺は小さくキュッと掴んだ。
その手は震えていた。
「教えて、くれ。俺に。」
「……いいよ。水、土の18時以降なら大抵ここにいるから来なよ。但し君は、マスターか私か久留米くんのそばから離れないこと、いいね。」
「なんで。」
「面倒くさい輩に絡まれるの嫌でしょ。
「……はい。」
「じゃあ従って。」
「…す。」
「あら、一綺ちゃん!もう大丈夫なの?」
「……その呼び方、不慣れなんでやめてください。」
「ここではみんなちゃんづけなのよ、慣れなさい。……体調はもう大丈夫?」
「ご迷惑をおかけしました、もう帰ります。」
一綺は投げやりに言って、置いてあったカバンを取った。
先ほどのショーの後半はトンでしまっていてほとんど記憶にないが、彼らの前で醜態を晒してしまったであろうことはわかる。
なんとなく居心地が悪くて、すぐに店の出口に向かう。
「あら、夜も遅いから気をつけなさいよ。久留米ちゃん、一緒に帰りなさい。」
「え……。」
「二人なら安心でしょ、来る時も一緒だったんだから、ほら急いで準備して。」
「は、はい。」
久留米と一綺はともにバーを後にした。
静まり返った店内。カランと氷の音が響く中、マスターとkeiはカウンターで酒を酌み交わしていた。
「慌ただしかったですね。」
「ほんとよ。若いのに振り回されて、もう。」
「あの二人、危ういですよ。」
「…keiちゃんもそう思う?」
「お互いがお互いの首を絞めあってるような。もっといい付き合い方がきっとできると思うんですよね。」
「そうよね~。まだハタチかそこらな訳だし、ライトなパートナーとして絆を育んでもいいんじゃないかしらね。」
「一綺くんの方が、自覚が無い分厄介ですね。」
「どう考えてもうちには来ないタイプよねえ…。」
「まぁ久留米くんは悪い子じゃないし。トモヤさん、二人のこと、助けてあげてくださいね。」
「簡単に言うわね、まあ、やれることはやるつもりよ。keiちゃんもよろしくね。」
時計はもう、夜中の12時を回っていた。
横には、先ほど紹介されたkeiとかいう女が椅子に座って本を読んでいた。
「あ、起きた?ずっと寝てたから、濡れタオルで拭いておいたけど、大丈夫?」
「……す。」
「さっきのバーの休憩室だから、安心して。」
あったばかりの人間と二人きり、しかも今までに関わったことのないタイプ。
何を話せばいいのか、気まずさを感じながらも一綺は沈黙していた。
「君はさ、何しにここに来たの?」
「……?」
「ああいう酷いことがされたくて、久留米くんについて来たの?」
「……んなわけ。」
答える一綺の声は先ほどの絶叫のせいか、掠れていた。
「じゃあ久留米くんに執着が?」
keiの探るような物言いに、一綺は反発したように言った。
「俺にはあんたらみたいな特殊性癖はわからねえ。俺がここに来たことが、馬鹿にしてると捉えられるのなら、今すぐここを出て行くから。」
「ちょっと待ってとんでもない。ここはどんな人でも楽しめるバーがウリなんだ。少し落ち着いて。」
一綺は言葉を選んでいるようだったが、自分は普通で、お前らが特殊なんだと言いたげなのがひしひしと伝わってくる。
SM愛好家たちだって、食い入るように見るほどの恥態を晒しておいて、今更ノーマルなんて。
keiはそう思いつつも、先程までの一綺の態度から、認められない本人の意思を尊重した。
そうだ、マスターは安全面に配慮して止めたが、客たちは内心歓喜に満ち満ちていた目をしていた。
kei自身も、ぬるいごっこ遊びではなく、生粋のサドマゾキズムを見たのは久しぶりだった。
おそらく、大抵の客が「もっとやれ」と思っていたに違いない。
久留米の調教の過激さもさることながら、一綺の我を忘れて、支配と暴力的な快楽を求める姿は客たちの情欲を酷く煽っていた。
もし彼が次にこのバーを訪れることがあれば、数々のサディストが声をかけるだろう。
「仕事柄、SもMも会う機会が多いんだけど、マゾヒストにも色んなタイプがいてね。そのうちの一つが、耐え難い日常のストレスを、痛みと羞恥と快楽で塗り潰したいだけの人。」
「そういう人は、わざわざSMを選ぶ必要はないと思うんだよね。根本のストレスの原因を消す方が、精神衛生上いいというか。」
それはkeiなりのお返しだった。
自分が「普通」だというなら、普通に生きればいい。
でもどうしても普通に生きられない人がここに来るのだと。
あやふやなまま、自分と向き合う覚悟もない一綺への忠告でもあった。
一綺は、本人の名を出せば、脊髄反射で否定してしまうだろう。
だから、「マゾヒストの一種」という一般論で、一綺の「客観的意見」という体で言葉を交わす。
「わざわざ痛い思いする必要もないし、苦痛を強いられることもない、そうだと思わない?」
「……そのストレスの原因とやらから逃げられないことだってたくさんあるだろ。」
「逃げられないにしても、優しくて、幸福な手段でストレス発散する方が良くない?」
「……じゃあなんであんたは緊縛師なんてやってるんだ。」
「決まっている。ストレス発散なんかじゃなく、『純粋に緊縛を楽しんでいる』から。」
「久留米くんも同じだよ。求めるものに痛みを与え、羞恥を与え、快楽を与えることに、喜びを見出している、奉仕のサディスト。」
「もし万が一君が、ストレス発散のために久留米くんについて来たのならば、もうちょっと考えた方がいいと思う。自分が本当は何を求めているのか、どうして否定したいのか。」
「……。」
「今は、自分の心と体が訳わかんなくて苦しんでるように見えたから。自分を理解するだけでも、少しは楽になれるよ。」
「……。」
「……マスターと久留米くん呼んでくるね。遅くなると危ないし。」
椅子から立ち上がり、歩き出そうとしたkeiの袖を一綺は小さくキュッと掴んだ。
その手は震えていた。
「教えて、くれ。俺に。」
「……いいよ。水、土の18時以降なら大抵ここにいるから来なよ。但し君は、マスターか私か久留米くんのそばから離れないこと、いいね。」
「なんで。」
「面倒くさい輩に絡まれるの嫌でしょ。
「……はい。」
「じゃあ従って。」
「…す。」
「あら、一綺ちゃん!もう大丈夫なの?」
「……その呼び方、不慣れなんでやめてください。」
「ここではみんなちゃんづけなのよ、慣れなさい。……体調はもう大丈夫?」
「ご迷惑をおかけしました、もう帰ります。」
一綺は投げやりに言って、置いてあったカバンを取った。
先ほどのショーの後半はトンでしまっていてほとんど記憶にないが、彼らの前で醜態を晒してしまったであろうことはわかる。
なんとなく居心地が悪くて、すぐに店の出口に向かう。
「あら、夜も遅いから気をつけなさいよ。久留米ちゃん、一緒に帰りなさい。」
「え……。」
「二人なら安心でしょ、来る時も一緒だったんだから、ほら急いで準備して。」
「は、はい。」
久留米と一綺はともにバーを後にした。
静まり返った店内。カランと氷の音が響く中、マスターとkeiはカウンターで酒を酌み交わしていた。
「慌ただしかったですね。」
「ほんとよ。若いのに振り回されて、もう。」
「あの二人、危ういですよ。」
「…keiちゃんもそう思う?」
「お互いがお互いの首を絞めあってるような。もっといい付き合い方がきっとできると思うんですよね。」
「そうよね~。まだハタチかそこらな訳だし、ライトなパートナーとして絆を育んでもいいんじゃないかしらね。」
「一綺くんの方が、自覚が無い分厄介ですね。」
「どう考えてもうちには来ないタイプよねえ…。」
「まぁ久留米くんは悪い子じゃないし。トモヤさん、二人のこと、助けてあげてくださいね。」
「簡単に言うわね、まあ、やれることはやるつもりよ。keiちゃんもよろしくね。」
時計はもう、夜中の12時を回っていた。
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